美樹と真一郎からの報告
香と美樹は休憩時間だというのに気が休まることがなかった。
クラスメートだけでなく、同級生や下級生が教室に入れ代わり立ち代わりやって来る。
昨日の神舞の写真を見せに来たり、下級生からは握手を求められた。
中には一緒に写真を撮らせてという女の子もいた。
「私も先輩たちみたいに神舞に出たい」
そう話していた。
いつの間にか出来ていた行列を万葉が仕切っている。
慌ただしい最中、香に美樹が帰りに真一郎と一緒に話があると小声で告げてきた。
最後の休憩時間はどういうわけかクラスメイト達と写真を撮った。
真一郎は一人座っていたが、万葉が声をかけ、輪に加わり写真に納まっていた。
ドタバタと落ち着かない午前中が終わり、下校時間になると香は美樹とそそくさと教室を後にする。
校門を出てお互いに連絡が取れなかった事を謝ると、後ろを歩く真一郎を手招きで呼び、三人は早足で潮風公園に向かった。
ザザー、ザザー。
防波堤に腰かけると、美樹と真一郎は話し始めた。
事の発端は昨夜。
真一郎が美樹に掛けた電話からだった。
話の内容が驚愕過ぎて、美樹は香も一緒に三人で今日の朝、会って話をしようということになった。
だけど、昨夜、香に連絡したが繋がらず。
朝早いこともあり、香に連絡せずに美樹は真一郎と会っていたという事だった。
――今朝早く、美樹と真一郎は早朝の学校裏の防波堤にいた。
待ち合わせ時間の6時より早く真一郎は防波堤に持たれて座っていた。
美樹は挨拶も早々に、真一郎の隣に座り早速問いただした。
「何でお兄さんの車にあの人が乗っているの言わなかったん」
「それは……」
「それにその人のキャリーケースが家にって。しかも、お兄さんの部屋にあったって」
俯いて、答えない真一郎に、美樹は少し語気が荒くなった。
「……」
「あんたのお兄さん絶対何か知ってるやん」
「……」
「お父さんは、このこと知ってるん?」
「いや、ただ……」
真一郎は俯いたまま、言い淀んでいる。
美樹は言い方がキツかったかなと、深呼吸をして話し出した。
「責めてるわけちゃうんで、分かってる思うけど。それで、ただどうしたん?」
「それが……」
真一郎の口から語られた事に、美樹はさらに驚愕した。
その女性の写真を父親も持っていたというのだ。
「お父さんも?」
真一郎は黙って頷いている。
美樹はさっぱり分からなくなった。
「うーん……あの人と、どういう関係になるんやろ?」
「三人の共通点はこの島の歴史に詳しいということ」
「ふーん」
美樹は、案外と冷静に言葉を返す真一郎を見た。
真一郎は視線に気が付いたのか、こちらを二度見して話し始めた。
「結界に関することを父と兄はたぶん調べているんだと思うんだ。そのことを考えると、調べているうちにその女性が神隠しにあったとか」
「結界?……神隠し?」
美樹は、何かそんなタイトルの何かがあったような気がした。
「何ていうのかな、神様の領域とか、それこそ結界とか、人が入ってはいけないような場所に迷い込んでしまって、ある日忽然と姿を消してしまうらしい」
「ふーん。でも、そしたら警察とかに言うんちゃう? 言わない言うことは、何かあるんちゃう」
「何かって……」
真一郎は少し身を仰け反らせてこっちを見て、また俯いた。
美樹は歴史に興味が全くない。
ただ、真一郎が助けを求めてきたのは理解している。
まさかそれが、香が夢で見た女性と関係があって。
何だか奇妙な繋がりを感じている。
それにその女性。
妹さんを探しに、お兄さんが今、島に来ている。
ん?
美樹は一つの答えを見つけた気がした。
「あっ!もしかして……」
思わず出た大声に、真一郎はビクッと、また体を仰け反らしている。
そして、顔を突き出して恐る恐る聞いてきた。
「どうした?」
「もしかしたら。髪留めを買ったイケメンって、あんたのお兄さんじゃ……」
ざわざわと校舎の裏山の木が震えた。
美樹はこっちを見ながら口を手で押さえていた。
「どういう事?」
何の事やら分からない真一郎が聞き返す。
美樹はバックから桜の花を象った髪留めを取り出して、それにまつわるエピソードを話し出した。
真一郎は兄の女性関係についてはさっぱり分からない。
仮に兄が買ったとしたら、その女性にプレゼントしたという事でしょ?
「その髪留めを買ったのが兄だとしたら、その女性と知り合いだったって事?」
「うーん、そうやな。たまたま、祭で一緒になったか? それとも、真一郎が言うように元々知り合いやったんか?」
「ああ、それはあるかも、家にはよく歴史の事で尋ねてくる人もいるから。その時に知り合ったのかも」
「ああ、そうなんや……」
真一郎は女性のインスタグラムの記事を思い出した。
確か郷土史家を尋ねている筈だ。
それが自分の父親だった可能性はある。
その時、兄も一緒に会っていたとしたら?
「ということは、あの女性が帰るはずだった月曜日から兄と一緒にいたということ? でも家には誰もいなかった」
「ホテルに泊まってたんちゃう?」
「なるほど。でもどうしてキャリーケースが兄の部屋に?」
「そうやなぁ……」
美樹は天を仰いでいる。
その時、真一郎の視界に裏山の遊歩道を歩く人影が見えた。
それは啓助と見知らぬ眼鏡をかけた男で、二人ともジャージ姿で岬の方へ歩いていく。
「美樹、あれを見て」
真一郎は自然と小声になり、美樹の顔の前で指を差した。
「あ……」
それを見た美樹は両手で口を押えている。
「どこ行くんやろ?」
「三井津岬でしょ」
「んなん分かってる」
美樹は口を尖らせて言い、そして自分の肩を叩いた。
それからニヤリと笑い。
「後、つけてみよ」
魔女が微笑んでいるように見える。
美樹は立ち上がり遊歩道へ向けて歩き出した。
途中で振り向き手招きしている。
「やれやれ」
真一郎も腰を上げると、美樹の後を追った。
岬の先には東屋があって道は行き止まりだった。
「あれ? おらん」
美樹はキョロキョロと辺りを見回している。
真一郎も同じ様に見渡していると、下の方から微かに話し声が聞こえた。
「美樹、聞こえた?」
小声で聞くと、黙って美樹は頷く。
しばらくすとそれは聞こえなくなり。
波の音や木々が風に揺れる音しか聞こえなくなった。
「どっか行ってしまったんかなぁ」
美樹は東屋に腰かけていた。
真一郎は、もう一度周りを見て、木々に覆われた中に細い道がある事に気が付いた。
そこに歩み寄り生い茂った木々を少しかき分けてみたが、
「制服じゃ無理か……」
その先も枝や草が道を塞ぐように覆いかぶさり、進むのは難しそうだった。
東屋に戻り、美樹に道があることを伝えると、
「行ってみよ」
美樹はピョコンと立ち上がる。
「その恰好じゃ無理だよ」
真一郎が首を捻ると、美樹は口を膨らませて腰を下ろす。
「そっかぁ」
そして制服のスカートの裾を摘まんでいる。
真一郎は美樹に向かい合って座った。
「こんな時間から何やってんやろ?」
美樹は東屋の天井を見上げている。
「自分達も同じようなもんだけど……」
「真一郎! あんたの為に早よから来てるんですけどぉ」
その言葉に美樹は屈んで下かろ自分を見上げるようにゆっくりと喋る。
美樹の大きい目に睨まれて、真一郎たじろいだ。
「ああ、言い方が悪かった、ごめん」
「素直なのは、真一郎のええとこかもな」
美樹は腕組みをして、まじまじとこちらを見ている。
すると、また下の方から声が聞こえてきた。
真一郎は美樹と顔を見合わせて自然と身構える。
声は少しずつ遠のいていく。
東屋から顔を出し辺りを窺うと、岬の下の岩礁で二人の男が何かを抱え運んでいた。
「なんやろ」
真一郎はスマホを出しカメラモードでズームした。
「んーよくわからないけど、石像か何かかなぁ」
「石像?」
美樹は顔をスマホに寄せてきた。
目の前に美樹の頭があって、シャンプーのいい匂いがする。
「んー、うちにはわからんわ」
そう言い、美樹は顔を引っ込めて視線を二人の男達に戻していた。
彼らは休み休みそれを運んでいる。
「どこに持って行くんやろ?」
「あそこ、防波堤の先の大きな岩の所かな」
美樹の問いに、そこを指をさした。
どれくらいの時間を要したのか分からなかったが、二人の男は石像を大岩の前に置いて祈っているようだった。
そして防波堤沿いをこちらに歩いてきた。
二人はしゃがんで東屋の陰に隠れる。
「どうしよう」
真一郎は言葉とは裏腹に、犯人を尾行している警察官のような心境で、少しテンションが高ぶった。
「とりあえず、じっとしとこ」
男達の会話が微かに聞こえてきて、少しすると遠くなったいった。
しばらく、耳を立てていたが、男達の声や気配は感じられない。
波の音だけが、繰り返し聞こえてくる。
「行ってみよ」
美樹は立ち上がって忍び足で遊歩道を戻っていく。
真一郎は後から付いて来ている。
遊歩道と防波堤に続く坂道との分岐点にお地蔵さんが祀られていた。
「こんな所にお地蔵さんがあるんや」
さっきは気が付かなかったけれど、黄色いきれいな花が供えられている。
「ほんとだ」
真一郎も首を傾げていた。
「お参りしよ」
美樹がしゃがんで手を合わせると真一郎も隣で手を合わせている。
一匹のテントウムシがその花に止まるのが見えた。
「見てテントウムシ、かわいいな」
「虫ってかわいいの?」
「はあ? かわいいやん。うちな昔っからテントウムシ好きやねん」
美樹が花の傍に人差し指を持って行くと、テントウムシはそのまま指を伝って歩いた。
そしてゆっくり指を目線の高さまで上げた、
「あんたは、二つ星さんやな」
「ふーん」
真一郎は横目でこちらを見ながら、少し身を反らせている。
「ほんなら」
美樹が指を空に向かって掲げる。
テントウムシは羽を広げゆらりゆらりと飛んで行った。
防波堤へ続く道を下りて大岩の方へ歩き出すと、真一郎は何回も振り返りあの人達を気にしているようだ。
「大丈夫やって、この辺歩いてる分には見つかったって」
「そうかな?」
「散歩してるって言うたらええねん」
「そうか」
「でも、ここは来たことないわ」
「確かに、釣をする人ぐらいしか来ないかもね」
防波堤から大岩への間は岩礁地帯で足場は滑りやすかった。
美樹は足元の岩を避けようとして滑ってバランスを崩した。
「あっ」
前のめりになったところを真一郎が差し出した腕に捕まり転ばずにすんだ。
「ありがとさん」
美樹は体勢を整えると捕まっていた腕を放した。
「気を付けて……」
真一郎はぶっきらぼうに言っている。
慎重に足元を確認しながらゆっくりと進む。
近くで見る大岩の大きさに驚いた。
「おおきいなあ」
「美樹これを見て」
真一郎のしゃがんでいる前に男達が運んだ石像がある。
苔だらけだけど、さっきのお地蔵さんと同じものなのは分かった。
「同じお地蔵さんやね」
「うん」
真一郎は手を合わせている。
美樹もその隣にしゃがんで手を合わせる。
目を開けると足元にカニが一匹、チョロチョロと横切った。
「何か関係があるのかな?」
「うーん、分からんけど……あるんやろうな、きっと。ほら見て、テントウムシがここにもおる」
お地蔵さんの裏からテントウムシがひょっこり顔を出している。
その時スマホが鳴った。
取り出そうとして手が滑り岩の上に落ちた。
「なんで……」
慌ててスマホを拾い上げる。
「やばい、8時半になる」
立ち上がっていた真一郎が叫んだ。
「ほんま?」
美樹が立ち上がると、真一郎が手を差し出していた。
「危ないから……」
「へえ、優しいなぁ」
美樹は真一郎の手を取るとゆっくり歩きだした。
穏やかな波の音が砂浜に響いている。
防波堤に戻ると二人は学校へ向けて走り出した――
事の顛末を聞いた香は真一郎に尋ねた。
「真一郎のお兄さんやお父さんが、妹さんと関係があるのは他の人に話したん?」
二人とも首を振った。
「どうしたらいい?」
真一郎が聞いてきた。
「そうやね……」
真一郎の父と兄が舞さんと関わりがあったとしても、今、舞さん自体は結界の中にいる。
三井津岬のお地蔵さんも気になったけど。
スマホを見ると13時になろうとしていた。
「とりあえず、もし確かめられるなら、お父さんに聞いてみるのがいいかも」
「わかった」
真一郎は小さく頷いた。
「ごめんね、私、お母さんと西龍寺に行かんといけんから」
香が腰を上げると、
「わかった、うちらも帰ろ」
美樹も立ち上がり、真一郎は無言で立ち上がった。
「また、連絡してもいい?」
不安そうな真一郎に香も美樹も頷いて答えると、
「ありがとう」
真一郎は嬉しそうに頭を下げていた。
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