安堵の余韻
啓助はハンドルを切り路地から国道に出る。
「舞、ところで明日ってなんだ?」
素朴な疑問を聞いてみた。
舞が去り際に香と美樹に「また、明日ね」と言っていた理由を。
「ああ、明日二人とも学校が午前中で終わるから、お昼ご馳走するって約束したの」
舞はこっちを見ながら人差し指を上に向け得意気な顔をしている。
「いつの間に……でも、いいねそれ俺が奢るよ」
「さすがだね、お兄ちゃん」
胸の前で両手を合わせてほほ笑む舞。
この1週間が嘘のように感じる。
「あっそうだ、お兄ちゃん、スーパー寄ってくれる?」
「スーパー?」
「もう……私、着替えとかないでしょ」
舞は肩をすぼめている。
「あ、そうか……てか荷物とかはどうした?」
「あぁ、それがね。よく覚えていないんだ……結界の中で持ってたのはこれだけ……ごめん……」
肩から下げているポシェットを見せると俯きながら謝っている。
舞の話だと、10日辺りから記憶が曖昧らしい。
幸いポシェットの中のカードケースに運転免許証や保険証の類はあったが、他の荷物がどうなったかは分からないようだった。
「そうか、ちょっと待って……」
信号で止まったのでスーパーを探すと、コンビニの方が近そうだったので、舞に聞いてみると品揃え的にスーパーの方が多いからという理由で、隣町のスーパーまで車を走らせることとなった。
「そうだ、お兄ちゃんスマホ貸してくれる?」
「いいけど、どうするスマホ? ないと不便だろ? 新しいの買うか?」
「ああ、そうだね。紛失届は出したいかな」
「確か、スーパー行くまでの途中に交番があったから、そこで出しとくか」
ポケットからスマホを出して舞に渡す。
「彩也と絵美に連絡しようと思って」
啓助は二人が心配していた事や、力になってくれた事を告げ、最後に香さんの事を伏せるように伝えた。
「うん、分かってる」
舞は絵美と彩也に連絡し話をしている。
女性同士の会話は電話でも賑やかだ。
結界に迷い込んだという話はしたが、自力で出られたと説明すると「この話は私達の秘密にして」と念を押している。
富丘八幡神社の鳥居がある交差点を左折する。
舞が話し終わると、健太郎に電話を掛けるように頼んで、スピーカーモードにしてもらった。
ツーコールで電話に出た健太郎は、
「おう啓助、どうだその後、舞ちゃんのこと何か分かったか?」
そう聞いてきた。
啓助は舞に合図を送る。
舞は呆れた顔をしながらも、首を傾げつつ話し出した。
「こんばんは、健兄ちゃん」
「え? え……? もしもし……啓助? え? 舞ちゃん……?」
「はい、私ですよ」
「え……本当に……」
「もしもし、健兄ちゃん?」
「本当に……無事だった……よかっ……」
嗚咽がスマホから聞こえる。
何度も「よかった」と繰り返し咽んでいる。
耳にしていると目頭が熱くなる。
そういう熱い良い奴なんだよ。
「健太郎……色々ありがとうな」
「何言ってやがる、舞ちゃんがいなくなって死にそうな顔してたやつが」
「いや、それは……」
隣で舞は目を見開いてこっちを窺うように見ている。
「いいか、今から言うことは社長命令だ、日曜まで夏休みだ、いいなこれは命令だ」
健太郎は、泣いていたとは思えない口調でまくし立てると、
「舞ちゃん、元気なんだな」
舞に対してはねこなで声。
「はい、おかげさまで、心配してくれてありがとう」
「当たり前だよ、親友の妹は俺の妹と同じ、こっち帰ったら飯行こうな」
それから数分、会話をして電話を切ると、
「私がいなくなって死にそうな顔してたの?」
舞は囁きながら顔を近づけてきて、しばらくこっちを見つめている。
「いや……まぁ、はいはい」
「嬉しいよ、お兄ちゃん」
舞は人差し指で、啓助の頬を突いて笑っていた。
スーパーに着くと舞は衣類や下着、日用品を買っている。
カゴが一つでは足りなくなった。
啓助は荷物持ちよろしく山盛りのカゴを両手に、舞の後を付いて回った。
「私もお兄ちゃんとゆっくりしよかなぁ」
「平気なのか?」
「大学は休みだし……いいじゃん、兄妹二人で旅行なんて初めてだし」
「確かに……」
両親が他界して以来、そのような機会は一度もなかった。
「いいでしょ」
まあ、押し切られた感も無くなはいが、家族水入らずで過ごしていい思い出に書き換えよう。
そう思った。
会計総額はホテル代、約五日分。
さすがにレジの女性も驚いて笑っていた。
夕食は、フライドポテトを食べたいという、舞の要望に応え、スーパーに併設しているファーストフードで済ませた。
ホテルへと車を走らせて、啓助は気になっていることを舞に尋ねた。
「舞、あの帰る日からなにがあった?」
「え……? それがね……覚えていないんだ」
「何も?」
「うん……」
舞は俯いて黙ってしまった。
舞が啓助に対して少なくとも嘘をつかないのは分かっていたから。
これ以上の問いかけはしなかった。
ともあれ何かあったにしろ、無かったにしろ、今こうして舞がいる事に感謝しなければとつくづく思う。
「とりあえず、調子が悪かったりはないんだな?」
「うん」
舞は小さく何度も頷いた。
「でも良かった、本当に無事でよかった」
「……ごめんね、お兄ちゃん」
「いいさ、こうやって舞はここにいるんだから、もう謝らなくていい」
「ありがとう、お兄ちゃん」
その後、ホテルまでの道中、舞は結界の中の景色や出来事を話していた。
舞によると弥生時代を彷彿とさせる空間で豊かな自然に溢れた場所だったようだ。
「いい所だったから、このままいてもいいかなって、一瞬思ったんだ」
「あのな……」
「冗談だよ……怒った?」
「いや……俺も行ってみたいなぁってさ」
こうやって冗談を言いながら、ゆっくり話しをして笑い声が車内に響く。
これが当たり前の日常だ。
でも実際の所、舞が言ったことを全否定するつもりは毛頭ない。
結界の中はいざ知らず。
自然の近くもありだなと、夕凪島に来てからの数日間を過ごして、そう感じている。
ホテルの部屋に着いて時計を見ると21時を少し回っていた。
「そういえば、お兄ちゃんは、どうして私と話せたの?」
舞は買い揃えたものを仕分けしながら聞いてきた。
「えーとね、それは…」
不思議な不思議な長い話をした。
二人の麦わら帽子を被った少女達のこと。
勾玉のこと。
あの子達は元気にしているだろうか?
「ふーん、その女の子って、双子みたいな子?」
「そうだよ、そこにあるのが証拠っていったらおかしいけど、あの子達が残していったもの」
ソファに置いてある麦わら帽子を指さすと、舞はソファの傍に行き、それを一つ手に取って被って見せた。
「どう?」
「似合う」
その声に舞は口を尖らせて首を傾げると、被っていた帽子を元の場所に置いた。
「たぶんその子たち、私も結界の中で会ったよ」
舞は、ニコッと笑うと荷物の仕分けを再開して話し出した。
結界の中で三井津岬の大岩の所で二人の少女に会った事。
しかも大岩の傍に島があり、そこには神社らしき物もあったという。
まさに西龍寺の母屋の中庭が示した通り。
そして眼鏡の推察が的を射ていたという事になる。
舞の話を聞いていて、啓助は、あの子達に感じていた違和感は間違いではなかったと納得した。
何か懐かしさや郷愁を思い起こさせる。
今の時代の子ではない雰囲気をあの二人の少女から感じていた。
啓助自身はお地蔵さんが救済しに来てくれたと考えていた。
まさか夕凪島の護り神だったとは思わなかったけど。
それと啓助が少女達に会った時、二人の名前を聞けなかったが、舞が言うには髪の短い方がユナ、長い方がユキという名前らしい。
ありがとうユナ。
ありがとうユキ。
啓助が物思いに耽るのをよそに舞が話しかけてきた。
「ところで、その勾玉は?」
「あの子に、香さんに渡したよ……たぶんユキっていう女の子の方だと思うんだけど、あの子に渡してって、香さんとは言ってなかったんだけど俺は彼女しかいない、そう思ったんだ……あ!」
啓助は喋りながら、ある事を思い出して思わず大声を出した。
「なに?」
舞は声に驚いて身を縮めている。
「ごめん……いやね、舞がホテルに忘れた髪留め、美樹さんに貸したままだ……」
「髪留め?」
「え? お祭りで買ったんだろう? 桜の花の髪留め」
「あ……あぁ、そう、そうだった」
舞は肩をすくめて服の値札をはさみで切っていた。
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