眼鏡
啓助はレストランで昼食を摂り、車の中で煙草に火をつけて思考を巡らせていた。
レストランの窓際の席に座り、そこからも写真を撮って☆Ayaka☆のインスタグラムの写真と見比べてみた。
高度や背景の角度が違っていて、☆Ayaka☆の写真の方がもう少し低い位置から撮影したようだった。
そうすると、もう少し港に近い、住宅地か学校がある辺りなりそうだ。
しかし、肝心の☆Ayaka☆からの返信もまだない。
紫煙が天井をゆらゆらと漂っている。
「暗い所……閉じ込められている……大きな岩……舞ちゃんを助けてあげてね」
先ほどの少女との会話を何回も繰り返される。
その時、一台の車が駐車場に入ってきた。
おや?
眼鏡の車だった。
向こうもこちらに気づいたようだ。
啓助が車を降りると、
「やあ、面白いものがありました」
眼鏡は挨拶代わりにそう言った。
「ここでは何ですから」
眼鏡はレストランに誘った。
啓助は躊躇ったが付き合うことにした。
案の定、店員には不思議そうな顔をされたが眼鏡に事情を話すと、
「それは、すんません……」
と恐縮させてしまった。
「そしたら……」
眼鏡は早速と言わんばかりに話し始める。
「そこのオホノデヒメの社から西龍寺までの山を歩いたんですがね、古い遍路道もあったんですが……これを見てください」
スマホの画面を見せてきた。
「西龍寺までに、このお地蔵さん、二つあったんですよ」
それは三井津岬の遊歩道に佇んでいたお地蔵さんにそっくりであった。
しかも同じ黄色い花が供えてある。
「それでね、そのまま西龍寺まで登ったんですが、途中にあなたが見つけた、あの灯篭があって、断崖の道だったんですが、行ってみたんです」
啓助は内心驚いた。
年齢は聞いていないが、明らかに自分の親世代であろう眼鏡があの崖を歩いたことに。
「崖の灯篭がある辺りに、やはり洞窟がありましてね。入り口付近には鳥居があったのか礎石みたいなのがありました。洞窟の中は数十メートル程度で、崩落しているのか、行き止まりで先は進めませんでした」
眼鏡は残念そうに苦虫をかみしめている。
そして差し出したスマホに映し出されていたのは、フラッシュをたいて撮った洞窟内の写真。
大きな岩が行く手を塞いでいるようにも見える。
丁度、眼鏡の料理が運ばれてくる。
オリーブオイルをふんだんに掛けていた。
啓助は報告がてらお地蔵さんの話を切り出す。
「先程のお地蔵さんですが、この先に三井津岬へ続く道があったのですが、そこにも一つありました」
「え?」
眼鏡は驚いて食べ物を水で流し込み鞄から地図を取り出した。
「今はGPSがあるから便利ですな」
顔を上げ微笑んでから、メガネのブリッジを押さえて、スマホと地図を見比べ印をつけた。
そして地図を見せながら、
「ここが西龍寺の洞窟、地蔵A、地蔵B、オホノデヒメの社、どうです? あなたが見た地蔵はどの辺ですか? まあ、後で確認に行けばいいのですが……」
それは、ほぼ等間隔に並んでいた。
「おそらく畑さんの考えている通りだと思います」
「なるほど……」
啓助の答えに満足した様子だ。
眼鏡は顎を擦り、何か考えていたようだが、食事を再開した。
「お地蔵さんに花を供えているのは誰なのでしょう? それと、この結ばれた直線には何の意味があるのでしょう?」
啓助は素朴な疑問を投げかけてみた。
眼鏡は、むくっと顔を上げてメガネのブリッジを押さえると、
「推察でありきたりですが、前者は地域の人。もしくは寺社関係の人でないかと……後者は洞窟への道案内とか。西龍寺の住職に話を聞こう思ったんですが留守でしたわ。誰が何の目的で、お祀りしたのでしょうかね」
ニタニタと笑いながら、探偵みたいな話し方をしている。
「何者かが地蔵をここに置いた。目的は分からないですけど、三井津岬にも西龍寺の洞窟のように何かがあるかも?」
頭に浮かんだ着想を眼鏡に伝える。
「それは、あり得ますな」
頷きながら、お椀の汁を飲み干すと、眼鏡はまた食事を始める。
「畑さんは、このお地蔵さんどう思いますか?」
「元々は道祖神かもしれないですな。村境や峠などに石や石碑、石像等で置かれ安全や厄災除けの神様です。旅人の道中の安全や交通安全の神様としても信仰されています。何かこの周辺にあるのでしょうな……」
眼鏡は一気にしゃべり食事に集中すると、あっという間に平らげて煙草に火をつけた。
煙を吐き出し、灰皿の上に置くと腕組みをして話し出した。
「私が思うに、かなり昔に誰かが置いたもんではないでしょうか? ただ古い物は分かるのですが、災害や開発、地震や崩落がありますし、多少のズレはあるにしろ、ほぼほぼ直線に並び現在もそこにあるというのが、引っかかります」
眼鏡は煙草を手に取り、吐き出した煙を追うように宙を見つめている。
「確かに…」
石像はそこそこの大きさであるが、コンクリート等で固定されたものではない。
「岬の石像見に行きますわ」
眼鏡は煙草を消して席を立ち、啓助もそれに続いた。
レストランを後に三井津岬への遊歩道を進む。
眼鏡は途中にある石像の写真を撮っている、
「同じやね…しかも花まで一緒やね」
啓助は花の名前は詳しくないが、供えられている花の一つは、この道の海側の斜面に咲いている黄色い花だという事は分かった。
それを眼鏡に尋ねてみる。
案外詳しくて、花の名前は『ハマボウ』、夕凪島の海岸の至る所に群生しているという。
花言葉は『楽しい思い出』と付け加え、照れ隠しなのか聞いてもいない理由も話してくれた。
何でも花好きの奥様から、この花を若い頃にプレゼントされたのだそうだ。
その話をする眼鏡の目じりに皺を寄せる顔を見て、まさに花言葉の通りだ。
それが、なんだか嬉しかった。
岬の先端の東屋に着くと、眼鏡は写真を撮ったり眼下の岩礁を覗き込んだりしている。
「島で生まれ育っても、こんな所に東屋があるとは知りませんでしたわ……ここ、まだ行けそうですね」
木々で覆われた獣道の草を掻き分け、背伸びをしている。
「ちょっと、行ってきます」
「え? 大丈夫ですか?」
「もちろん、危なそうだったら戻ってきます。啓助さんはここで待ってて」
眼鏡は軍手をはめると、ガサガサと木々をかき分け慎重に道を進んでいった。
その音が少しずつ遠ざかる。
「道は下ってますな」
眼鏡の大きな声。
「無理しないでください」
啓助も大声で返す。
「わかりました」
そして東屋のベンチに座り眼鏡の帰りを待った。
しかし眼鏡はタフだ。
少なくとも3時間くらい山の中を歩いていたというのに。
眼前には、瀬田港を出港したフェリーが凪の海を滑るように進んで行く。
陽射しは強いが、東屋の中は涼しい海風が流れ込んでくる。
ザザー、ザザー。
少女が誘った大岩にも波が打ち寄せ白波を飛ばしている。
一瞬、少女が手を振っているように――
見えた。
目をパチパチさせて見直す。
気のせいのか……
何本目かの煙草を携帯灰皿で消す。
さっきのフェリーは遥か沖、豆粒位の大きさ。
こちらに向かっているフェリーも見える。
ガサガサ。
草を掻き分ける音が大きくなってきた。
「やっと、着きましたよ」
眼鏡は汗だくになりながら戻って来た。
手には何か白い物を持っている。
「畑さん、それは、何ですか?」
「これですか? これ、下の岩場に落ちてたんですわ」
「ああ、ハンカチですか?」
「そうやね」
眼鏡は首に巻いているタオルで汗を拭いている。
啓助は眼鏡がメガネを外した所を初めて見たが、メガネを掛けていない方が、若く見えるような気がした。
そして、眼鏡は啓助の対面に腰を下ろすと、煙草を旨そうに吸い始めた。
「あの道は下の岩場まで続いていました。辺りを見て回ったら、洞窟らしきものがあるにはあったんですが……」
「というと?」
「今、満潮なんですわ」
「はあ?」
「おそらく潮が引いたとき、干潮になったら行けると思います」
「なるほど……」
それから、少し休んで駐車場まで戻ってくると、啓助は眼鏡を自分の車に招き入れて気になっている事を尋ねてみた。
「一つお伺いしたいんですが」
「何でしょう?」
「先程の石像の話なんですが、道祖神とおっしゃってましたが……」
「ええ、道祖神をお地蔵さんとも呼びます。説明の仕方が悪かったですな」
頭を掻きながら眼鏡は続ける。
「これも神仏習合でしてね、道祖神とお地蔵さんが習合したんですわ。でね地蔵菩薩というのは、菩薩の位の中で唯一歩き旅をする存在です。各地の人里に現れては知恵を授けて去ると言われていますね」
眼鏡は煙草に火をつけた。
啓助は黙って眼鏡の話を待った。
「地蔵菩薩の由来は諸説ありますが、お地蔵さんは六道(天界・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄)そのすべての世界に現れて人々を救うために現れると言われています」
眼鏡が吐き出した煙が顔をかすめていく。
「なるほど」
「この石像は道祖神にしろ地蔵菩薩しろ……こうも見事に配されてるいうことは、何らかの意図があるような気がしますね。なぜあれらの場所にあるのか? それが謎ですなぁ………」
「そこで私は考えたんですが。まず、この石像を分かりやすく地蔵菩薩だとしましょう……先程も言ったように地蔵菩薩は六道を救済する存在です……つまり、あれらの場所にも現れるということ」
「なるほど。しかしなぜ、その場所なんでしょうか?」
「あれらの場所は恐らく本来、道があった場所だからです」
「……」
「そしてあの場所に道があったのは………地蔵菩薩が救済する対象だったのではないかと」
啓助は推理に感心しながら話に聞き入っていた。
眼鏡は煙草をもみ消しながら続ける。
「つまり、石像をあの場所へ置いたのが誰か? ということです。地蔵菩薩に救済を願う誰か……そして、なぜあそこに道があったのか? その謎を解く鍵は三井津岬にあると思います」
一段落ついたのか、眼鏡はシートにもたれ掛かかり煙草を口にくわえた。
それを見て啓助も煙草を取り出し火を付けた。
「それと、先程のハンカチですが」
「ああ」
眼鏡はポケットから白いハンカチを取り出した。
「その洞窟の入口付近の岩場の壁に引っかかていました」
差し出されたハンカチを手に取ると、広げて両面を見た。
古い物ではないようで、刺繍や模様もない何の変哲もないハンカチだった。
「何か関連があるのでしょうか?」
ハンカチを眼鏡に返しながら聞いた。
「んー、さすがに分かりません」
眼鏡は苦笑しながら、ハンカチをポケットにしまった。
「畑さんは、やはり実際に結界があるとお考えですか? それと結界に迷い込むことあると思いますか?」
「うーん。あるかないか言われると、自分は……ある。思いますなぁ。先程の道祖神の話じゃないですけど、村やある区域の境なんかに置いて平穏を祈念した訳ですからね。それから結界に迷い込むという質問ですが、これもある。思いますな。神隠しみたいなのは、昔話にあったように思います」
「なるほど」
「それから、明日の早朝なら干潮ですから、例の洞窟にトライしてみますわ」
「自分も行きます」
眼鏡はその声に少し驚きつつも、目尻を下げた。
「わかりました。では、明日の6時にここで落ち合いましょう」
「お願いします」
眼鏡は手を差し出してきた。
その手を握ると、眼鏡は力強く握り返してきた。
手の甲には血管が浮き出て皺も目立ったが暖かい手だった。
「そしたら、私は富丘八幡と瀬田神社に行ってみます」
眼鏡は車を降りて自分の車に乗り込むと、軽くクラクションを鳴らして走り去って行った。
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