思いもよらぬ
啓助はハンドルを握りアクセルを踏んだ。
角を曲がった路地でお遍路さんとすれ違う。
バックミラー越しに見た姿は、髪の長い女性。
そのまま宝樹院の山門を潜っていった。
女性のお遍路さんって意外と多い。
県道に出て、少し先の国道との四差路。
その斜に、石造りの大きな鳥居があった。
富丘八幡神社と記した石碑も見えた。
迷わずその道を進むと、駐車場らしき広場に出た。
車から降りると、もう耳に馴染んできた蝉の声が辺りを包んでいる。
正面の山肌には段々畑のような石垣が幾重にも重なっていて、どうやら、その山の上に富丘八幡神社はあるらしい。
段々畑は桟敷というもので、祭礼の見物席として利用されているようだ。
駐車場のある、この辺りの広場一帯が祭に使用されるのだろうか。
桟敷の合間にある傾斜のきつい坂道を上っていく。
ちょうど日陰には、なっていて陽射しを遮ることは出来るが、汗が噴き出して止まらない。
東京の街が熱を持った暑さとは違う、太陽の暑さとでも言おうか。
桟敷の一番上まで着くと、舗装された道が右の方へ続いていた。
時折、慰め程度に吹く風が、淡い潮の香りを運んできた。
それもそのはず、視界が開けた道の正面に海が広がっている。
穏やかな水面が光を照り返し一面が瞬いている。
道は山に沿って左へと曲がり、右側に海を臨みつつ緩やかに上っていく。
じわじわと照り付ける光線を浴びながら歩いていると、前方から地元の人であろう、首にタオルを巻いた年配の男性が歩いてきた。
「おはようございます」
啓助が挨拶をすると、
「おはよう、お参りですか?」
男性は立ち止まってタオルで汗を拭うと、日に焼けた顔に白い歯を見せた。
「ええ」
「神さん喜ぶで」
男性は、まるで自分の事のように喜んで会釈をすると通り過ぎていった。
道はやがて直角に左へ曲がり、そこからまっすぐ階段が上へと伸びている。
啓助は目の前の光景に西龍寺の参道の階段を思い出した。
ここも階段ね……
一息ついて上り始める。
両脇には躑躅が等間隔で植えられていて、トンボや蝶がその上をゆらゆらと舞っている。
楼門の手前迄上りきると右側に駐車場があった。
「ここまでこれたのか……」
両手を膝について息を整える。
日陰の石段に腰掛けて自身の足の労を労った。
スマホで調べてみると国道から直接、この駐車場まで道が伸びていた。
「まあ、ここまでに来る途中の景色も良かったからよしとするか」
言い訳交じりの独り言を呟き、
「よいしょ」
声と共に立ち上がる。
楼門を潜り抜け手水舎でお清めをし参拝をする。
舞の無事を祈り手を合わせた。
八幡神社であるから、ご祭神は応神天皇。
それから、第14代天皇・仲哀天皇の皇后で、応神天皇の母である神功皇后。
応神天皇の皇后、仲姫命。
境内は山の頂にあるせいか、こじんまりとしている。
周囲を覆う木々は夏の陽光を一杯に受けキラキラしている。
案内板にはこんなことが記載されていた。
富丘山頂から東方に下る尾根に断続的に約300mの墳列がある。
それを富丘古墳群と言い、また山頂からは銅鏡も発見されているという。
この山自体が古墳なのだろうか?
鳥の鳴き声がして目を遣ると雀が数羽、手水舎で水を飲んでいる。
楼門から見える参道の先に広がる瀬戸内海は絶景だった。
まるで足元の階段が海まで続いているように見える。
「すごいな」
トンボが二匹ゆらゆらと目の前を横切る。
啓助は西龍寺の山門から続く階段の先に広がる瀬戸内海の風景と、ここから見える風景が高さや角度は違えど同じ様に思えた。
そして階段の段差に座り、ショルダーバッグからペットボトルを取り出して天を仰いで喉を鳴らした。
ここが古墳なら眠っているのは誰なんだろう?
そんな事を考え、しばらく佇んだ。
見つめる空や海は今日も穏やかだった
結局、何も分からないまま車に戻ってきた。
煙草の煙が充満した車内で晴れない思考を巡らせている。
フロントガラスの向こうの景色が、うっすら靄が掛かったように見える。
西龍寺にもう一度行くか。
香さんに話を聞くか。
川勝龍一郎の息子シン君に話を聞くか。
とりあえず住職から貰った名刺の電話に掛けてみることにした。
朝は不在だったから話を聞けなかったが、折角行くのであれば会って話がしたい。
思いとは裏腹に電話は空しくベルが鳴り続けるだけであった。
ふたたび、煙草に火を付ける。
車内の時計は10時を表示していた。
靄が霧になりそうなので、窓を少し開けて換気をする。
蝉の声がよく聞こえてきた。
ブー、ブー。
スマホが震える。
画面を見ると、舞の友達の彩也からであった。
「もしもし」
「あ、お兄さんおはようございます、今大丈夫ですか?」
彩也は少し早口で言った。
その背後でかすかに声が聞こえる。
誰かと一緒にいるようだ。
「おはよう、もちろん大丈夫ですよ」
「あの、舞のインスタ見てください、えーと……夕凪島からフェリーに乗るって投稿……」
少し慌てている口調。
「ちょっと待ってんね、パソコンで見るから」
啓助はスマホをスピーカーモードにする。
煙草を消して、ノートパソコンを立ち上げた。
「ちょっと、お兄さんに言ったの?」
「……ちょっと、待ってよ」
傍に居たのは絵美のようだ。
ノートパソコンに舞のインスタグラムを表示させてゆっくりと話しかけた。
「彩也さん、見ましたよ」
「えっと、コメント欄見てもらえます?」
「了解……」
「そこに、アルファベットでアヤカっていう人がコメントしてるんですけど……」
啓助が答えるのに先駆けて彩也はまくし立てた。
これだな……
「確かにありますね」
「投稿の日付、日付を見てください!」
2日前……ということは自分が夕凪島に来た日……14日か……ん?
「……」
「もしもし? お兄さん? 聞こえてますか?」
「ごめんなさい。聞こえてます」
「この人、3日前に舞を見てるんですよ!」
「ですね……」
「それで、そのアヤカって人のインスタを見に行ってみたら……たぶん夕凪島の人なんです」
「え? ちょっと待って……」
啓助は☆Ayaka☆のインスタに飛んだ。
投稿は一年程前からで100件以上の投稿があった。
そのほとんどはゲームに関する物で稀に風景写真が入り混じっている。
その中で、西龍寺、寒霞渓、海の写真、桜の写真、船の写真が島から撮影された物のようだった。
「彩也さん絵美さん、すごいです!」
「昨日、お兄さんから連絡あって、私たちに何かできることはないかって……何気なく舞のインスタ見てて、私たちもビックリで……」
二人は夜中まで舞のフォロワーやコメントを調べてくれていたようだ。
「ありがとう……」
「あとで、そのアヤカって人にメッセージ送って見ようと思ってるんです……」
「そうなんだ……いや、ちょっと待って彩也さん、それ僕がやる」
「君ら顔出ししてるでしょ? 万が一があるから、その気持ちだけで充分。本当にありがとう」
それでも粘る二人を宥めて電話を切った。
改めて☆Ayaka☆のインスタを覗いてみる。
ゲームの投稿のほとんどが「原神」という大人気のゲームのものだった。
顔出しはしてないようで、文面も大人しい感じの印象を受ける。
フォロワーは424人、フォロー数は26人。
ほとんどがゲーム仲間のようで、島の風景写真に付いているコメントもありきたりものだった。
メッセージを送ってみるか……
文面を悩んだが、正直に送ってみることにした。
☆Ayaka☆が投降した風景写真を見ていると、二つ気になる写真があった。
舞のインスタにコメントした日にアップされているフェリーと、いつも見ている景色と紹介されている瀬戸内海を写したもの。
二枚とも背景から見るに、ほぼ同じ場所から撮影したようだった。
この風景が見える場所の近くに住んでいるか。
職場なりがあるのではないか。
夕凪島にはフェリーが発着する港はいくつかある。
写真のフェリーは啓助が乗ってきたパンダが描かれている。
それは瀬田港と高松港の航路でしか運用されていない。
島に向かっているフェリーの左側から撮られている。
ということは港の西側。
遮蔽物がなくフェリーや海面が写っている事を考慮すれば、海沿いかそれなりの高所から撮影した物と言える。
ノートパソコンでマップを開き該当する辺りに何があるのか調べる。
港があり、住宅街、潮風公園、住宅地、高校、峠辺りにレストラン。
そしてオホノデヒメを最初に祀った社がある。
海沿いの住宅地か高校、レストランかな。
「とりあえず……行ってみるか……」
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