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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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龍の寺

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)



この寺の住職である不破龍応ふわ りゅうおうは、訪れた遍路客の中に紛れている一人の男に目が行った。ベージュのジャケットに同系色のズボン、紺色のシャツに身を包んだ男は「へー」「おー」と、独り言を言いながら、写真を撮っている。

遍路客の応対が終わり本堂から出ると階段下の休憩小屋で男は煙草を燻らせていた。

気配に気付いたのか煙草を灰皿で消していると、火の粉が指先に跳ねたのか、男は手をひらりと振った。

「ご旅行ですか」

龍応が問えば、男はふうと息を吐き、足を詰めた。

「ここ、なんかエネルギーがありますね」

人懐っこい笑顔を見せた。

龍応は少し驚きながらも、

「景色も良いですよ」

小屋の窓を指差した。

男はそこに視線を向けて、

「確かに綺麗ですね」

本心からそう思っているようだった。

確かにエネルギーを感じて訪れる人々も少なくない、夢で見たとか、お告げがあったとかスピリチュアルな感性を持った人が訪れるのも事実としてあった。巷ではパワースポット等と持て囃されていたりもしている。


「どうぞこちらに」

龍応は、男を本堂へ案内し、いつものように寺やご本尊様のこと、お大師様や龍伝説を説法を織り交ぜて話しはじめた。

男は合点したように頷き、時には涙目になり耳を傾けていた。

「お参りをさせてください」

話しが終わると賽銭箱に500円硬貨を落とす。

龍応は座敷に上がり、ろうそくを灯して、読経を上げる。

「ありがとうございました」

深々と頭を下げる男。

「じゃあ、こちらへ」

草履をはきながら男を本堂の中から続く洞窟へと案内する。

この洞窟の奥から湧水が湧いている。

男はここでも感嘆の声を上げ話に聞き入っていた。

洞窟を抜けると、母屋等がある境内より高い部分に出る。

母屋の屋根の高さ程の位置。

その先の階段を上れば西龍寺で一番高い場所に当たる護摩堂だ。

そこの高欄から見える瀬戸内海の絶景を見て貰うために、龍応は手が空いている時はここまで案内するのが習慣化している。

理由は単純で、その景色を見た人々の反応を見るのが龍応の趣の一つになっていた。

端的に言えば、人々が喜ぶ姿を目にすることが好きなだけでということに尽きる。

「凄い…」

多分に漏れず男は嘆息の声を上げる。

眼前の景色に釘付けになっている。

ふと男の顔を見ると――

おや?

日の光に反射して頬が光っていた。

泣いているのか?

「……死んだらあかんよ」

口に出した龍応自身が驚いたが、男もびっくりしたようで、ゆっくりとこちらに向き直り、

「ありがとうございます」

と深々と頭を下げていた。

そしてまた広がる空間に目をやった。

龍応も視線を共にした。空を映したのか海を映したのか、青々とした水面と空を見つめた。


啓助は舞も見ていたこの絶景に感動したのはもちろん、複雑な思いが入り交じるなかで先程の住職の言葉を心に染み入っていた。

鏡のような水面を見つめていると、止めどなく流れる感情も幾分和らいだように感じる。

なんて綺麗なんだろう……純粋にそう思えた。

自分の事が心配だからだろうか、住職は何も言わず佇んでいる。

啓助は会釈をすると、思い切って話を切り出した。

「唐突で申し訳ないのですが、これを見て頂けますか?」

スマホの待ち受け画面の兄妹の写真を見せる。

「妹なんですけど、一週間程前にこちらに伺ってるんですが、見覚えありませんか?」

住職はスマホを手に取ると、少し視線を上げて考え込んでいる。

毎日訪れる人も多いだろうから無理もない。

半ば諦めていた啓助に住職は眉を寄せた。

「あぁ、神話を調べていた学生さんかな?」

「そうです、そうです!」

意気込んだ啓助はつい大きな声を出す。

「妹さんが、どうしたの?」

啓助の興奮が分かる訳もない住職は、首を傾げている。

ざわざわと山の木々が震え、柔らかい風がサーと吹き抜ける。

「行方が分からないんです」

「え?」

住職は少し顎を引き、視線をスマホの画面に落とした。

「夕凪島からフェリーに乗って帰ると連絡があってから……4日前の事です」

「4日前……」

スマホを見つめたままの住職は、しばらくして首をひねる。

「ちょっといらっしゃい」

啓助はスマホを受け取ると、手招きをする住職の後を追った。


「さあ、上がって下さい…日記をね、日記をつけてるんです。印象に残った事は、書き留めて……」

母屋に連れてこられ、通されたのは四畳半の部屋。

中央に円卓と部屋の角にパソコンが置いてある机だけの簡素な空間だった。

「どうぞ座って下さい」

住職は机の引き出しから、ノートを取り出しパラパラと捲っている。

啓助が円卓を前に腰を下ろすと、

「うん、ありました」

住職は対面に座り、ノートを啓助の前に置いて指をさした。

「ここです」

「拝見します」

啓助はノートを手に取った。

そこには達筆の文字が踊っている。

――7月8日 本日も晴天なり 

名字が書いてあるのは地元の人かな?

舞の部分だけに目を通そう。

「あっ……」

国産み神話の研究をされている学生さん来られる。

島の歴史にも興味を持たれた様子。

郷土史家を紹介して欲しいと言われ三名教える。

護摩堂からの景色に大変喜ばれていた熱心な学生さんに加護あらん。

啓助は目頭が熱くなる。

舞は確かにここにいた。

「この郷土史家の方教えて頂けますか?」

「ん?あぁ、少しお待ちになって」

住職は立ち上がると先程の机の椅子に座り、パソコンから何かプリントアウトしている。

「妹さんにお渡ししたのと同じです」

啓助は、それを受け取りながら頭を下げた。そこには三人の名前と電話番号が記されていた。

「もし、お手伝いできる事があればご連絡下さい」

目尻に皺を寄せた住職が名刺を差し出してきた。


西龍寺 住職 

不破龍応ふわ りゅうおう

電話番号 080-☓☓☓☓-□□□□


「ありがとうございます。あ、失礼しました、自己紹介がまだでした……僕は早川啓助です、妹は舞と言います……本当にありがとうございます…」

啓助は頭を下げ、立ち上がる。

「大丈夫です」

穏やかな笑みと、張りのある優しい響き。

龍応の表情には言葉で言い尽くせない不思議な安堵感があった。


龍応は山門まで啓助を見送った。

参道の階段を下りながら何回も振り返り頭を下げる啓助に手を振り返し、最後の最敬礼を見届け姿が見えなくなると踵を返し母屋に向かった。

途中ハッと振り返り、唐突に彼女の姿が頭に浮かんだ。


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