娘と母
香はキッチンのテーブルでシャーペンを片手に、舞との会話や見えた景色を書き出していた。
記憶を辿りメモ用紙に箇条書きで書き出していく。
・舞さん自身は結界の中にいると考えていること
・そこにどうやって入り込んだかは記憶がないこと
・そこは、おそらく昔の夕凪島らしいこと、舞さんが居る場所はころころ変わるということ
そして、見たことのない小さな島にある神社の絵を描いた。
「お待たせ」
母は風呂から上がってくると、香の向かいの椅子に腰かけて、麦茶をコップに注いで一口飲んだ。
「さっきの続きだけど、舞さんは生きているのね」
「うん、でもどうやって助けたらいいのか。結界の場所がわかっても入れるかどうか分からないって」
「お母さんも舞さんのこと見てみたんだけど、分からなかったの。けど、あなたは会話ができた」
「え? そうなん?」
「実はね……」
母が一昨日の夜にご住職に呼び出されたのは、舞さんの安否を母に見て貰う為だったという。
「そうやったんや……そしたら今から、もう一度やってみようか」
香はパジャマの上から勾玉を握りしめた。
「それは、ちょっと待って……明日、母さんも傍にいる時にしてみよう、それから、むやみやたらに見てはだめよ……いい?」
「うん、分かったそうする……母さんはこの神社知ってる?」
香が紙に描いた神社のイラストを母に手渡すと、それをまじまじと見ながら母は首を振った。
「もしかしたら、ご住職ならお分かりになるかも」
「ご住職……あぁ、あと、あのお兄さんに伝えたいんだけど、いいかな?」
香は小声になって聞いた。
「うん、いいと思うけど。一つだけいい?」
「なあに」
「舞さんが生きている事を伝えるということは、自ずと香が特別な能力があるってことを教えることになる。その覚悟はあるの?」
香はハッとした、舞には向こうから気が付いたから喋ってしまったけれど……
「話を聞く限り、その人は悪い人ではなさそうだけど。覚悟が出来ているなら、伝えなさい」
「覚悟か……」
正直、舞を助けたい一心でその事は考えていなかった。
「今日はもう遅いから、一晩考えたらどう?」
母は微笑みながら時計を見ていた。
時刻は23時30分を回っている。
「うん、そうする」
香は母におやすみを言って部屋に戻った。
ベッドに横たわり、そこに置きっぱなしだったスマホを手に取る。
そこには、美樹からの数件の着信履歴があった。
「ああ。美樹、ごめん」
慌てて美樹に電話を掛ける。
コール音が鳴り響くだけで、電話に出なかった。
メッセージも入っていた。
『今日は神舞楽しかった。後で電話する 22時10分』
『話したいことがあるん、遅くてもいいから連絡してな 22時28分』
『香、寝てしもうたん? 22時55分』
スマホの時計は23時36分を表示している。
もう一度電話をかけてみたが同じだった。
『美樹ごめんね、寝てしまってた……明日、話しよ』
そうメッセージを送った。
香は大きく息を吐くと目を閉じてペンダントを握った。
◇
幸は香が部屋に戻ると居間のソファーで龍応に電話を掛けた。
「夜分にすみません」
「いえいえ、お待ちしていましたよ」
龍応に、真一郎の目撃情報の詳細と、香が能力を使って行方不明の女性とコンタクトが取れて会話したことを告げた。
「なるほど……そうですか……」
龍応は深いため息をついていた。
「香はその女性を助けたいと思っています。その兄に今日の出来事を伝えたいと……覚悟があるなら伝えなさいとは話しました」
「一応、危惧しているのはその閉じ込められた女性が、先週の月曜日に東京に帰るはずだったのに何故、木曜日に目撃されているのか? 本人の意思なのか、何者かの意図なのか? 何者かの介入があった場合の保険をかけなくてはなりません」
「はい」
「私はその兄妹に会っているので、別段、他意は感じませんでした。妹は純粋な歴史への興味。兄は純粋に妹の安否を案じている。ただ、現状、結界に憑りつかれている輩がいるのも事実としてあるのです」
「確かに仰る通りです」
「せめて、その彼女がどこで迷い込んだかが分かればね」
その言葉に香が舞とのコンタクトの際に見た景色の話を思い出した。
「ご住職、見て頂きたいものがあるですが。一度電話を切って画像をお送りします」
「わかりました」
「では、失礼します」
幸は香が書いた風景のイラストをスマホのカメラで撮り龍応に送った。
数分後龍応から電話がきた。
「もしもし」
「あ、もしもし、本当にあの景色を香さんは見たのですね……」
龍応には珍しく声が震えているようだった。
「え?はい」
「……今はこの神社はありません」
「は? どういうことですか?」
少しの間をおいて龍応は話し出した。
「んー、香さんはもうお休みになられてますよね?」
「はい」
「明日は学校ですね?」
「はい、でも午前中で終わるはずです…」
「そうですか……何時頃なら来れますか?」
「明日は店も休みですから、14時頃でいかかでしょうか?」
「はい、では明日の14時に香さんと一緒に来て頂けますか? その時にお話しします」
「分かりました、では明日お伺いします」
幸は電話を切ると、スマホの画面に女性の写真を映しだした。
昼間、香にこの画像を見せられた時にも感じたのだが、この女性と、どこかで会った事があるような気がしていた。
龍応から、この女性の安否を見て欲しいと言われて見た画像の時には感じなかった。
真一郎から送って貰った画像の方が鮮明だったからかもしれない。
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