逸る想いの先で
香は真一郎を見送ると、急いで家に入り、二階の自室へ駆け上がった。
ベッドの上に座り舞の写真をスマホの画面に映し出す。
可愛らしい笑顔が微笑みかけている。
ん?
その笑顔に何か懐かしい感じを覚えた。
「ふー」
天を仰ぎ深呼吸をする。
ペンダントを首から取り左手で勾玉を握りしめた。
何をどうしたら良いのかは分からないが、舞を助けたい。
ただその一心だけだった。
「あなたは何処にいるの?」
右手でスマホを持ち上げ写真を見つめる。
パッ。
光が広がって――
え?
瞬間視界が変わっている。
目で見てるというか、頭で見ている感覚。
まるで映画館のスクリーンに映し出されているような映像。
どこだろう?
見渡す限り暗闇の中。
しばらくすると、かすかに女性の声が聞こえてきた。
「誰?」
怯えるような細い声。
声のする方を見ても闇で何も見えない。
「誰? 誰かいるの」
高く響く声の主は――
間違いないあの舞だ。
「舞さんですか?」
「ええ、そうだけど、あなたは誰?」
舞の声は少し震えている。
「私は夕凪島に住んでいる松薙香といいます。ここはどこですか? 夕凪島なんですか?」
「はい、夕凪島だとは思います。ただ、良くわからない……」
「え、それはどういう意味ですか?」
「気づいたら今の場所なのか空間なのか。ここにいたんです。どのくらい時間がたったかも分からない」
香は舞との話を続ける。
「舞さん、私の姿は見えますか?」
「いいえ、声が聞こえているだけです」
「私は舞さんを助けたいんです。今、舞さんがいる場所に何かありますか?」
「今は古い住居。民家かな、その中にいます」
「何か見えますか?」
「外は田んぼと小さな川が流れていて……けど……」
「どうしました?」
「なんていうのかな……歩いたり、寝ていたりすると場所が変わってるというか……」
「場所が変わるの?」
「最初は真っ暗闇の中に居たんだけど……山の中にいたり……海の傍にいたり……また闇の中にいたり……」
「そうなんだ……他に誰かいます?」
「ううん、鳥や虫、動物なんかは見えるけど……」
「持ち物は? スマホとか?」
「それがね、ポシェットとその中にあるカードケース。免許証とかしか入ってないから、何も持ってないんだ……何で持ってるのかも分からない」
香は深呼吸してペンダントを手に握り目を閉じて祈るように手を合わせた。
舞さんがいる場所を教えて…
すると――
辺りが明るくなった。
真っ暗な中に鳥居が見える。
そして隣に大きな岩がある。
その岩の手前に小さな女の子が座っているように見えた。
その子うつむいて泣いているようだった。
そしてまた――
暗くなった。
「香さん? 聞こえますか?」
舞の声が小さく届く。
「はい、聞こえます」
あれ?
人の形がぼやけて見える。
グレーのポロシャツにベージュのキュロットスカートを着ている。
あ?
舞さん?
木で作られた簡素な家。
その縁側のような場所に座っているようだ。
「舞さんって、グレーのポロシャツ着てますか?」
「え? うん。着てるよ」
「見えた!!」
「え?」
「舞さんの姿が見えてるん」
「そうなの? 傍にはだれもいないけど」
舞には香の姿は見えていない。
そのことよりも、どこに舞がいるのか香は気になった。
香にはボヤッと滲んだ映像が見えるだけ。
「他に何かありますか?」
「いえ……ただ、昔の夕凪島のように感じます」
「昔の?」
「うん、建物もそうだけど……現代的な物がないから……」
「何か、ヒントがあれば……」
香りは必死に考える。
昔の建物があるような場所って――
「ところで、香さんはどうして、私のことを知ってるんですか?」
ん?
舞の声が思考を遮った。
あ?
どうしよう。
軽々しく巫女の血筋のことは口に出してはいけないと母に口止めされている。
「それは……舞さんのお兄さんの知り合いというか、お兄さんも舞さんを捜しに島に来ていますよ」
「お兄ちゃんが? そっか……あ! 兄の声を、今の香さんみたいに聞いたことがあった……」
「え? そうなんですか? いつ?」
「香さんみたいに、はっきり聞こえた訳ではなんだけど……いつだったか……時間が分からないから……少し前だと思う……」
どういうことだろう?
啓助も巫女のような力があるって事なのだろうか?
でもそうだとしたら、その力で探せるはずやし……
「なるほどね。お兄ちゃんの知り合いなんだ。でも、こうやって話せるのはどうしてなの?」
ああ……
どうしよう。
「それは……信じられないかもしれないですけど。舞さんが夢に出てきて、助けてって」
「夢で?……香さん、あなた、もしかして巫女さん?」
「え?……どうして……」
香は唐突に返された言葉に反応してしまった。
「そうなんだ。何となくね。しいて言えば勘かな」
そう言って舞はクスクスと笑っている。
香は自身が巫女である事に、気づかれてしまった戸惑いを抱きつつも、会話を続ける。
「……内緒ですけど……そうみたいです」
「うん、分かった内緒ね、約束する。……そうなんだぁ、すごいな本物の巫女さんかぁ……香さん。私ね歴史の研究で夕凪島に来たんだけどね、初めてこの島に来たのにすっごい懐かしいなって思ったんだよね」
急に舞の声のトーンが明るくなる。
「そうなんですか?」
「車で走ってて、なんか見たことあるなぁとか、ほらほらデジャブってやつ。そんなのをあちこちで感じたんだよね……私がいる所ね、結界の中に紛れ込んじゃったと思うんだ」
「……結界? ですか?」
その単語を聞いて、香はゲームやアニメの世界のようだと思った。
「うん、たぶんね。入ったって事は出られる筈だから、私、頑張るよ」
「私も、舞さん助けたい」
「うん、ありがとう」
「結界ってどうしたら入れるん?」
香は純粋に聞いてみた。
「分からない。結界というか鍵になる場所はわかるけど。そこに行ったからといって、結界に入れる。出れるのか分からないけど」
「それはどこですか?」
「んー、それは最後の手段にしたいな。あなたまで迷い込んじゃったら困るでしょ?」
「けど、でも舞さんを助けられるかもしれないし」
「ありがとうね、香さん。でもね、香さんと話せて元気でたんだ。どれくらいの時間か分からないけど、一人ぼっちで彷徨って……でも、今は香さんと話せてる。香さんが特別な能力があるからこそなんだけどね」
「でも、助けられてないから」
「ううん、ありがとう」
香は勾玉を握りながら。
もう一度。
何処なの場所を教えて――
そう念じた。
白い光に包まれて、徐々に靄が晴れるようにぼんやりと視界が開けてきた。
砂浜の先に鳥居が見えた。
それに並ぶように大きな岩がある。
さっきの風景だ。
ただ違うのは大岩の前に手を繋いだ女の子が二人こちらを向いて立っていた。背後には木々に覆われた丘に一筋の道が上へと伸びている。
どこだろう?
辺りを見回すと、丘の周りは海。
香がいる所はそこへ繋がる砂浜で両側から波が打ち寄せている。
振り向くと低い山があり浜が広がっていて。
低い山の奥には高く聳える山があった。
そして、山の頂あたりがキラリと光った。
その瞬間――
意識が遠のいていった。
遠くで、誰かが呼ぶ声がする。
「香、風邪ひくよ」
母の声がする。
体を起こすと部屋の扉を開けて母が近寄ってきた。
「お母さん……?」
「まあ、今日は疲れたんだろうけど……お風呂どうする?」
「うん、入る……」
頭がボーっとしている。
何か夢を見ていたような――
気がするけど……
香は母の後について1階へと降りて行った。
脱衣所で服を脱ぐと汗をぐっしょりかいている。
勾玉のペンダントを洗面台の脇に置いて浴室に入った。
髪をまとめ上げてシャワーを浴び湯船に浸かる。
顎先まで浸かり息を吐いた瞬間――
記憶が甦る。
「お母さん!!」
香は思わず立ち上がり、叫んでいた。
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