余韻のなかで
境内には月明かりが降り注ぎ、神々しい美しさを湛えている。
啓助は木立の中で祭の余韻に浸っていた。
お堂の脇で、お面を付けた小さな兄妹が神舞を真似して踊っている。
ビデオ撮っとけば良かったな。
そうすれば舞にも見せたられたのに。
「暗い所……閉じ込められている……大きな岩」
ふと少女が言った言葉がよぎった。
あの少女達は何者だろう。
恐怖は感じなかった。
むしろ懐かしい感じさえした。
もしかしたら、あの子達はお地蔵さんの化身なのだろうか?
眼鏡が言うには地蔵菩薩は人々に救いの手を差し伸べると話していた。
そう言えば石像は二体のお地蔵さんが彫られていた。
きっとそうなんだ。
あの子達は、お地蔵さんの化身で救済に姿を現したんだ。
そして、結界と呼ばれる代物が、この島の何処かにある。
それは少女の言う大岩のことかもしれない。
まずは☆Ayaka☆とコンタクトを取ること。
明日の眼鏡との三井津岬の洞窟の調査。
そして舞と話していた若い男か。
その時、肩をポンと叩かれた。
「どうも」
驚いて振り向くと、そこにいたのは眼鏡であった。
噂をすればかな。
「ああ、畑さんでしたか」
「飴、取れましたか?」
「はい、お陰様で」
「どう? 意外と美味しいでしょ?」
「ええ、確かに香ばしい甘さが癖になりそうです」
「あれを食べると夏が来たなぁ思うんです。これから祭の懇親会があるので失礼します。そしたら、また明日」
「そうですか、じゃあ明日」
眼鏡は片手を上げて社務所の方に小走りで駆けていった。
小股でチョコチョコと遠ざかっていく眼鏡の後姿を見ながら。
いい人だな。
そう思い自然と頭を下げていた。
「さてと、行くか」
境内や参道にはまだまだ沢山の人がいて、それぞれに祭を楽しんでいるようだ。
住宅街の路地を抜け県道に出て港へと向かう。
街灯もあるが月明かりで十分に明るかった。
夕凪島に来て、その明るさを実感した。
今日は月があるからそうでもないが夜空にある星の数の多さにも驚いた。
東京は明る過ぎるのかもな。
「おや?」
麻霧山の一点に明かりが灯っている。
カメラをズームし覗き込んでみると。
西龍寺の階段の両側に連なる灯篭が光っているようだ。
ふと、住職の顔が思い浮かぶ。
夕凪島に来て初めて舞の行方を気にかけてくれた人だ。
そもそも自分が舞を妹と言っているだけで、対外的に証明するものはあるようでない。
ストーカーの類と思われても仕方ないし。
そっけない対応をされるのは至極当然だと思っていた。
「ありがたいことだな……」
港近くの防波堤に座り、見上げた空には、真珠のように輝く満月。
出港したフェリーは、月が作りだした金色に煌めく水面に分け入って進んで行く。
「満月か……」
月光がゆっくりと漂う雲の輪郭を鮮やかに染めて夜でもその形が分かる。
やがて薄い膜のような雲が月の前に躍り出ると、その雲全体を照らして空が一段と明るく見えた。
遠くフェリーの赤色灯は沖合いまで進んでいる。
前髪を揺らせ、そよ風が通り過ぎた。
人影もなく辺りは静寂で、ザー、ザーと心地良い波の音だけが聞こえてくる。
そうだ。
夕凪島の滞在予定は明日迄だった。
2、3日休みを延ばそう。
ホテルに帰ったら延泊の手配と健太郎に相談だな。
まあ、あいつの事だから二つ返事で了承してくれるのは目に見えている。
「ありがたいことだな」
そう呟いた後、さっきも同じことを口に出していたのを思い出し可笑しくなった。
でも、啓助は本当にそう思っている。
啓助自身の周りの人々。
舞のに関わる人々。
みんなに感謝せずにいられない。
「みんな、ありがとう」
宵凪の海は、月明かりを水面に纏い、どこまでも穏やかだった。
立ち上がった瞬間――
「あっ! 髪留め!」
啓助は美樹に貸した髪留めを返してもらっていないことに気がついた。
何をやってるんだ……
防波堤から慌てて飛び降りる。
着地の時にバランスを崩して転びそうになった。
車で瀬田神社まで戻り、二人の姿を探した。
閑散としている境内に二人の姿はなくうなだれる。
頭を掻きながらスマホを見ると21時を過ぎていた。
「ん?」
インスタグラムに☆Ayaka☆からメッセージが入っていた。
興奮のあまり、危うくスマホを落としそうになった。
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