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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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持ち主の元へ

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


啓助の勘は勾玉を渡す相手は香だと告げている。

逸る気持ちを押さえながらもハンドルを握る手に力が入る。

落ち着きなさいと言わんばかりに赤信号に捕まった。

大きく息を吐いて息を吸う。

昔から勘というものを大事にしている。

これには祖母の影響があったかも知れない。

あれこれ思案している時は良い決断が出来ない。

そんな時は余計な事を考えずに、ふと湧いてきた閃きにおもねる。

祖母はそんな事を自身の経験を踏まえて教えてくれた。

その結果が良いか悪いか、正しいか間違ってるかの判断基準だったら捉えようが変わってきてしまう。

けど、少なくとも勘で選択した事柄に対して不思議と後悔はない。

松寿庵の脇の駐車場に車を止めて、店の前に足を運ぶと、店先に暖簾が出ていない。

扉の前に本日定休日と札が出ていた。

「ははぁ……休みか……」

数歩後ずさりをして店の建物を見渡すと、店舗と隣の家屋が繋がっている。

その玄関に向かって一歩踏み出した時。

扉が開いて香と美樹が出てきた。

二人は驚いているようだった。

ほらね勘は冴えている。

啓助は一人嬉しさを噛みしめた。


啓助が挨拶をすると、二人から変わらないシンクロした挨拶が返ってきた。

「丁度良かった、話があるんですが、時間ありますか?」

二人は顔を見合わせると、

「ちょっと、行く所があるんよ」

美樹が申し訳なさそうに答えた。

「そうですか。自分でよければ車で送りますよ」

啓助は何としてでも香と話がしたいので、自分からめったに言わないようなセリフを口にした。

二人は再び顔を見合わせると、

「……じゃあ、お願いします」

香が軽く頭を下げた。

「オーケーです。ちょっと待ってて下さい」

啓助は駐車場に駆け戻り、車に乗り込みエンジンを掛ける。

玄関前に車をつけて助手席の窓を開けて声を掛けた。

「どうぞ」

「お邪魔します」

美樹が後部座席の扉を開けて先に乗り込み、

「お願いします」

香が後に続いた。

「どこまで行きますか?」

啓助が振り向いて尋ねると、

「三井津岬に行きたいん、近くまでお願いします」

美樹は、そう答えると少し顔をしかめていた。

「あっ、ごめんね煙草吸うから。窓開けてもらって全然かまわないので……」

美樹と香は窓を半分くらい開けた。

啓助も慌てて運転席側の窓から空気を逃がした。

「じゃあ、向かいますね」

三井津岬か。

峠のレストランの所だとしても、10分掛かるか掛からない。

あんまり話す時間はなさそうだけど。

アクセルをゆっくり踏み車をスタートさせた。

今さらながら、顔見知りとはいえ他人を乗せて運転するのは緊張する。

いつも以上に慎重に安全に運転していた。

意識がそっちに集中し話を切り出せない。

そんな沈黙を破ったのは香だった。

国道に出て信号に捕まると話しかけてきた。

「運転上手ですね」

「そうですか?」

「うん、上手いと思う。うちの父さんなんか、ビューッていって、カーッと止まるねん」

美樹は、体を前後に動かして、父親の車に乗っている様を表現しているようだ。

「ブレーキとか滑らかに止まってる感じで、優しいなって」

香はそう付け加えた。

そう言われると、ますます運転に集中せざるを得なかった。

信号が変わり右折する。

「風が気持ちい」

美樹は目を閉じて風を浴びている。

香は外を見つめ物思いに耽っている。

もう数分でついてしまう。

仕方ないか。

峠の四差路を左折し、レストランの駐車場に車を止めた。


啓助は声に出さずため息をつく。

後部座席の二人は窓を閉めると、

「ありがとうございました」

お辞儀までシンクロしている。

ここまで揃うと、ある意味芸術だな。

啓助はそれに感嘆しつつも、会話の糸口さえ切り出せずがっかりしていた。

「いいえ、どういたしまして」

「そういえば、お話って何ですか?」

香は首を傾げている。

「あ、でもお二人、用事があるんじゃ……」

香は美樹の方を向き、目で合図を送ったのか美樹が小さく頷くと、

「良ければ、一緒に行きませんか?」

「え? いいんですか?」

「はい、三井津岬の先の大岩に行くので」

意外な目的地に啓助は驚いた。

だけど、話せる機会を得たことに喜ぶ気持ちの方が勝っていた。

「じゃあ、お言葉に甘えて、ご一緒します」

車を降りて、横並びで歩き出すと今度は美樹が聞いてきた。

「話って何なんです?」

啓助は、正直に二人に舞が行方不明だという事を話そうと決めていた。

「ごめんなさい。あなた達に嘘をついていました。嘘をつくつもりはなかったんですが……」

そう切り出し啓助は、行方が分からなくなった、妹の舞を探しに来たということ。

そして色々調べていくうちに結界の事を知ったこと。

それと僅かな時間だけど舞と会話できて、その際に舞が結界にいると話していた事を告げた。

二人は自分を責める訳でもなく、黙って聞いてくれている。

啓助は話し終えると香を見つめて、本題を切り出した。

「あなたが、何故、妹のことを気にしていたのか気になりまして」

香はチラッと美樹を見てから話し始めた。

「私は舞さんの事を最初は夢で見たんです」

「夢で?」

啓助は想定外の返答に素直に驚いた。

すると香は服の上から、片手で胸の辺りを握りしめている。

「啓助さん、私は舞さんを助けたいと思っています。私も舞さんと話をしました」

「え?」

舞と話せたという事は、この子に勾玉を渡すのが正解なんだ。

啓助は確信した。

「舞さんがいる結界の世界も夕凪島に似ているそうなんです。だから舞さんに三井津岬に行くように伝えました。舞さんが結界の中の三井津岬に行ったら助けられるかもしれない」

香は小さなショルダーバックから折りたたんだ紙を取り出すと、それを広げて見せたてきた。

「そんでな、香が舞さんと話してる時に見た風景がこれやねん」

美樹が補足説明をする。

「見ていいですか」

香が差し出したイラストを啓助は手に取る。

そこには中心に鳥居があって隣に大岩が描かれている。

その背後には、島か丘があるようで鳥居から道が一本上っていた。


「そこに描いてある岩が、この岬の大岩じゃないかと思ってん、やから行ってみようって」

美樹の声に、香は頷いていた。

「なるほど」

啓助はイラストを香に返す。

「お地蔵さんや」

美樹はしゃがんで、遊歩道のお地蔵さんに手を合わせている。

「こんな所にお地蔵さんあったん」

香は髪を耳にかけながら、美樹の隣にしゃがむと手を合わせていた。

啓助は二人の後ろで祈りながら、香がどうやって舞と話が出来たのかが気になっていた。

「香、こっちや」

美樹は香の手を引くと坂を下りて行く。

二人を追って啓助も続く。

防波堤まで降りると三人は、香を挟んで並んで歩いた。

「香さん、一つ伺ってもいいですか?」

「何ですか?」

こちらを見上げて返事をする香に、気になっている事を投げかけた。

「香さんは舞といつでも話せるのでしょうか?」

香は声には出なかったが、あっと言うように口を開けると立ち止まった。

そして、また服の上から何かを握りしめているようだった。

やがて香は深呼吸をすると口を開いた。

「話せると思います。理由は……これから言うことは、誰にも言わないって約束してください」

こちらを見上げる香の潤んだ漆黒の瞳を見ていると、心の内を見透かされているように思える。

この瞳に嘘は通じないし、嘘をついてはいけない。

「香さんは、舞を助けようとしてくれている」

いや違うな……

自分を信じてくれた。

だから、香にとって大事なことを伝えようとしているんだと感じた。

「安心してください。僕は香さんを信じます。それから約束します」

啓助は真っ直ぐ香に瞳を見つめ返した。

香はそのまま微笑むと美樹と手を繋いで歩き出した。

そしてポツリポツリと口を開き、香の家が巫女の家系であること。

夢で予知夢を見ることを話した。


啓助は少しも驚かなかった。

むしろこの二人なら、そのような能力を持っていても不思議ではないとさえ思った。

「このこと、誰にも言うたらあかんよ絶対」

美樹が啓助を覗き込むように念を押す、

「もちろん」

その言葉に、大きな目が嬉しそうに見つめ返している。

「べた凪やなぁ」

確かに美樹の言う通り。

風が無くなり、とろんとした水面は穏やかに揺れている。

香は考え事をしているのか。

緊張しているのか。

黙ったまま胸の辺りの服を掴んでいた。

防波堤の突端まで来ると、美樹は手をかざして大岩を見ている。

「どう? 夢で見たのと同じ?」

美樹の問いかけに、香は小刻みに頷いている、

「たぶん……でも思ったより大きい」

潮が満ちてきているようで、岩礁の岩場も水面から顔を出している部分は少ない。

さざ波が剥きだした部分を撫でている。

香が、ゆっくり足場を探しながら大岩へ向かって歩き出した。

「滑るから気いつけてよ」

美樹が後に続き、啓助はその後を追う。

夕陽に向かって進むようになり、とろけそうな水面が光を帯びている。

大岩の周辺は周囲より高く数人で立てるほどの広さはあった。

「お地蔵さん…」

香は、その前にしゃがんでいる。

美樹がチラッとこちらを見たので、啓助は微笑みを返すと、お地蔵さんに手を合わせた。


香は家を出た時。

啓助とバッタリ会った瞬間に心を決めていた。

ここで舞を助けられるかチャレンジしてみようと。

オレンジ色の染まる二人のお地蔵さんが照れているようで、そのざらざらとした表面をそっと撫でた。

そして、小さく息を吐いて立ち上がると、首元から勾玉のペンダントを取り出した。

光線に照らされた勾玉は、より一層に輝いて見える。

「あっ」

声に驚いて啓助を見ると、ポケットから何か取り出して掌を突き出した。

そこには――

赤い勾玉が載っていた。

「え?」

香は驚いて美樹の顔を見ると、美樹もこちらを向いている。

そして啓助を見ると、その顔は夕陽を浴びて真っ赤に染まっていた。

「ある人からもらったんです、あの子に渡してくれって……たぶん、香さん、あなたの事だと思うんだ」

優しい口調だった。

「赤い勾玉……」

勾玉が、もう一つあるのはどういうことなのか?

何故、啓助が持っていて、渡そうとしているのか?

だから、舞さんとも話せたの?

少なくない疑問が頭の中に湧いてくる。


「赤というより朱色やな……」

美樹は香の勾玉と見比べて、

「触ってもいいん?」

上目遣いに啓助に尋ねている。

「どうぞ」

「そしたら」

美樹は啓助から勾玉を貰うと、こっちを向いた。

「香のも触っていい?」

「…もちろんいいよ」

香は首からペンダントを外して美樹に手渡すと、美樹は二つの勾玉をくっつけている。

「見て、ぴったりや」

美樹は顔の前に掲げて見せた。

二つの勾玉は寸分の狂いなく一つの円になっていた。

「美樹、ちょっと貸して」

香は何かわかったような気がして。

美樹から二つの勾玉を受け取ると自分の掌の上で二つの勾玉をくっつけて円を作る。

それを両手で挟んだ。

そしてお地蔵さんの前にしゃがんむ。

「美樹10分経ったら私を呼んで」

「分かったけど、何するん?」

「舞さんと話してみる」

「大丈夫なん?」

「うん」

香は自分の鼓動を感じていた。

ドクッドクッと早く脈打っている。

気持ちが逸っているのか。

緊張しているのか。

落ち着くために大きく息を吐いて、ゆっくり呼吸をする、

それは波の音と重なっていく。

目を閉じて祈った。

舞さんの所へ。

頭の中に映像が映った。

今回は景色がはっきりと見える。

両側から波が寄せている砂浜に立っているようだった。

エンジェルロードみたい……

「舞さん、聞こえますか?」

返事がない。

もう一度呼びかける。

「舞さん?」

どうして?

まだ、着いていないのかな?

正面には小さな山があり、その背後には大きい山があった。

それは夕陽を浴びて燃えているようにも見えた。


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