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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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夕凪島へ

高松港のフェリーターミナルには瀬戸内の島々を結ぶ船の時刻表が掲示されていた。

夕凪島を訪れるには船を利用する。

唯一の交通手段である船には二種類あり、所要時間が短い高速艇と、車も輸送できるフェリーがあるようだ。

挿絵(By みてみん)

高松港から夕凪島への航路は土庄港と瀬田港の二つがあり、早川啓助はやかわ けいすけは妹が使用したのと同じ瀬田港行きのフェリーのチケットを買った。

その際に売り場の女性に妹の事を尋ねてみた。

「この子、見覚えありませんか?」

スマホを見せると怪訝そうな顔をされたが、

「妹を探してます……」

そう説明すると、女性は首を前に出し画面を覗き見て、

「ごめんなさいね……」

申し訳なそうに頭を下げていた。

女性に一礼し乗船口と表示されたブースへと向かう、フェリーはすでに接岸していて係員が前の客の半券を切っていた。


啓助はトントンと足音が響くタラップを歩いてフェリーに乗り込む。

すぐ傍の階段を昇った先がフェリーの二階部分に当たり、そこが客室フロアで、一階は車を格納するスペースになっているようだ。

客室は広く売店もある。

様々な種類の座席があり、テーブル席には家族連れやカップルが目立つ。

窓際の二人掛けのシートに腰を下ろして窓の外を眺めると、小さなフェリーが隣の埠頭から出港しようとしていた。

金曜日の午前中にも関わらず、客室はそれなりに人で埋まっていて、ツアー客らしい団体客がぞろぞろと入ってきた。

やがて椅子から小刻みな振動が伝わるとフェリーは岸壁を離れていく。

ゆっくりと旋回を始めた頃、船内に音楽と共に案内放送が流れ始めた。

夕凪島まで、およそ1時間の船旅となる。

窓の向こうには、いくつかの島が見え、船が忙しく動き回っている。


啓助は目を閉じて深呼吸をした。

妹のまいの行方が分からなくなってから4日が経つ。

舞は大学で日本書紀や古事記を研究していて、国産み神話について調べるため各地を訪れていた。

普段は友人と旅行をしていたのだが、今回の旅に限って一人旅だった。

「一週間後なら、俺も一緒に行けるんだけどなぁ…」

納期が迫っている仕事がありどうしてもスケジュールを変えられなかった。

「仕事あるんでしょ? それに子供じゃないし、夜出歩く訳でもないから大丈夫だよ。心配性だね~お兄ちゃんは」

その時の舞の笑顔が瞼に焼き付いてる。

夕凪島に研究旅行に行き、月曜日に『お昼の高松行のフェリーに乗って帰るから夕方には家に着くよ』そうメッセージが来て以降連絡はなかった。


予定を変えるなり、遅くなるなりする時には気遣って必ず連絡をする、そんな舞が連絡を寄越さない。

舞のスマホに電話をかけ続けても『お客様のお掛けになった電話は現在……』を繰り返すばかりで、何かあったのでは…良くないことも考えてしまう。

もしかしたら舞も21歳だし恋人とかいるかもしれない。

それにしても……

その日の夕方に舞の親友である馬場彩也ばば あや山県絵美やまがた えみに連絡を取った。

舞が帰ってこないことを伝えるとビックリしていたが、二人の知る限り恋人はいないとのこと。

そして二人からは『恋人は本』と奇しくも同じ答えが返ってきた。

それから、友人で勤め先の社長でもある武田健太郎たけだ けんたろうに事情を話した。

「なんだって!……とりあえず啓助休めよ、お前に任せている仕事は俺らでするから、舞ちゃんは……俺にとっても妹みたいなもんだから、お前、心配だろ」

続けて、少し震えた声で、

「無責任かもしれないけど、大丈夫だ、舞ちゃんはきっと大丈夫だ」

まるで健太郎自身に言い聞かせるように繰り返していた。

そして警察に捜索願を出すよう勧めてくれ、夜遅くに最寄りの警察署に捜索願を提出し、そのまま徹夜で一つの仕事を何とかこなしデータを会社に送った。


次の日の昼前に家の電話が鳴った際、「舞?」そう思って取った受話器から聞こえてきたのは舞の高い声ではなく、落ち着いた女性の声だった。

「早川様のお宅ですか?」

その言葉に内心、舞に何かあったのかと思いドキッとしたが、相手は舞が宿泊したホテルの女性スタッフだった。

なんでも部屋に忘れ物があり、舞のスマホと連絡が取れないため、宿泊者カードに記載のあった番号に電話を掛けたとのこと。

忘れ物はアクセサリーで家に送ってくれるというのを断り、金曜日からの宿泊予約を取っていた。

その後、舞のインスタグラムと自分に送ってきたメッセージを見て、舞の旅の行程を書き出してみた。

7月7日金曜日、東京出発。昼頃に夕凪島に到着 図書館へ行く。

7月8日土曜日、レンタカーで寒霞渓のユナキ神社、西龍寺せいりゅうじ宝樹院ほうじゅいん、瀬田神社を訪問。

7月9日日曜日、地元の郷土史家を訪ねる、夜に瀬田神社の祭に行く。

7月10日月曜日、昼のフェリーで帰路。

行程表をパソコンバッグにしまう。

夕凪島に行って何か分かるのか、舞が見つかるのか見当もつかないが旅支度をしていた。


「飯食ってるか?」

夜には健太郎が訪ねてきて、簡単な料理を作り二人で酒を飲んだ。

健太郎とは中学からの付き合いで彼は大学在学中に会社を立ち上げ、そして当時プログラマーとして働いた自分をよく言えば引き抜き、実際のところは拾ってくれた。

「啓助、お前彼女はいないのか?」

「なんだよ」

「……いや、うちらもいい年だからさ」

健太郎は苦笑しながら缶ビールをあおる。

「舞ちゃんの事心配なのは分かる……俺は、お前の事も心配なんだよ……」

「……」

「……親父さんたちが亡くなってから」

「10年……」

「もうそんなに経ったか……」

健太郎は宙を見つめていた。

両親は事故で亡くなった。

残してくれた家や保険金で生活には困らなかったけど、兄一人、妹一人、二人で頑張って生きてきた。

啓助は当時20歳で専門学校でプログラミングを学んでいた。

舞は小学校五年生。

中学に上がる頃には家事をこなすようになっていて、高校に上がってもそれは続いた。

「高校出たら働く」

そう言う舞に大学を進めた。

残った保険金と僅かだが出来た貯金があれば学費は払えるし、せめて青春を謳歌できる時間を過ごして欲しかった。

その頃には健太郎のお陰で在宅で仕事が出来るようになり、家事をすることも可能になっていたから。

「健太郎……ありがとう」

「なんだよ、いきなり」

健太郎は缶ビールを開け、進めてきた。

「飲もう」

「仕事はする……金曜から休ませてくれ」

「分かった」


翌朝、早く健太郎は帰った。

去り際に真っ直ぐな目で、

「お前がそうしたいなら行ってこい……ただ、約束だ絶対帰ってこい」

自分の肩を力強く掴んだ。

その上に手を重ねて、

「ああ、分かってるよ……ありがとう」

深々と頭を下げた。

その後、舞の部屋に行った。

きれいに整理された本棚には歴史の本がビッシリ詰まっている。

舞の影響で自分も少なからず歴史に興味を持った。

机の上には大学の入学式に、二人で撮った写真が飾ってある。

「舞……」

写真立てを取った手が震え、舞の笑顔が滲んで見えた。


その日、普段はネットのニュースやテレビをあまり見ない啓助が、どうしても気になってそれを見ていると、女性の変死体が見つかったとか、殺人事件が目についてしまう。

挙句の果てには『未解決を解決』というテレビ番組で、事件当時高校三年生の女子が謎の言葉を残して行方不明になった事件を、ネットや霊能能力者の力を使って探すという番組にまで巡り合った。

それらを遮断して仕事に没頭しつつ、水曜日、木曜日と舞からの連絡はなく、日が経つに連れ懸念が増していった……

そして家を出る時、仏壇に手を合わせ、父と母と祖父母に舞の無事を祈った。

「みんな助けて……舞のこと、お願いだから……」


いつの間にか眠ってしまっていたようで、窓の奥には大小様々な船が航行していた。

背筋を伸ばして深く息を吐くと荷物を持ちトイレへ向かった。

客室の後方にあるトイレの洗面台で顔を洗い鏡を見て、寝ぐせの付いた頭を手櫛で直す。

「きっと、大丈夫……」

そして鏡に映る自分に笑って見せた。

啓助は、トイレ前の壁にある『喫煙所』の案内に従って、客室の上にある展望デッキへ向かった。

そこは思いのほか広く子供用の遊具まで備えてある。

喫煙所は、船首付近の屋根に覆われた一角にあった。

上着のポケットから煙草を取り出し火を付ける。

吐き出した煙は淡い潮の匂いと共に流れて行く。

今朝まで降っていた雨のせいであろうか、湿気を含んだ風が肌に纏わりついてくる。

デッキ後方の両側には可愛らしいパンダが描かれた造形物があった。

曇天の空の下、フェリーは白い航跡を水面に描きながら進んでいく。

二本目の煙草の火を消して欄干に歩み寄り、進行方向に目をやると、初めて見る夕凪島の姿は想像以上に大きく、のっぺりとした平たい稜線が近づいてきていた。

雲間からの陽射しを受けたそれは煌めいて見えた。


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