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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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繋がって

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


慌ただしい昼の時間が過ぎた松寿庵。

14時過ぎに店じまいとなった。

バイト初日にしては良かったのではないか。

真一郎は更衣室で着替えをしながら満足感に浸っていた。

スマホを見るとインスタグラムにメッセージが来ていた。

『初めまして、早川啓助と言います。

失礼を承知で申し上げます。

突然ですが、maimaiは自分の妹です。

7月10日に夕凪島から帰ると連絡が会ってから連絡がつかず、行方が分からなく探しています。

ところで、☆Ayaka☆さんは妹の7月10日の投稿に13日に妹を見かけたとコメントされていますよね。

その件について、お話を聞かせて頂きたいと思いメッセージを送りました。

是非ご連絡を頂ければ幸いです』

文末に電話番号が記されている。

maimaiのお兄さん?

写真も添付されていた。

画像を見るとmaimaiと一緒に男性が写っている。

その顔には見覚えがあった――

「この人……」

昨日、家に尋ねてきた人じゃないか。

女性が行方不明?

妹?

混乱して、息が止まっていた。


「はあ……」

吐息が零れる。

もう一度スマホの画面を見つめる。

もしかして、兄がこの人を避けていたのって。

あの女性のお兄さんって分かっていたからなのか?

しかも昨夜、瀬田港のフェリーターミナルのうどん屋で一緒になった。

確かに、その時この人のスマホに女性のインスタグラムが映し出されていた。どうなってんの?

父さんも、兄さんも女性と関りがある……

しばらく立ちすくんでいた。

「真一郎、お昼出来たよ」

香の声が飛んでくる。

「あ、はーい」

真一郎は返事をすると、更衣室を後にした。

香は真一郎を見るや否や、にやけた顔になる。

美樹も香の表情を見てニヤリとしながらこっちを見る。

「二人してどうした……」

二人の視線から逃げるように厨房へ入った。

「お疲れ様」

香から手渡された器。

あたたかい素麺だった。

豚肉と野菜がたっぷり入っていて彩りも良い。

出汁の香りが湯気とともに立ち上る。


二人の後を追い客席のテーブルに腰を掛ける。

隣のテーブルでは香の母親が昼食を摂っていた。

「真ちゃん、ありがとう。お疲れさま」

優しい笑顔で声を掛けてくれる。

何故だか少し嬉しくて自然に笑っていた。

「いいえ、とんでもない」

香と美樹は正面に並んで座る。

「いただきます」

両手を合わせ声を揃えて言うと箸を取っている。

阿吽の呼吸もここまで来たら免許皆伝だな。

「いただきます」

真一郎も手を合わせ箸を持った。

一口食べると思わず笑みがこぼれた……

旨い。

「どう、おいしい?」

香がチラッと、こっちの様子を窺う。

「うん、うまい」

素直な感想が口から出た。

目の前の二人は顔を見合わせて嬉しそう。

そんな、表情もりゅおりのスパイスのように思えた。


素麺をすすりながら、ふと、先ほどのメッセージのことが頭をよぎる。

そして、何故か二人に話してみようかという発想が閃く。

いやいや、関係ないだろ。

それに――

父にも疑問符がある今。

軽々に口にするべきではないという結論に至る。

こういう時、頼れる友人がいたらいいのかもしれない。

都合の良い事を考えた。

何より自分から面倒ごとに首を突っ込みたくないという本音もある。

でも、なぜかこの二人なら助けてくれるのではないかと。

都合のいいことも思った。

しかし、温かい素麺がこんなに上手いとは。

豚肉や野菜もしっかり出汁が染みていて、お腹が空いていた事もあって、ものの数分で平らげてしまった。

「おいしかった、ありがとう」

「うちと香の合作やからね」

美樹は得意げに首を傾げている。

「美樹は素麺茹でただけでしょう」

香が突っ込むと、

「茹でるのだって技がいるねん」

美樹は口を尖らせて、頬を膨らましフグのように素麵をすすっている。

「分かってるよ、ごめんね」

香が美樹に肘鉄をかますと、二人は顔を見合ってニコニコしている。

友達か……。

二人を見ているとないものねだりの気持ちが疼く。


目が合った香。

「真一郎さ、美味しそうに食べるんね」

「そう? だって美味しかったよ」

美味しい物を美味しそうに食べるという表現がイマイチよく分からない。

いちいち人が食べている所を観察して楽しいのかな?

「そういうん、ちゃうんねんな、乙女心はわからんね」

冗談交じりに笑う美樹。

真一郎はスマホを出しメッセージを返した。

『早川さんへ、はじめまして☆Ayaka☆です。

メッセージを見てびっくりしました。

確かに7月13日に妹さんが車に乗っているのを見かけました。

maimaiさんの投稿を見ていたので、てっきり帰られたのかと思っていましたが、まだ夕凪島にいらしたようだったのでコメントしました』

すぐに返信が来る。

『返信ありがとうございます。

もしよろしければ、その時の状況を詳しくお聞かせ願えればと考えています。

出来ればお会いしてお話を伺いたいのですが、地元の方でしょうか?

もし会うのが難しいのであれば電話でも構わないので、ご検討頂けますか?』

どうしよう……

「どしたん真一郎?」

美樹の声に顔を上げる。

「あ、いや……」

真一郎は返答に窮した。

「どうしたん? 何かあったん?」

心配そうな眼差しを送っている香。

真一郎は、はぐらかす術が思いつかず、二人に事情を話した……

さっきの決意はどこへやら。

「そのお兄さんって人の写真見せて」

珍しくとがった口調の香。

言われるがまま、真一郎は兄妹の写真をスマホの画面に映し出し、テーブルの上に置いた。

美樹もスマホを覗き込んでいる。

「あっ!」

二人の声がシンクロして響く。


香はスマホに映し出されている、二人の顔をまじまじと見つめ確信した。

この人やっぱり妹さんを探していたんだ。

隣の美樹を見るとこっちを向いていて頷いている。

「どしたん?」

隣のテーブルの母が目を丸くしてこっちを見た。

「真一郎、ちょっと借りる」

香はスマホを手にすると、母の隣に駆け寄りスマホを見せた。

「母さん、昨日話した夢で見た人、この女の人なん……助けてって……」

「この人……」

母はボソッと呟いた。

「この人のお兄さんが探してるん……私、助けたいん……」

香は気持ちが高ぶって、少し早口になった。

「真一郎に聞かれてるけどかまわんの?」

傍に来た美樹が耳元で囁く。

「大丈夫」

今はそれ所じゃなくて、香の気持ちの中で彼女を助けたいという思いが上回っている。

香は美樹の手を握り話を続けた。

香は今すぐにでも助けたいと母に訴えたが、母は何をどうやって助けるのと諭された。

確かに香自身も夢的な物が見えるだけで、実際何をどうしていいかは分からない。

鼓動のように気持ちだけが逸っている。

「……それ以降に何か見たん?」

母の問いかけに、

「ううん」

香は首を横に振った。

少しの沈黙が流れ、誰かのスマホの着信音が鳴る。

「うちのや」

美樹は隣のテーブルにあるスマホを取って店を出て行った。


そして、真一郎が申し訳なさそうに近寄ってきた。

「あの……良くわからないんですけど……返事をした方がいいんでしょうか?」

「そうね、ちょっと待って、真ちゃんが知ってること教えてくれる?」

母の問いに、真一郎が説明をしている。

香はさっきより、二回目に聞いた方が理解できた。

真一郎が彼女を目撃したのが13日の木曜日。

彼女が帰る予定だったのが10日の月曜日。

そして、月曜日以降、彼女と連絡が取れず、兄である彼が夕凪島に探しに来たということ。

でも、木曜日に真一郎が目撃をしている。

それ以降に彼女に何かあったということなのだろうか?

「助けて……」

頭の中に、あの時の彼女の声が聞こえた。

真一郎の話が終わり、母は壁掛けの時計を見た。

「あら、二人はそろそろ神舞の準備に行かないとでしょ。神舞が終わったら考えようね」

母は、真一郎に彼女の写真のデータを自分のスマホに送るように言い。

彼への連絡に関しては神舞が終わった後に話をするということになった。


時刻は15時になろうとしている。

15時30分に瀬田神社の社務所に集合だった。

「真ちゃんごめんね、後片付けだけ手伝って」

母は立ち上がり、自分達の食器を片付けはじめた。

そんな母の背中を見ながら香はもどかしさを感じていた。

こんな悠長なことでいいのだろうか?

ガラガラ。

その時、美樹が店に入って来た。

「どうなったん?」

「神舞が終わったらみんなで話そうって」

「そうなんね、ほんまや、もうすぐ集合時間やん、香行くよ」

美樹に袖口を引っ張られ、更衣室で着替えをする。

香の逸る気持ちと裏腹に、母が何故、あんなに落ち着いていられるのか理解できずにいた。

確かに、母が言うように何をどうしたらいいのか?

夢で見るだけで、どこでどう、彼女が助けを求めているのかも分からない。

どうしたらいいんだろう……

「香、深呼吸しよ」

美樹が両手を広げ息を吐き出している。

「うん」

それを見て香も目を閉じて深呼吸をする。

瞼を開けると美樹は白い歯を見せて笑っていた。

「おばちゃんの言う通りにしてみよ」

「そうやね……」

「そしたら、行こう」

更衣室から出て厨房に入ると、母が近寄って来た。

「香、大丈夫やから。今は神舞に集中してな」

香の両腕を掴むと、優しい瞳で見つめてきた。

「うん、行ってくる」

「行ってきまーす」

美樹は笑顔で手を振っている。

「行ってらっしゃい」

真一郎は洗い物をしながら心配そうにこっちを見ていた。

店を出て勝手口に止めてある自転車に跨る。

「神舞、頑張ろう」

空を見上げて言う美樹に、釣られて見た空には二匹の鳶が優雅に舞っていた。

「そやね、頑張ろう」

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