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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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まさかの出会い

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


蝉の鳴き声の合間に鳥の囀りが混じって聞こえてくる。

西龍寺の境内の休憩小屋で啓助は煙草を吸っていた。

☆Ayaka☆との約束の時刻までは、あと5分ほど。

視界に人影は見られない。

本堂の脇にある花の傍をモンシロチョウが舞っている。

☆Ayaka☆が何で西龍寺を会う場所に指定したのか。

理由はともかく、舞の話が聞ければ、手掛かりが増えるかもしれない。

そんな期待を抱きつつ時の流れを待った。

小屋の窓にはテントウムシが止まっていた。

チョロチョロと赴くままに動くその姿が可愛らしくも見える。

穏やかな時の流れが啓助を包んでいた。


ガラガラガラッ。

本堂の扉が開き龍応住職が階段を降りてきた。

啓助は煙草を消し龍応に挨拶をする。

「おはようございます」

龍応は自分のジャージ姿に戸惑ったようだが、相変わらずの笑顔で出迎えた。

「おはようございます」

そして左手を差し出すと、

「お待たせいたしました、母屋のほうへ」

「は?」

啓助は意味が分からず首を傾げる。

次の瞬間龍応は驚くべき事を告げた。

「アヤカさんの代理です」

龍応は穏やかな笑みを湛えたままである。

「え?」

どういうことなの?

代理って事は☆Ayaka☆と知り合いなの?

「さあ、どうぞ」

龍応は声と共に母屋へ歩き始めた。

どういうことだ?

思案しながら後をついていく。


龍応の案内で啓助は居間に通された。

麦茶を持ってきた龍応はコップに注ぎ、その容器を持って部屋を出て行った。

龍応が歩くたび床はギシギシと音を立て、その音は周りの木々のざわめきと調和しているように思えた。

啓助は龍応の後ろ姿を見ながら、麦茶を一口飲んだ。

龍応は部屋に戻って来て畳に座る。

その動作で床がさらに軋んだ音を立てた。

「どういうことでしょうか?」

「そうですね。アヤカさんは事情があってお会いすることが出来ない。代わりに私がお話ししましょう」

「アヤカさんは先週の木曜日の夕方。この下の港近くの潮風公園で、車に乗っている妹さんを見かけたそうです。それで以前から妹さんのインスタグラムを見ていたアヤカさんは、まだ妹さんが島にいると思ってコメントしたそうです」

「なるほど。アヤカさんの素性を教えて頂くわけにはいきませんよね? 例えば、男性か女性かとか?」

龍応は首を横に振ると、

「アヤカさんからお伝えすることは以上です」

穏やかな物言いだった。

「はあ……」


ということは――

舞は自分の意思で島に残って何かをしていたということなのか。

……確かに、その可能性はゼロではないし。

ただ、舞が自分に連絡する筈だという固定観念というか驕りというか。

信頼があるから自分が納得できないだけかもしれないのか。

「その後、妹さんの行方はどうですか? 何か進展はありましたか?」

「いえ……ただ、この島にいるのは間違いないように思えてきました」

「ほう、それは何故ですかな?」

「不思議な島ですよね……」

「と、仰いますと」

「妹は結界にいると思います」

「……」

「自分は歴史とか詳しくないですけど、妹の足跡を辿って出会った人や場所で感じた事、根拠のない勘ですが」

「なるほど」

「ご住職は結界についてどうおもわれますか?」

「ふむ……他言無用で願いたいのですが……実は、この寺も結界を形成している一つの場所です」

「そうなんですか?」

啓助は驚きのあまり大きな声を出した。

まさか龍応の口から結界という言葉が出た事にはもちろん。

それが実際にあるようなニュアンスだったからだ。

「ええ、と言っても島全体ではありませんがね。そもそも、寺や神社には結界が張ってあるものなんです」


龍応はおもむろに立ち上がり襖を開けた。

そこには中庭が見える。

庭園があり草木が綺麗に刈られている。

「この島の自然は災害や戦乱によって浸食されていました」

龍応は中庭を見つめたまま。

口調も眼差しも穏やかなまま。

啓助も立ち上がり中庭を見た。

7月の日差しに照らされ、キラキラして見えるのは木々や草花に付いた滴に光が反射し輝いているせいだろうか。

「しかし、それは表向きの事で、本当は結界に守られていたのです」

龍応はこちらを向いて目を細めると、再び庭を見た。

「昔はもっと緑豊かでした……自然も人もこの中庭のように綺麗に整っていたと聞きます。結界が作用することで、この島の自然が乱れないように秩序が保たれてます。そのおかげで島に住む人々は平和に暮らしているのです」

龍応は優しい口調でゆっくりと語る。

「そうですか……」

「ただ島の人間は結界が張られている事は知りません……この島はね、先人達の願いによって張られた結界によってある意味、現実世界から遮断され隔離された場所なのです」

龍応の横顔は憂いを帯びているように見える。

「結界に入るということは、結界を解かないと無理なのでしょうか?」

「結界を解くことは出来ると思います……ただ、私は試したことがないです。そもそも結界がどんな仕組みで張られているのか……入ることは出来ても出ることは出来ないかもしれません」

「そうですか……」

「それでも、あなたは結界を解こうと考えているのですか?」

龍応はこちらに眼差しを向ける。

「はい」

「そうですか……私があなたを止める権利はありませんが……」

そして再び中庭を見た龍応は、

「私はね……この島の自然が好きです……この庭もね……」

そう言うと黙り込んでしまった。


啓助も、また中庭を見つめた。

中央の奥には池がある。

池の真ん中には小さな石灯篭。

池の右手には見事な盆栽のような松があり、その手前の小川が中央の池に注いでいた。

小川を挟んで芝生の丘があって。

その上にも小さな石灯篭があった。

少しの合間を置いてまた丘があり、それは中庭の中心にあるようだった。

そこから左手に小川があって、その向こう側に石灯篭が置いてあった。

石灯篭は中庭の一番手前の丘に上にもあった。

整然とした配置のようで、自然が形成した地形にも見える。

池の水は風が抜ける度に波紋が生じて、ゆらゆらと光が踊っている。

確かに美しい庭だ。

風が境内の木々を騒がせている。

二人の間にしばらく沈黙が落ちる。

「お邪魔しました」

啓助は一礼して部屋を出た。

玄関まで見送りにきた龍応は、

「あなたの願いが叶うようにお祈りしてます」

穏やかで柔和な笑みを浮かべていた。


啓助は会釈をして境内を後にした。

参道の石階段を降りる、

目の前には雲一つない青い空がどこまでも広がっていて、蝉の鳴き声が山から降り注ぎ、風に応えた木々がざわめいている。

駐車場に戻り車に運転席に身を沈める。

結局、何が分かったのかという焦燥。

住職の拒絶とも取れる応対。

ふと見た、助手席の窓に何かが止まった気がした。

よく見るとサイドミラーの上にモンシロチョウが止まっている。

蝶は啓助が見た途端、羽を広げてゆらゆらと空を舞った。

フロントガラスを横切り飛んでいる。

ふいに啓助は窓を開けて手を差し出した。

すると蝶はゆっくりと啓助の指に留まった。

しばらく羽を休めた蝶は、空へと羽ばたいた。

「ありがとう」

啓助は、自分が発した言葉に驚きつつもハンドルを握った。

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