巨木の寺
啓助は次の目的地の宝樹院へと向かった。
国道を西へと進み土庄町へ。
宝樹院は背後に皇踏山を従え住宅街の一角にあった。
境内のそばの駐車場に車を止め視線を上げる。
外に出ると四方からの蝉時雨が鳴り響く。
そして――
樹齢1600年以上という巨木のシンパクが、敷地からはみ出して空に枝葉を伸ばしている。
二階建ての家の屋根よりはるかに高い。
「凄いな……」
思わず口にしていた。
山門をくぐると右手に鐘撞堂があり、その奥にシンパクが堂々と佇んでいる。
正面に母屋か寺務所か横に長い平屋の建物があった。
その前には訪れた人への配慮であろうか、色とりどりの花が鉢に植えられていて目を和ませる。
案内板に従い、砂利に囲まれた中を伸びる綺麗な石畳を左手へと進む。
それは少し先で直角に右に曲がる。
すると木々の間の正面に木造の本堂が見えた。
近くまで行くと、扉が開き中から背が高い痩身の若い男性が出て来た。
フレームのない眼鏡をかけ、手にはカメラを携えている。
男性は、こちらに気づくと会釈をして通り過ぎていった。
本堂の中は外観より絢爛で天井には様々な花の絵が施され、欄間には二人の天女と思しき鮮やかな彫刻がこちらを見つめている。
何というのか知らないが、金色の装飾品が天井から吊り下げられていて、本尊の地蔵菩薩は中央の奥にお祀りされていた。
舞の無事を祈る。
線香や蝋の匂いが漂っている空間に身を置いていると、やはり心が穏やかになっていくような気がする。
本堂を後にして境内を見て回る。
ここには、宝樹院を含め三つの霊場があるようだ。
山門の辺りまで戻ると、シンパクの太い幹の陰から先ほどの男性が出て来た。
どうやら写真を撮っているようだった。
取材かな?
シンパクに近づくと、入れ替わるように山門から出て行った。
シンパクの威容は間近でみると一層に感じる。
見上げると首が痛くなりそうで、頭上を覆いつくす枝葉の隙間からキラキラと木漏れ日が差し込んでいる。
サーと風が流れると、その揺らめきを増し、さながらイルミネーションのように輝いている。
舞はここを訪れて「道標」と感想をインスタグラムに書いていた。
今は住宅などの建築物があるから埋もれてしまうかもしれないが、高層の建築が盛んでなかった頃であれば、確かにこの巨木は目印にはなりえる。
ただ、それは何のための物?
樹齢およそ1600年という事はある程度の目印になるまで、どれだけの年数が必要なのか啓助には分からない。
少なくともある程度目立つ大きさになれば、舞の言う様な「道標」になっていたのかもしれない。
それとも――
眼鏡の話やサイトの記事を考慮すると、何かの結界なのだろうか?
何気なく見た境内の奥に小さな鳥居があった。
それに誘われるように進むと小さな社の八幡宮があった。
「神宮寺なの?」
神宮寺は確か神仏習合で神社に附属して建てられた寺院の事だったはず。
啓助は頭の中に地図を思い浮かべた。
宝樹院と富丘八幡神社とは直線距離で1キロは離れている。
なぜ、あの紙片の地図には、一緒に書いているんだろうか?
広大な敷地の一つの神社だったのだろうか?
「う~ん」
突然、スマホが振動した。
慌てて手に取ると眼鏡からだった。
「もしもし」
「あ!今どこです?」
開口一番、眼鏡は電話口の向こうで叫んでいる。
かなり興奮している様子。
「宝樹院の境内ですけど」
「ほんとに? 良かったぁ、近くやね」
眼鏡は安堵の声を漏らし、境内で落ち合う事になった。
寺務所の脇の長椅子がある所に灰皿があった。
喫煙者としての嗅覚といったところ。
そこで煙草を味わいつつ眼鏡を待つことにした。
宝樹院のシンパクは特別天然記念物だそうだ。
特別とわざわざ冠するのは特に価値が高く、分かりやすく言うと国宝と同義で、国宝が建造物、美術工芸品、書物など対象するのに対し、特別天然記念物は、動物や植物、地質・鉱物の類が該当するという。
そんな事を調べているうちに眼鏡はやって来て、啓助の姿を見つけると手を振って近づいて来た。
「あ! いたいた」
「どうも」
啓助は挨拶を交わしながら目の前の眼鏡の服装に驚いた。
上下共に黒のジャージを着ている。
「その格好はどうされたんですか?」
「あぁこれ? 動きやすいから」
眼鏡は頭を掻いて笑っている。
「ちょっと、そこに座りましょうか」
長椅子に腰掛けるや否や、眼鏡はショルダーバッグの中から夕凪島の地図を取り出して、広げながら説明を始める。
「このお寺がここやね、でこっちが富丘八幡神社………それで、ここが瀬田神社……でね、この地図を見て分かるように、瀬田神社と富丘八幡神社と結ぶ線上に、元々そこのあったと言われるオホノデヒメ神社、まあ、今は小さい社ですけど、それがある」
「ほう」
そう言いながら眼鏡は地図に×印を描いた。
そしてもう一つの×印を神社仏閣の線で結び始めた。
「ほら見て……」
眼鏡は地図に示された点を指差した。
宝樹院、西龍寺、明王寺が結ばれている。
しかし啓助には疑問が残った。
線で結ばれたから何がどうなのか?
「何で宝樹院、西龍寺、明王寺が繋がるんですか? 意味はあるのですか?」
啓助の問いかけに、眼鏡は大きく頷いて、
「それは、この三つのお寺は結界を作るための要所だったからやと思うんや……さっきの神社の線と平行になります」
「結界?」
「そう、元々あったオホノデヒメ神社を中心とする結界を作ったのではないか……って思ったんですわ」
眼鏡は『結界の島』に挟まれていた手書きの地図を取り出して話を続けた。
「西龍寺とオホノデヒメ神社を結ぶ線上にも、何かしらある筈なんだけど…」
「何かとは? 何です?」
「んー、お寺か神社か……地図では何もないんですがね」
「まぁでも、その線上を探せば何か見つかるかも……」
啓助は頭に浮かんだ着想を口すると眼鏡は頷いた。
「そうですな……それは確かに。ただオホノデヒメ神社を中心とする結界があったとしても……それが何のためなのか?も分からないんですけどね、そやけど、この地図は面白いね」
眼鏡は二つの地図を畳んで、首を傾げて笑っている。
「あっ、そうだ。畑さん、『結界の島』の追記にあった西龍寺の境内の下の斜面に灯篭がありましたよ」
「なるほど……そうしたら、尚更、何かあるかもね」
手で顎を擦りながら、眼鏡は一点を見つめている。
「そう言えば……」
「ん? どうされました?」
「いやね、さっき駐車場で会った人……どこかで会ったことある気がするんやけど……」
眼鏡はメガネのブリッジを押さえ眉をしかめている。
啓助は先程の痩身のカメラマンのことが頭をよぎった。
「そうしたら、オホノデヒメの社の辺りから調べてみます、何か分かったら連絡します」
立ち上がった眼鏡の後について行き、駐車場で眼鏡の車を見送る。
スマホの時計を見ると9時ジャストを表示していた。
さてと……
とりあえず、このまま舞の足跡をたどろう。
啓助は車に乗り込むと、ナビに富丘八幡神社をセットした。
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