苦悩
真一郎は神舞を見届け。
楼門の脇の自転車置き場で、父から貰った本を読みながら、香と美樹を待っていた。
文字を追ってはいるが頭に入って来ない。
当然といえば当然なのかもしれない。
初めて見た神舞。
その舞自体もいいものではあった。
が、しかし、巫女装束姿の二人がきれいだった。
見慣れない姿が輪をかけたのかもしれない。
そう思いつつも、舞う二人の姿が頭にこびり付いていた。
恋愛感情がわいたということではない。
ただ、本当にこの世のものとは思えないうつくしさだった。
それだけなのだが。
20時を過ぎた頃、やっと二人がこちらへ歩いてきた。
「素敵だった二人とも」
二人は互いの顔を見合って微笑んでから、
「ありがとう」
その相変わらずのシンクロ具合に少しニヤけてしまった。
真一郎は自分のニヤけた顔を二人に気づかれないように、そっぽを向いて自転車に跨る。
三人で住宅地を抜けて香の家へ向かった。
この道は裏道で県道に出るより断然早い。
のだが街灯が少ない。
香の家に着くと店の勝手口の脇に自転車を止めた。
一足早く帰っていた香の母が出迎えてくれた。
家に上がると香は冷蔵庫から麦茶が入った容器を出し、美樹はグラスを食器棚から出し、母が煎餅の入った器をテーブルに置いている。
その見事な連係プレーに見惚れ、感心した。
全てがテーブルに出そろうと着席する。
席は指定席のようで真一郎は自然と空いている香の母の隣に腰をかける。
「遅くなっちゃったから、早速だけど真ちゃん、その妹さんを探してるお兄さんと会える?」
「会っても特に話すことは無いんですけど。見かけただけなんで」
「電話で話すのは? どう?」
真一郎は少し俯いて答えた。
「出来れば、遠慮したいです」
非難されるのを承知で答えた。
何を聞かれるのか不安が勝った。
彼は昨日、家に尋ねて来たしフェリーターミナルのうどん屋でも会っている。今でこそ彼女が彼の妹だと知っているけど。
彼のスマホに彼女の顔が表示されているのを見て、驚いて逃げるように立ち去っているし。
彼女の事は心配だが、父や兄の事も引っかかっている。
だから、接触はしたくないというのが本心だった。
「そう。そうしたら具体的にどこで見かけたのか教えてくれる?」
「分かりました。13日の木曜日の夕方、潮風公園の前の国道を走る車の中にいたのを一瞬、見かけたんです」
真一郎は自分が見たことを簡潔に告げた。
「なるほどね……そうしたら、こう返事をしてちょうだい……明日の9時に西龍寺に来てくださいますかって」
「西龍寺ですか?」
真一郎は意外な名前に聞き返した。
「ええ、お願いできる? もし、断られたら連絡してくれる?」
香の母は穏やかに笑っている。
「……分かりました」
黙っていた香が口を挟む。
「母さん、でもそれじゃあ、私、学校あるから行けないけど……」
「とりあえず、母さんの言う通りにして、ちゃんと香にも話すから」
「……わかった」
香は納得していないようだったが、頷いている。
真一郎はスマホを取り出しメッセージを打った。
『こんばんは、明日の9時に西龍寺にてお会いできますか?』
「メッセージ送りました…」
「真ちゃんありがとう。そうしたら、今日はここまでにしましょう。遅くなったからね」
すでに21時を過ぎている。
「美樹ちゃん、車で送ってくからね」
「あ、ありがとうおばちゃん、でも、うち自転車やけど……」
「遅いし物騒な噂もあるから、遠慮せんのよ」
「ありがとう……」
そう答えながらも、美樹も名残惜しそうに香を見ている。
「そしたら」
立ち上がった香の母親を先頭に勝手口へ向かった。
「おやすみ」
美樹は車に乗り込んだが、何か言いたそうに香の事を何度も見返していた。
真一郎は手を振って車を見送ると、
「じゃあ、おやすみ」
香に声を掛けて、自転車のロックを外して歩き出した。
その時――
香が上着の袖を引っ張って引き留めた。
「妹さんの写真、送ってくれるん?」
想定外の言葉に驚いた。
「え、うん、ちょっと待って」
自転車を止めなおしてスマホを操作する。
「あ、あのさ、香の電話番号……知らないんだけど……」
「え? そうやったん? ごめん」
香は知らなかったの?
という感じだった。
教えられた電話番号を入力して写真を送った。
「うん、来た、ありがとう」
「そしたら」
自転車の車止めを外し、それを押して歩き出すと、
「ありがとう、真一郎」
背中越しに香の声が聞こえた。
振り返ると、すでに香の姿はそこにはなかった。




