探してみたら
境内から歓声が上がると香は美樹と見つめあって笑った。
正面と社殿に向かってそろってお辞儀をする。
「うちら、完璧やったね」
美樹は達成感に溢れているようで、心の内から湧き上がる喜びが、そのまま顔に出ていた。
「私と美樹なんだからね、当然やね」
香は胸に手を当てて、息を整えながら微笑み返す。
美樹の笑顔がさらに一段、上書きされる。
充実感で鼓動の早さとは裏腹に、すっきりと体が軽くなったような感覚があった。
そこに、宮司や神社の人が箱を抱えて近寄ってきた。
「お見事でした」
二人の顔を見渡して宮司はそう言うと、大きな桐の箱を開けて見せた。
「これがご神体の勾玉です」
そこには、香のものよりは一回りは大きい白い勾玉と、赤い勾玉が向かい合って入っていた。
「それでは、始めましょう」
「はい」
シンクロする二人の返事に、宮司は優しく頷いている。
神様の加護が行き渡る様に、勾玉を象った飴を配る。
配るといっても、節分の豆まきのようにビニール袋に入った飴を投げて撒く。
段ボールには100個の飴が入っていて合計300個をこれから投げていく。
昔は巫女が手渡しで配っていたらしい。
でも、時間が掛かってしまい現在のようにしたのだという。
香と美樹はお堂の階段の中段に立つ。
二人の隣に飴が入った段ボールを抱えた社務所の人が控えた。
その後ろに、宮司がご神体を持って控えている。
笛と笙の音が鳴り始めると、二人は飴を投げ始めた。
「行くよー」
美樹は両手で飴を空に巻くように投げていた。
手に持つのは三つか四つが限度で意外と体力を使う。
「わー」
歓声が上がる。
飴が飛んだ先に人が群がっている。
「こっち、こっち」
「おーい、こっちにも」
様々な声と共にカメラのフラッシュが至るとこで光っている。
眩しくて手をかざす。
「おねがいしまーす」
どこからともなく聞き覚えのある声が境内に響く。
香は美樹と顔を見合わせて肩をすくめる。
そして、声がした方向に飴を投げた。
「ありがとうございまーす」
万葉の大声が聞こえる。
おかしくて二人で声を出して笑った。
つられる様に境内でも、ドッと笑いが起きていた。
飴を配り終わり観客に一礼する。
惜しみない拍手が四方から響いて。
香は少し誇らし気に微笑みながら、目の前の光景を目に焼き付けていた。
「では、参りましょう」
宮司を先頭に社務所へと引き上げる。
社務所に入りエアコンが効いた部屋で出された麦茶を飲んだ。
美樹がそれを一気にそれを飲み干すと、香も釣られる様に飲み干した。
すると美智子がもう一杯コップに注いでくれた。
「二人とも凄かった。本当に神さんが舞い降りたみたいで見惚れたわ」
美智子は可愛らしく両手を頬に当て首を傾げいる。
そして麦茶を飲み終えた二人を奥座敷に案内した。
そこで待っていた宮司の前に香と美樹は並んで座る。
宮司は立ち上がり二人の頭の上で祝詞を唱え、大幣を2、3度振ると、二人の前に腰を下ろした。
そして香と美樹が手に持っていた扇を前に差し出すと、宮司はそれを受け取り桐箱に閉まった。
「お疲れさまでした、見事な舞でした。そしたら、お着替えを」
宮司は柔和な笑顔を浮かべて奥の座敷へ手で促した。
「ありがとうございました」
香と美樹が頭を下げお礼を言うと、息の合った動作と声に、宮司は持っていた扇子で膝を叩き、
「お見事!」
扇子を前に突き出した。
隣の部屋で着替えを始めると、香は急に眠くなってきた。
巫女装束を着る時より手伝ってくれた女性の数は減っていて、各々一人ずつが手伝ってくれた。
着替え終わると美樹もあくびをしている。
目を覚まそうと手を動かしたり頭を左右に倒したりしている。
「あかん、眠くなってきた……」
あくびをして座り込んだ美樹に、
「私も……眠い」
張り詰めていた気が抜けたのか、早起きしたからか眠気が増してくる。
何度もあくびが出て――
ん?
胸の辺りの一点が温かい。
服の上からペンダントの勾玉を触る。
にわかに熱を持っていた。
Tシャツの口を広げ覗き込むと、勾玉が淡く光っているようだった。
「香も眠いん」
美樹は、またあくびをして目を擦っている。
こくんこくんと頭をもたげ、ずるずると畳の上に寝そべってしまった。
「美樹……風邪ひく……」
香は美樹を起こそうと近づいた時、猛烈な睡魔に瞼を閉じていた。
「…お……香……起きて……」
誰かが呼んでいる。
目を開けると薄暗い部屋の中で巫女の格好をしている女性が立っている。
夢?
女性は香を手招きしている。
「あなたは……」
香の問いに女性は微笑んだ。
「私はあなたよ」
「え?」
「私はあなたなのよ……さあ、あなたの使命を果たすのです」
「どういう意味ですか?」
香の問いかけに、女性はまた微笑んだ。
そして手を差し出してきた。
その手を取ろうとすると――
目が覚めた。
辺りを見回すと美樹が隣で寝ている。
夢か……
ハッとして、勾玉を服の中から引っ張り出した。
まだ、光っている。
美樹を起こさないように部屋を出た。
縁側に出ると生暖かい風が吹いていて、満月の光で庭が明るく照らされていた。
池に月が映っている。
「お月様……」
池に写っている月が自分を呼んだ巫女の女性に見えてきた。
勾玉に触れると胸に火が灯ったように暖かくなった。
「お月様……あなたは……」
そう呟くと、勾玉から光が溢れてきた。
眩しく辺りを照らして。
光は香の体を包んで。
まるで吸い込まれる様にして消えた――
遠くで声が聞こえる。
だんだんと近くなって。
「香、大丈夫?」
美樹の声だ……
「うん……」
目を開くと美樹の顔が間近にある。
「良かった」
そう言って美樹は微笑む。
「どうしたん?」
「声かけても起きへんし、勾玉が光ってたから」
香はペンダントをシャツから出して手に持った。
照明の光を反射しているが光ってはいない。
「夢でも見てたん?」
そう聞かれ、見ていたような気がするが内容は覚えていなかった。
「うん……見たかもしれんけど、覚えてない……」
そのままを答える。
なんだか長い夢を見ていたような気がするけど。
思い出せない。
体を起こし部屋の時計を見ると20時を回っていた。
「そっか……」
心配そうに見つめる美樹に、
「大丈夫だよ美樹、ありがとう」
香は美樹の手を擦った。
「なら、良かった」
いつの間にか布団の上で寝ていたようだ。
「目覚めましたか、疲れたんでしょう」
美智子が部屋に来て、三人で布団を片付けた。
美樹の父親と宮司が二人を布団に寝かせてくれたと美智子が教えてくれた。
隣の部屋に行くと、ちょうど襖を開けて親達が宮司と一緒に部屋に入ってきた。
玄関で見送りに来てくれた宮司に頭を下げると、にこやかな顔をして手振ってくれた。
境内には、まだ祭を楽しんでいる人達がいて、大きな満月が夜空を照らしている。
肌寒い風が提灯を揺らして、裏山の木々がざわめいていた。
親達は車で帰るので楼門の手前で別れ、香は美樹と彼のことを探し始めた。
けれど、どこにも見当たらなかった。
「おらんな……」
「いないね……」
「これどないしよ」
手に持った髪留めを見つめる美樹。
「とりあえず、美樹が持ってなよ」
「わかった」
美樹は頷きながら髪留めをカバンに仕舞っている。
「さっきの話の続きがあるから帰ろうか」
「そやね」
楼門を出た所で――
美樹がふいに腕を掴んできた。
「香、あそこ」
美樹の見つめる先には、あの髪留めを売っていた女性が佇んでいる。
美樹は小走りに女性の元に行く。
あとを香もついて行く。
『手作りアクセ、一点物』の立て看板が飾ってある。
「お姉さん、こんばんは」
女性は挨拶をしながら首を傾げていた。
でもすぐに顔が綻んだ。
「あぁ、こないだの」
香が着けている髪留めを見て思い出したようだ。
「あれ? あなたが買ったんじゃなかったけ?」
女性は美樹の顔を見ている。
「それは、誕生日プレゼントで……」
「そうだったんだ。ありがとう、良く似合ってる」
女性は腕組みをして頷いていた。
「お姉さん、今日も来てたんや」
「ああ、本当は予定になかったんだけど、このお祭りの評判を聞いてね。お客さんが多いって」
美樹の問いに女性は頬を指で搔いている。
「あんなお姉さん、もう一つの髪留め買った女の人のこと覚えてる?」
美樹が尋ねると女性は不思議そうに見つめ返している。
「私のうち素麺屋なんですけど、その女性の人が忘れていったんです」
香は取り繕った事情を話す。
「それで、お姉さんを見かけたから聞いてみようって」
女性は視線を上げて思案しているようだった。
「ふーん。あんまりお客さんの事は教えたくないけど。たぶん違うと思うな。買ったのは男の人だったから。まあ恋人とか奥さんとかにプレゼントしたかもしれないけどね」
香が首を傾げながら美樹を見ると、ポカーンと口を開けている。
「大丈夫?」
女性はその様子を見て心配そうに聞いてきた。
「男の人、だったんですか?」
そう聞き返す香に、
「うん、男性だったよ。私は作品に魂を込めて作ってるんだ。だから買ってくれたお客様のことは忘れない。自慢じゃないけどね。だから、あなたのことも覚えてたでしょ?」
得意気に両手を腰に当てながら言い放った。
「どんな感じの男性でした?」
「え?」
香の問いに女性は眉をひそめた。
「背が高いイケメンだったかな。旅行者かもね。あぁでも、浴衣着ていたから地元の人かも」
香と美樹は女性に礼を言うと、自転車置き場に向けて歩き出した。
「香……どういうことなんやろ?」
美樹は眉をひそめて耳打ちをする。
「分からない……」
香は首を振りそう答えた。
お店の女性が嘘をついているとは思えない。
彼も嘘をついているとは思えない。
「妹さん、誰かにプレゼントされたんやろか? それとも、あの人が買ったん?」
美樹の疑問は香の疑問でもあった。
自転車置き場に付くと見慣れた顔をがほほ笑んでいた。
お読み頂きありがとうございます。
感想など、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたらスキをポチッと押して頂けると、
とてもうれしく、喜び、励みになり幸いです。




