本当の使命
真一郎は電話を切りファミレスの店内に戻る。
食器は下膳されていて、ちらほらお客さんも増えてきていた。
コーラを飲みながら『考察オホノデヒメ』の続きを読む。
内容は、オホノデヒメは、縄文から続く巫女の家系であり、元々は双子の神だったという考察。
シャーマン的な能力を持っていたが故に天皇家とも結び付いたと書いてある。ふーん面白い事を考える人もいるんだな。
ページを捲ろうとした時、
「待たせたな、真」
父の声がして、少し笑いながら向かいに席に腰かけた。
そして手元の本を見て目を開いた。
「ほう、本格的に興味を持ってきたか」
「え? ああ、まあね」
本を閉じて脇に置く。
「折角だ、一緒に飯でも食うか?」
まったく、お腹は空いていなかった。
「いいね、久しぶりだし」
でも、一緒にご飯を食べることが滅多にない。
断る理由なんてない。
父はステーキ定食を選び、自分は生姜焼き定食にした。
ドリンクバーでコーヒーとコーラーを取りに行き席に戻ると、
「とりあえず、話は飯が来てからにしよう」
そう言って、父は近況を聞いてきた。
特段変わりのない日常で、ただ香の素麺屋でバイトする話をした時。
「そうか」
と嬉しそうに頷いていた。
料理が運ばれてテーブルに並ぶと、
「旨そうだ、それから、ゆっくり食べろ」
父はそう言って食べ始めると、声を潜めて本題を切り出した。
「あいつの車に彼女が乗っていてのは本当なんだな」
「うん」
「先週の木曜日だな」
ステーキを切りながらこっちをチラッと見る。
「うん、夕方、潮風公園の前で土庄の方に向かってた」
「あいつの姿は見たのか?」
「いや、兄さん……」
父は人差し指を立て口に当て、さらに小さい声でゆっくりと、
「あいつだ」
と目で合図した。
なるほど、兄と言うなということなんだと解釈して頷いた。
「あいつの車だったのは間違いないよ、ただ、運転席側は分からない。男だったと思うけど……」
その時の様子を思い浮かべた。
真一郎は歩道を歩いていて。
ふと見た赤い車が兄のそれに似ていて。
助手席に座っている彼女に目が行き運転席までは覚えていなかった。
振り返った時に車のナンバーで兄の車と分かった。
たったその数秒間の出来事だった。
「それから、他になんかあるのか?」
父はフォークでステーキを刺したまま聞いてきた。
「あいつの部屋で彼女のキャリーケースがあった」
「なに!?」
眉間に皺を寄せ、父にしては珍しく動揺しているようだった。
「それと、スマホもたぶん無くなっていたから彼女のなんだと思う」
「ちょっと待ってくれ……無くなっていたというのは、もう一度あいつの部屋を確信して、キャリーケースとスマホが消えていたということだよな」
「そう」
「なるほど、お前がそれらを彼女の物だと断定した要素は何だ?」
スマホを取り出し、キャリーケースの写真を見せて、その後に彼女のインスタの写真を見せた。
「その写真、父さんに転送してくれ」
父はステーキを食べた。
「分かった」
スマホを操作していると、
「そもそもなんで、彼女を知っているんだ?」
父は付け合わせのサラダをフォークで口に運んだ。
「それは、彼女のインスタをたまたま見ててコメントしたりしてた」
「そうなのか……」
顎を指で擦っている父の視線は一点を見つめている。
「続きがあって、木曜日に見かけたって彼女のインスタにコメントしたら、そのコメントに気づいた彼女の兄から連絡が来て」
「おいおい、会ったのか?」
「いや、それがね、ややこしい話になるんだけど……」
兄からのメッセージに添付されていた、兄の写真を一緒にいた香や美樹に見せたら、香が彼女を夢で見て知っていたこと。
助けを求めているらしいこと。
香の母も彼女を知っているようだったことを告げる。
「……なるほど、そういうことか」
さほど驚いた様子もなく納得しているようだった。
「とりあえず、あいつは家に帰ってるのか?」
「ううん、昨日荷物が無くなってたから、帰ってきたとは思うけど姿は見てないよ」
「いいか真、今日の話はあいつには、まだ言うな、いいな?」
父は目配せをして、食事を口に運んだ。
「分かった」
食事は終わり、そのタイミングで話も終わった。
「家に送れないが、すまんな」
言葉と共に父は立ち上がった。
真一郎も後に続く。
父は会計を済ませファミレスの玄関を出ると、
「頼もしくなったな真。父さんに連絡ほしいときはメールを入れといてくれ、それから後でメールを送る。お前が気にしていることを書いたつもりだ。ただ、読んだら削除しておくこと。いいな」
父は真一郎にハグをして、近くの車に乗り込んで去っていった。
バスの時間を確認すると、あと5分ほどで来る。
すっかり日は暮れていてバス停まで歩きベンチに座ってバスを待つ。
バスが着いたのと同時に父からのメールが来た。
『真、父さんが何をしているか、今から話す。
念を押すが読んだら削除するように。
父さんの一族はこの島のある人達を守護する責務を負っている。
それを遂行するために夕凪島に来た訳だ。
その対象は、松薙幸、香親子だ。
彼女たちは、かなり古くから連綿と受け継がれてきた代々続く巫女の家系で特別な能力を保持していらしゃる。
そして、姫様たちを守護する者たちはこの島に数多くいる。
その内、お前にも会ってもらうことになるだろう。
それから、この島には結界が幾つかある。
父さんは今、それを暴こうとしている輩を調査している。
さっきの彼女はどっかの結界に迷い込んだ可能性がある。
それも同時に調査している。
今話せるのは以上だ』
読み終わるころには、家の最寄りのバス停に着くところだった。
慌てて降車ブザーを押しバスを降りた。
メールをもう一度読み直し頭に叩き込んだ。
そして削除した。
時刻は20時を過ぎていた。
家に向かって歩き出す。
頭の中で点が線となる。
空を見上げると天の川がよく見える夜だった。
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