厚意
啓助はホテルの部屋のベッドで横になり天井を眺めている。
「フッ~」
何か色々ありすぎた。
脳裏に舞のかすかな声がこだまする。
あの少女は?
香という女の子は何故、舞のことを聞いた?
そして川勝龍一郎の息子、しんちゃんと呼ばれていた彼は何に驚いていたのか?
そして――
舞は生きている。
どこに?
無限ループのようにグルグル思考はおなじところを回っている。
体を起こしてスマホをテーブルに置き、傍にあった髪留めを拾い上げた。
あの子達の話だとお祭りで買った物だという。
もしかしたら、これも何か関係あるのではないか?
考えすぎだろうか?
髪留めを机に置いて、椅子に腰掛けると無造作にその引き出しを開けて中の冊子を取り出す。
ホテルのパンフレットや夕凪島の観光案内やらが入っていた。
その中に夕凪島の地図があった。
幾度となく見た形。
ぼんやり眺めていて眼鏡の話を思い出した。
ノートパソコンをバッグから取りだしてマップを開く。
眼鏡の言った通り重岩、善通寺、愛媛の石鎚山は一つの線で結ばれた。
「凄いなぁ」
確か他にもあると眼鏡は話していた。
「レイラインか……」
パソコンの画面を見つめながらそう呟いた。
レイラインはレイ、ラインとも言いい。
このライン上の山や神社仏閣は古来から特別な力を授かっているとされ、その地を護る要として信仰の対象になってきた。
またレイは光線という意味を持ち、それが交わるところがパワースポットともされているようだ。
眼鏡が話していた伊弉諾神宮を中心とするレイラインは有名なようで。
真東に伊勢神宮。
真西に対馬の海神神社。
真南に諭鶴羽神社(淡路島)。
真北に兵庫の出石神社。
夏至の日出に方向に諏訪大社。
日没の方向に出雲大社・日御碕神社。
冬至の日出に方向に熊野那智大社(那智の瀧)。
日没の方向に高千穂神社があるという。
他にも、富士山や高野山、剣山や阿蘇山等の山々に因むもの。
神社仏閣を絡めたもの。
他にはレイラインを結んだりして出来た形が五芒星や六芒星になるような場所もあり、日本は結界が張られているという記事もあった。
「ふーん、なるほどね」
感心しながら検索を続ける。
夕凪島の観光サイトにも意味ありげなことが書いてある。
山岳霊場の一つ洞雲山には、夏至観音と呼ばれる夏至の日を挟んだ約一月の間。
一日の数分間、岩肌に光が創り出した観音様の姿が浮かび上がるという。
しかも、その場所が伊弉諾神宮とほぼ同じ緯度にあるという。
また、夕凪島には島固有の植物もあるそうだ。
モクセイ科の植物でユウナギジマレンギョウという。
寒霞渓の四望頂より三笠山に至る尾根付近に見られ、高さは1~2m程の落葉の小低木と呼ばれる樹木で、4月から5月上旬にかけて緑色を帯びた黄色い花を咲かせる。
花言葉は「希望」
島は古くから修験道や密教が盛んで、現在でもその名残があるらしい。
さらに、この島の不思議な風習等も載っていた。
それは、神舞と呼ばれるお祭り。
瀬田神社にて毎年7月の満月の夜に行われる。
お堂に一対の舞い手が入り人々に捧げる舞いを奉納する。
その際、舞を捧げる巫女は神から授かったとされる、玉の付いた扇を持ち舞うのだそうだ。
伝統行事だけあって、当日は島外からも多くの人が招かれるという。
神に捧げるのではなく、人々に捧げる舞。
よって舞手は神と言うことだそうだ。
古くは10才くらいの女子に限られていたが、現在は高校三年生の女子二名がそれをつとめる。
年々自主応募は減っているようで、神社側から声をかけることもあるそうだ。
「瀬田神社か……」
マップを開き、試しに瀬田神社と西龍寺を結ぶ線を引いてみる。
「だよね……」
線の何処にもポイントになるような山や神社仏閣等はなかった。
よしと意気込んで八十八ヶ所の霊場を線で繋いでみる。
「だよね~」
こんなことはとっくに誰かがやっている筈だし。
煙草を銜えながら天井を見上げた。
ブゥー、ブゥー。
スマホが震える。
手に取ると眼鏡からだった。
「もしもし」
「あー、もしもし、夜分にすまないね、さっきの同人の本だけど、家にあったわ」
イケボが早口にまくし立てる。
「え?」
「持ってた筈や思うて、家の書斎やら書庫を探してたらありました」
「ありがとうございます」
眼鏡の厚意に頭を下げる。
「今からホテルに持ってきます、えーと10分、15分後位で行けますから」
「え? でも……」
「じゃあ、後程」
眼鏡は興奮気味に電話を切った。
スマホの画面の時計は21時21分と表示されていた。
身支度を整えロビーへ向かう。
ロビーには数組の宿泊客がいてラウンジで軽食や酒を嗜んでいる。
ホテルのカウンターに目をやると壁のポスターが目に入った【瀬田神社奉納祭 神舞7月16日】
「明日?」
今まで気付かなかったのが不思議だった。
この手のポスターなら至るところにあった筈なのに。
アイスコーヒーを飲み干したころ、眼鏡がロビーに入って来て辺りを見回している。
啓助が立ち上がると、こちらに気が付き片手を上げ小走りに近づいてきた。
「こんばんは、遅くにすまないね」
「こんばんは、いいえこちらこそ」
啓助はアイスコーヒーを二つ注文した。
「さっそくですが……これを見てください」
『結界の島』という同人の本を差し出した。
「付箋の貼ってあるページです」
眼鏡はウェイターが持ってきたアイスコーヒーを一気に飲み干し、お代わりを注文している。
啓助はそのページに目を落とした。
空海は修験道の行場を整備するため島の山々、端々を調べた。
その結果、この島のいくつかの秘密に気が付いた。
それらを未来永劫守護するため、霊場を島の各地に配置し人々の祈りを糧とした結界を敷いた。
重岩や行場のある山岳霊場もそこにあるのは理由がある。
日本に古くから存在した自然崇拝を起源とする磐座信仰や山岳信仰。
滝や川や水は龍や蛇と同義で畏敬の対象であった。
空海は山々と豊富な湧水の恵みを自然からの感謝として行場や霊場として祀った。
恵門の滝、清滝山、石門洞、碁石山、洞雲山、笠ヶ滝、西龍寺、宝樹院、湯舟山等があり、現在霊場から外れている場所もある。
磐座の痕跡として残っている物は少ないが、重岩や葦田八幡神社の磐座がある。
もしかしたら自然の形で残る奇岩もその一つであった可能性は否定できない。
そのような曰く有り気な場所が数多く存在するのが夕凪島だ。
例えば空海が開いた八十八ヵ所の霊場と現在の八十八ヵ所の霊場は同じではない。
重要なのは明治時代に神仏分離の影響で例えば五つの神社が霊場から外れたことである。
そのお陰で空海が施した八十八ヵ所を探すのは困難を極める。
もしかしたら、そのお陰で逆に人々の目を欺くのに都合が良くなった側面もあるかもしれない。
ただ、それを解き明かすことが出来たのであれば、結界の意味や秘密に近づけるかもしれない。
これは勝手気ままな推論だが秘密は複数あるのではないかということだ。
筆者は空想に耽る。
夕凪島の秘密に。
一つはありきたりだが財宝、神宝の類だ。
失われた三種の神器、飛躍しすぎかもしれないが、古代イスラエルの秘宝なんかが隠されているかもしれない。
一つは何らかの古のパワー、叡智かもしれない。
古代文明の遺産や技術。
人は嘲笑うだろうが、一度、夕凪島を訪れるといい。
捉え方は違えど、必ず何かを感じる筈だ。
ページはそこで終わっていた。
パラパラとページを捲り作者を見る。
作 和倉総一郎とあった。
結界ね。
そう言うのはあるとは思うけど。
啓助にはいまいちピンとこなかった。
「どうです?」
「これが?」
反応の乏しい啓助に、
「もう、一ヵ所の付箋の所を読んでみて」
眼鏡はメガネのブリッジを押さえると身を乗り出した。
追記
西龍寺、宝樹院、瀬田神社は特に気になる。
何がどうと言葉では簡単に説明できないが違和感がある。
宝樹院のシンパクは応神天皇、お手植えなのに何故神社ではない。
西龍寺の境内の崖の下にある、古い遍路道の石灯篭はなぜ神社の形式の物なのか。
傍の洞窟は何の目的で作られたのか。
瀬田神社だけ拝殿がなく、社殿のみなのは何故か。
境内の六角形のお堂は昔あった物を参考に現代に再建されたというが、その形に違和感がある。
他にも滅亡した一族の末裔を匿ったり。
財宝なんかが眠っているかもしれない。
このページだけページ数が記されていない、後から付け加えられたようだった。
「どうです? 気が付きました?」
「何がです?」
「あなたの妹さんがその三つの場所を訪れているんです」
「ほう……」
「書いてある内容は、神仏習合や分離といった経緯があるとは思いますけど、明らかにこれを読んでその場所を選んだ可能性が高いのではないでしょうか?」
「なるほど」
それは納得がいった。
「ん?」
次のページに一枚の紙が挟まっていた。
「これは?」
啓助は紙を取り出しながら眼鏡に尋ねた。
鉛筆で書かれた地図のようで、紙片の右上には数字で3と書いてある。
眼鏡は身を乗り出して覗き込んだ。
「地図のようですな」
夕凪島の麻霧山近辺を記した地図で周辺にいくつかの場所に赤で×印がつけてあった。
南にオホノデヒメ神社
西は富丘八幡神社、ご神木。
東は瀬田神社。
「ちょっとコピーしてもらってきます」
眼鏡はそう言うと紙片を持ってフロントに行った。
コピーを手に戻ってくると、原本の方を啓助に差し出した。
「私も考えてみます」
眼鏡はソファに座らずに時計を見て、
「そしたら、帰りますわ……なんちゅうか、久々に郷土史家の血が騒ぎだしました」
苦笑いをして頭を掻いている。
「遅くまでありがとうございます」
「いやいや、かまわんのです。本はお貸ししますから是非、目を通してみてください」
「お借りします、感謝します」
眼鏡はメガネを直しながら、舌なめずりをして、
「こんなこと言うたら失礼かもしれんけど、あなたや妹さんに感謝してます。不謹慎を承知で申し上げると、島を見つめ直すきっかけになりました。そして思ったんですが、妹さんを探す手がかりはこの島の何かかもしれません。そしたら」
眼鏡は片手をあげて去っていった。
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