悩み多き男たち
龍応は遅めの昼食を母屋の台所で摂っていた。
プルル、プルル。
居間のパソコンデスクの上にあるスマホが鳴る。
食事の手を休め居間に向かった。
連絡してきたのは香の母親の幸からであった。
「こんにちは、どうされました」
「こんにちは、あの先日の女性のことですけど……」
「はい、何か分かったのでしょうか?」
話の内容は、香がその女性からのメッセージの夢を見たというものだった。
助けて、という声と女性の顔が見えたと。
そして、香は女性を助けたいと話したそうだ。
驚いた情報がもう一つ。
香の友人が木曜日の夕方にその女性を目撃したというものだった。
さらに、その友人に女性の兄が会いたいと連絡してきたこと。
友人の代わりに幸が兄に会おうと考えていること。
その場所を西龍寺のしたいという申し出であった。
龍応は二人の兄妹の顔が頭に浮かんだ。
このまま幸を会わせてもいいものか思案する。
「そうですか……分かりました。幸さん、とりあえず私が代理として彼に会いましょう。時間は9時でいいですかね?」
「はい、わかりました。よろしいのですか?」
「ええ、私も彼に聞きたい事がありますから」
「わかりました、ありがとうございます。先ほど私も、その女性のことを、もう一度見てみたんですけれど。結果は同じでした」
「そうでしたか、ところで香さんの友人の目撃情報の内容を教えて頂けますか?」
「それは、神舞が終わった後に、話を聞く予定でして」
「ああ、なるほど……今日でしたね、神舞」
「はい、私もこれから神社へ行ってきます」
「お気をつけて」
「お手数お掛けします、失礼します」
「いいえ、では失礼します」
通話を切り、龍応は複雑な思いでため息をついた。
彼女は生きている。
うっすら涙を浮かべて読経を聞いていた彼女の姿を思い出した。
状況は予断を許さないが、安否の確認が取れたという事に心から胸を撫で下ろしている。
ただ、結界に迷い込んでいたとしたら――
救い出す方法は結界を解かなくてはなるまい……
その事が龍応の懸念だった。
結界を解くことによって何が起こるかは、言い伝えにも残ってはいない。
それと香はあの女性を助けたいと言ったようだが、それは本当に彼女の意思なのか?
それとも何者かの誘導なのか?
第三者の介在が有りや無しや。
巫女の能力を疑ってはいないが、龍応には判断がつかなかった。
慎重に対応しなければ……
龍応は窓の外を眺めた。
黄昏行く空に、行く先の分からない飛行機が雲を靡かせ飛んでいた。
◇
土庄町にあるファミリーレストランは、日曜の夕方にも関わらず空いていた。
テーブルの上に写真が二枚置いてある。
二人の男はそれを見つめ思案に耽っている。
「これがカギなのは間違いなのにな……」
男はそう言うと眼鏡を外し、目頭を押さえた。
「神紋や家紋の類ではないようです」
若い男は答えた。
一枚は床の鏡に反射したものを映したもの。
光の円の中心辺りに一層か輝く小さな円があって、小さな円の周りに波打ったような模様がある。
一見太陽にも見える。
もう一枚、天井の鏡に反射したもの。
光の円の中心辺りに同じ様に鏡の円があり、ただ、こっちの光の円には天気記号の「晴れ」のように直線が入っている。
鏡の円周には小さな丸い点がいくつか配置されている。
「島の地図を色々合わせてみましたが、さっぱり違うようです」
若い男はそう付け加えた。
「これが解ければ、結界も解けるのだよな」
「おそらく」
「あれだけの仕掛けが施されていたんだからな」
お待ちどう様です。
女性のウェイターがチョコレートパフェを持ってきた。
「お、きたきた、ありがとう」
男は手もみをし、スプーンを取ってパフェを食べ始める。
「またっく……相変わらず甘いものは好きだね父さんは……」
「おい、気を付けろ」
「あ、すいません」
男はテーブルに置かれた写真をチラっと見て言った。
「太陽と月とかじゃないんだよな?」
「仮にそうだとしても、それが何を意味するのか……」
「だよなぁー」
二人は顔を見合わせてため息をついた。
「ちょっと、待ってください」
若い男はノートパソコンを出して作業を始めた。
男はそれを見ながらパフェを口に運ぶ。
「なるほど」
「んどうした」
「二つを重ねてみたんですが」
「床面の写真の方が距離が近いんで引きで取りましたよね?」
「ああ」
「中央の鏡の大きさに合わせた画像を調整して重ねてみました」
若い男はパソコンの画面を男のほうに向けて話を続けた。
「鏡に合わせると映し出されている円の大きさは違います。えーと、天井にあった方を仮に太陽と呼ぶとして、太陽のほうが円が大きくなってます」
「そして、床にあったほうを仮に月と呼びます。月は太陽より小さくなっています」
「何か見覚えないですか」
男は食い入るように画面を見た。
「鏡の円は上下に二つ、少し中心に近い気もるが……陰陽か?」
「ええ、真ん中の線は直線ですが、恐らく」
「しかし、この島に陰陽に関するものってあったか?」
「残りの謎を解いたら、分かるかもしれません」
「残りの謎?そうか……」
男はパフェを食べると閃いたと言わんばかりにスプーンを若い男に向けた。
「もしかしたら、これは別の結界じゃないのか?」
「というと?」
「例のよく分からなかった滝の洞窟。それと関係があるんじゃないのか? そもそもの狙いと、この写真を撮った洞窟は関係なくてだな……」
「その可能性はありますね。分析結果から、たまたまその洞窟のポイントが出て来た訳ですしね……」
「俺らの目標はあくまでも……先祖の秘宝だ」
男は辺りを気にして身を屈め小声で喋る。
「この写真はひとまず保留して、今まで通り調査を続けよう……明らかに異質だ……」
「そうですね。時間はかかりましたが、後、一ヵ所ですからね、道が分かるまで……」
ウェイトレスが食器を下げに来た。
男は慌ててノートパソコンを閉じると、
「チョコレートパフェ一つ」
その声に若い男は首を振りながら、ノートパソコンを引き寄せた。
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