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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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男の使命

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


川勝真一郎は二階の自室でいつものようにパソコンで『原神げんしん』というオープンワールドゲームをプレイしている。

元々はアニメ調のキャラクターデザインや世界観が好きで始めたゲームだった。

ところが、香と美樹がプレイしていることを知り、うまい具合にフレンドになれた。

今朝方、美樹のデーリークエストを手伝ってあげたが、香はまだログインしていないようだ。

まあ二人にはゲーム内で真一郎自身だということは知らせてはいないのだが。

一年程前、父が突然、会社を辞めて一家で夕凪島に引っ越してきた。

環境が変わったからといって自身の生活は変わらない。

趣味のゲームができる環境さえあれば特段不満はないからだ。

ちなみにこのゲームの解説動画をYouTubeにアップしている。

登録者は3000人程で、ゲームや動画を通して友人も増えた。

その代わりと言っては可笑しいけれど、現実世界では、友人は皆無。

転校してきた頃は珍しいのか、よく同級生やクラスメイトが声を掛けてきたけれど、しばらくしてそれもなくなり平穏な日々に戻った。

香の第一印象は漆黒の大きな瞳だった。

その瞳に見つめられると心の奥を見透かされているような感じがして、最初の頃は動悸がした。

美樹の印象は感性が豊かな美人という印象だった。

美術部で良くイラストを描いている。

外見と中身が揃ってないちぐはぐさを感じた。

二人に共通して感じたことは、真一郎の嗅覚であるオタクセンサーが反応し同類だと感じた事だ。

美樹とは去年クラス委員をした関係で連絡先は交換している。

そのお陰で二人が原神をやっていることを知ることが出来た。


父はこっちへ来てからというもの、郷土史家を名乗りフィールドワークと称して外に出たっきりになることが多く、家にいることが珍しい。

どれほどの地位を持っているのか知らないけれど、時折、父を訪ねて人が来る。

けれど兄が先程の訪問者を避けた理由は分からない。

訪問者が帰った後に、兄に理由を尋ねても、

「いや、歴史の事を聞かれても親父じゃないからね」

はぐらかされてしまう。

そんな兄はしばらく自室にこもった後、

「ちょっと出てくる」

そう言い残して、車で出かけて行った。

父も父だが、兄も兄で家を空けたらいつ帰ってくるか分からない。

6歳年上の兄は大学を出てからニートをしつつ、取り憑かれたように書物を読み漁り何かを調べている。

父と共同作業なのか知らないが、時々こそこそ二人で話し合ったりしている。自分も歴史について興味がない訳ではない。

実際こっちへ来てからお寺や神社に行ってみたりもした。


その少しの興味の扉を開けたきっかけは一年前。

父が会社を辞めたその日に行った母の墓参りの時だった。

「これを読んでみろ」

父は母の墓前で一冊のタイトルのない冊子を差し出した。

「俺らのご先祖様が書いたものだ。感じるものがあったら、嬉しいし、これから先、心に留め置いてほしい」

「分かった」

冊子はA5サイズの物で、100ページを超えていた。

「ただ、夕凪島に行ったら不便をかける、生活に困るようなことはないが」

「僕は別にかまわないよ」

「すまんな真一郎。これは父さんの使命なんだ」

母の墓前で神妙に父は語りだした。

そして最後に、

「それと、お前にだけは言っておくが、島に同い年の松薙香という女の子がいる。たぶん家も近くになる。仲良くなれとは言わないが、心にかけていてくれると嬉しいし、守ってあげて欲しい」

微笑みを浮かべてはいたけど、眼光は鋭かった。

内容はそれこそ理解に苦しんだが、オタクの淡い正義感に何か着火するものがあった。

「詳しくは今は話せないが、お願いしたい」

深々と頭を下げる父に真一郎は黙って頷いた。

そんな自分を父は片手でぐっと抱き寄せた。


実際こっちへ来てから生活に困ってはいない。

学校にも馴染めたし自分の使命があるというだけで充実してる感さえある。

父から貰った冊子は一度読んだきりで机の引き出しにしまってある。

結界だの財宝だのアニメや漫画の世界の出来事のようなことがまことしやかに書いてあった。

「久しぶりに読んでみようか」

名前のない冊子を引き出しから取り出した。

ふと見る窓の外には香の家である素麺屋がある。

明日から自分も使命を果たすべく新しい試みが始まる。

背後の麻霧山の木々が風に波打って揺れていた。

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