啓助の冒険 7月16日日曜日 3日目
7月16日日曜日 3日目
ホテルで朝食を済ませて啓助は車を走らせている。
行く先の西龍寺がある麻霧山は朝陽を浴びて神々しい。
日曜日の早朝だけあって道路は閑散としていて、町はまだ眠っているようだ。
西龍寺の駐車場に着くと、啓助は上って来た山道を歩いて少し戻った。
そして下へと広がる斜面の木に小さな木板で遍路道と書かれた目印を見つけた。
そこから山へ分け入って進む。
遍路道は緩やかに下っている。
途中から道を逸れ、斜面を上りも下りもせず歩いていく。
時折出くわす木々の間に張られたクモの巣に辟易しながらも、50メートルほど進み休息を取った。
この辺りかな?
斜面の上を見上げるも覆われた木々で何も見えない。
ショルダーバッグから取り出したペットボトルの水を飲みながら、スマホのGPSで位置を確認すると、西龍寺の境内のほぼ下の辺りだった。
「よし」
意気込んで斜面を上り始める。
勾配はそれほどでもないが、木に捕まりながら進む。
やがて前方に岩壁が露出し行き止まると、それに沿って道が左手に伸びていた。
数歩進むと道は崖沿いに続いていて、人が一人通れそうな道幅。
その脇の断崖を、恐る恐る覗き込んでみる。
木々で底は見えないが、二階建ての家よりは遥かに深い。
「まいったな……」
吹き出る汗をハンドタオルで拭いつつ、このまま進むか悩んだ。
「怖いな……」
躊躇う啓助の視線の先に風化した石灯篭が目に入る。
「あった……」
大きなため息を出る。
同人誌『結界の島』に追記された箇所は事実だ。
その昔、道路が整備される前の遍路道だったというのが説明にあった。
本の通りならあの灯篭の先にきっと洞窟がある筈だ。
高所恐怖症ではないのだが、純粋に恐怖心が湧いてき手足がすくむ。
靴底が砂を噛まず、岩の粉がすべる。
少し進んでは引き返しを繰り返した挙句。
洞窟へ行くのは諦めて汗だくになりながら駐車場に戻ることにした。
まだ早い時間にも関わらず数台の車が止まっている。
車に乗り込みシートにもたれた。
エアコンの冷気が車内を包み火照った体を冷ましていく。
さすがに慣れない事はするものではない。
足の筋肉が少し張っている。
ペットボトルの水を飲みながら、心の中で、やはり洞窟まで行くべきだったのか、いやあそこは歩けないだろうとせめぎ合いをしていた。
折角だから、住職に話を聞いてみよう。
何か知ってるかもしれない。
「それがいい」
啓助は煙草を消して車を降りると、ちょうど赤い軽自動車が出て行くところだった。
通り過ぎるのを待って参道へ向かって歩き出す。
ん?
さっきの運転手どっかで会った気がするな?
思案しながら参道の階段を上っていると、
「あぁ、彼か……」
ユナキ神社の山道で出会った男の事を思い出した。
彼も観光なのだろうか?
確か友人がいると話していたけれど、
「しかし……」
傾斜のある階段が疲労した足には辛かった。
境内に入ると数組のグループがいて、地元の人なのか観光客なのか分からないが、お参りをしたり写真を撮っている。
啓助は本堂で手を合せると、その中から続く洞窟を進み、湧き出でる龍水にお参りをして護摩堂へと向かう。
住職は不在かな……
ここまで姿を見ていない。
お寺のシステムは皆目見当がつかない。
とりあえず帰りに母屋に寄ってみよう。
護摩堂に祀られている不動明王にも舞の無事を祈る。
本堂や護摩堂に染み付いている、お香の匂いが心地いい物だと改めて思った。
そして護摩堂の外から景色を眺めた。
東は彼方に淡路島、夕凪島の内海湾、三都半島。
正面に対岸の四国。
西は瀬戸大橋、夕凪島の一部である前島や土庄港、突き出た皇踏山まで見渡せる。
「見晴らしが良いとはこういうことか……」
眼下に見える島の街並みに、見晴らしがいい。
見張る場所。
という発想が沸いた。
だが何を見張る?
船、人………
本堂前の休憩小屋まで戻り煙草に火をつけた。
穏やかな風が境内を抜けると小屋の脇の楠が枝葉を揺らせ応えている。
ショルダーバックの中から『結界の島』に挟んであった紙片に書かれた地図を取り出した。
麻霧山近辺を記した地図で、右上には3と数字で書いてある。
西龍寺がある麻霧山の周辺にいくつかの場所に赤で×印がつけてあった。
南にオホノデヒメ神社。
西は富丘八幡神社、ご神木。
東は瀬田神社。
地図と照らし合わせて確認する。
南のオホノデヒメ神社に関しては、神社はないが小さな祠だけが今も存在すると眼鏡が話していた。
それは眼下に広がる小さな半島の付け根当たりにあるという。
「おはようございます、お参りありがとうございます」
不意に声を掛けられた。
視線の先には作務衣を着た若い女性がウォータージャグと紙コップを抱えていた。
20代位だろうか綺麗な人だった。
長い髪を後ろで束ねている。
住職の娘さんかな?
お孫さんかな?
「おはようございます」
啓助が挨拶を返すと、女性は小屋の中にある備え付けの台の上に、それらを置いていた。
「麦茶ですけど、よければ飲んでください」
女性はそう微笑むと会釈をして立ち去ろうとした。
「あ、あのご住職はご不在ですか?」
「はい、出掛けております」
啓助が呼び止めると女性は振り返り答え、もう一度会釈をして母屋の方へ歩いて行った。
ああ、でもお手伝いさんかな?
ご住職は比較的、平板で話していたけど、さっきの女性は言葉の先にアクセントがあるイントネーションだった。
夕凪島のそれとも違う様な気がしたが、訛りや方言の一つかもしれない。
折角なので紙コップを手に取り麦茶を一杯飲んだ。
キンキンに冷えていて、それが喉から食道を伝っていくのが分かる。
舞の手掛かりがない今、藁にも縋る思いで、眼鏡がもたらしてくれた情報。
一つずつ調査していくしかない。
きっと、歴史好きの舞なら興味を抱いたはずだから。
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