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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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19/75

行方

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


啓助は昼食を済ませると川勝家を訪問した。

素麺屋の女性が言うように店の斜向かいの二階建ての一軒家だった。

大きめなガレージのシャッターは開いていて赤い軽自動車が止まっている。

玄関横のインターホンを押すと、しばらくして足音が近づいて来た。

扉が開き顔を見せたのは、背が高い華奢な若い男の子。

訪問の目的を伝えると、予想どうり川勝龍一郎は不在であった。

伏し目がちに喋る彼の声と昨日の電話口の男性の声が明らかに違う。

「お兄さんかなぁ、昨日電話に出てくださったのは」

「は? たぶん、そうだと思います」

彼はチラッとこちらを見て、ぼそぼそと喋る。

「お兄様は?」

「出掛けてます……」

少し視線をそらしながら、彼はうつむく。

「そうですか……」

がっかりしたが、ふと頭に沸いた疑問をぶつける。

「失礼ですが、島のご出身ですか?」

「は?」

明らかに気分を害したようで、顔を上げた彼の眉間に皺が寄っていた。

「いや、その方言というか、訛りをあなたからも、お兄様からも感じなかったもので、すみません」

啓助は素直に頭を下げた。

「ああ、それでしたら去年、神奈川から引っ越して来たんで……」

彼は、また視線を落とす。

「どうりで、ところであなたは歴史は好きですか? あぁ、日本のというか、この島の」

「え? いや、まぁ……」

彼は一層、顔を伏せる。

動揺しているように啓助には見えた。

何がどう気になったのか分からないが、少し大きな声を出した。

「島の秘密を探るという記事を書こうと思ってまして、お父様にお話を伺えればと思ったのですが、本日は失礼致します、お邪魔しました」

啓助は会釈をして振り返りゆっくり歩みを進めていると、鍵をかける音と共に、

「兄さん、帰ったよ」

微かな声を啓助の耳はキャッチした。

舞のことに関係があるのか分からないが、素朴な疑問が浮かんだ。

昨年引っ越してきた川勝家が何故、郷土史家として島の人々に認知されているのか?

それと、この感じじゃ舞も川勝龍一郎には会えなかったのでは?

そう思えた。

「さて……」


啓助は松寿庵の駐車場に止めてある車に乗り込みエンジンをかけた。

当てもなく車を走らせていると、瀬田港近くのT字路の信号に捕まった。

左に行けばホテル、右に行けば高校や峠を越えて隣町だ。

結局、斜向かいにある潮風公園の駐車場で車を止めた。

車から降りるとじんわりと暑さが身を包んだ。

風があるからまだましだが陽射しは鋭い。

公園の中心にある大きな楢の木が作る木陰にあるベンチに腰掛けた。

幾らか涼しい。

スマホを取り出してケースに挟んである、舞の行程表を見返してみる。

ブーン。

テントウムシが一匹スマホの画面に止まり、チョコチョコと動いて、すぐに飛び去った。

金曜日、東京出発。昼過ぎに夕凪島に到着 図書館

土曜日、レンタカーで寒霞渓のユナキ神社、西龍寺、宝樹院、瀬田神社、

日曜日、郷土史家を尋ねる、祭

月曜日、昼のフェリーで帰路

あと行っていないのは、宝樹院と瀬田神社か。

明日にでも行ってみるか。

舞がなぜ、これらの寺社をピックアップしたのか今なら分かるような気がする。

何かしら神話と繋がりがあるのだろう。

「図書館か……」

あの調子じゃ何回行っても無理だよな、せめて借りた本が分かればいいんだが……

ん?

そっか眼鏡と達磨なら分かるかもしれない。


「よし……」

啓助が車に戻ろうと立ち上がった時。

隣のベンチに座っている少女に目を奪われた。

セーラー服に麦わら帽子……

長い髪を後ろで束ねている。

目を閉じて、ぐったりとしているように見える……

あれ、この子は?

「あの、大丈夫?」

近づいて少女の肩に手をかけ揺さぶった途端、目を覚ました。

「私、ここで寝てたみたいやね」

少女が顔を上げると顔が帽子に隠れてしまい。

両手で帽子を直してこちらを見上げた。

「どうしたの? 具合でも悪いの?」

「……んでもない」

少女は帽子を手で押さえたまま、ベンチから立ち上がるとスカートをパタパタと叩いた。

「ところで、あんた誰なん?」

あれ?

昨日の子に似てるけど……

それに……

「旅人……かな」

敢えて名を名乗らないでみた。

「何で疑問形なんよ」

少女は笑いながら啓助の顔を見上げ、ずれた帽子を直している。


啓助は少女の目線に合せるためにしゃがむ。

「で、私に何か?」

「あ、いや、また会ったね」

ふと少女の足元を見ると素足にローファーだ。

「あぁこれね、ドジって家出る時靴が見つからんかったんよ」

少女は恥ずかしそうに片足を上げた。

「これで、5時間くらい歩いてるんよ」

「え? 5時間?」

しかし、5時間とは信じがたい体力だ。

改めて少女を見たが、顔立ちは整っているものの、やつれていて肌も少し荒れているようにも見えた。

そして、昨日会った少女にそっくりだが雰囲気や髪型、何よりしゃべり方が違う。

少女は何か言いたげに口をモゴモゴさせて、

「いや……その~」

少し躊躇った後、意を決したように口を開いた。

「ちょっとあんたに頼みがあるんやけど……」

「何?」

目の前にいる少女は、昨日の少女とホクロの位置も違う。

この子は口の下にある。

双子かな?

そんな印象を抱いた。

「探してほしい物があるんやけど……」

「なんだい?」

少女はじーっと啓助を見つめている。

「あれ?……何やたっけ……」

人差し指を顎に当て考えているようだ。

「思い出せる?」

「何やったかな……」

少女は肩を落としベンチに腰かけた。


啓助は隣にそっと座る。

少女は顔を上げたり、俯いたり思案しているようだ。

その度に大き目の麦わら帽子が前後に動いては直していた。

啓助は話題を変えて少女と話をすることにした。

少女は身振り手振りを交え話し始めた。

やはり、少女の話は面白かった……

本当に不思議な子だ……

まるで、この山々を昔から知っているような口ぶりだった。

目の前に野良猫が横切り、少女の方を向き「にゃ~」と鳴いた。

「神の浜に行ってみ」

少女が呟くと、猫は「にゃおーん」と海の方へ歩いて行った。

「どうだろう、頼み事思い出した?」

「あぁ、思い出せん……」

俯く少女に啓助は優しく聞いた。

「例えば、大切な物とか人とか、かな?」

その問いかけに少女は、ハッと目を見開いて、

「友達や……」

前を見つめたまま微笑んでいる。

「友達? 名前はわかる?」

「名前……わからん。でも、ずっと一緒にいたんやけどな……」

「その友達は男の子? 女の子?」

「友達や」

少女はこちらを向いてニッコリ笑った。

「分かった、探してみるよ」

啓助が微笑みを返すと、

「ほんまか? ええんか?」

少女は顔を突き出して早口で言った。

その勢いでズレた麦わら帽子を両手で直している。

「もちろん」

「あー、言うてみて良かったわ……」

満面の笑みを浮かべている。

少女は足をバタバタさせて喜びを表現しているようだ。

そしてピョコンと立ち上がると、

「ありがとう……お願いや」

少女は早口でそう言うと、啓助に背を向け歩き出す。

「待って」

啓助が少女の腕を掴もうとしたが空を切る。

追いかけようと足を踏み出した時、足に何かが当たった。


それは親指ほどの物体で、よく見ると朱い色の勾玉だった。

「それは、大切なものだから、その勾玉返して……」

少女は振り向くと手を伸ばした。

「ちょっと待って」

啓助が足元の勾玉を拾い上げたその瞬間――

「……おに………おにい………けて………しま…………」

頭の中に舞の声が響いた。

「え? 舞? 舞、どこに…」

辺りを見回す、舞の姿は見当たらない。

ただ舞の声が聞こえる。

「お…………じ………けっ……を…」

すると少女が駆け寄ってきて、手に持っていた勾玉を両手で取り上げた。

時を同じくして舞の声は聞こえなくなった。

「舞?……」

何だ今のは?

両手で頭を押さえて立ち尽くしている啓助を、少女は不思議そうに見ていた。

「ありがとう……またね」

そう言い残し走り去り、公園を出て路地に入っていった。

その姿を目で追いながらも、頭の中に響いた舞の声を噛みしめていた。

舞は生きている。

安堵感と不安感が入り混じる。

何処にいる?

今のは何だったんだ?

勾玉を手に取って……

まさか?

少女が走り去った方を見た。

「気になるでしょ」

駆け足で少女の後を追った。


その路地は一本道で、50メートル位続き十字路に出た。

四方を見渡しても少女の姿はない。

「あの子は、この道を進んで行ったはず……」

そう言えば名前を聞かなかったな……

今更ながら思った。

そこから、さらに真っ直ぐ進むと道は突き当たり、丁字路になっている。

正面の塀の向こうは学校のようだった。

右か左か……

どっちだ?

啓助は迷った末、右へと進んだ。

程なくして国道に出た。

車の往来はあるが少女の姿はない。

「ここまで来て引き返すわけには……」

丁字路に戻って反対の道を進むが、その先は防波堤に出た。

左右を見ても人影はない、

「おかしいな……」

路地は見渡しの良い真っ直ぐな道。

追いかけるのが遅れたとはいえ、見失うという事は近くに家があるのだろうか?

手前の十字路の左右の道も歩いたが、ここもそれぞれ国道と防波堤に繋がっているだけ、結局、公園へと戻ってきていた。

「またね」

少女の言葉が頭をよぎる。

「また……会えるかもしれない」


先程まで二人で座っていたベンチを横目に車に乗り込むと煙草に火を着けた。

そして舞の言葉をメモに書き起こす。

『おに、おにい、けて、しま』と『お、じ、けっ、を』

最初の方の『おに』は「お兄ちゃん」と言ったのが聞き取れなかったような気がする。

おそらく「お兄ちゃん助けて」だろう。

お兄ちゃん、お兄ちゃん、二回呼んだという事は、こっちの声も聞こえていたということか。

どういう時なら二回呼ぶ?

確かめるため?

啓助自身、舞の事を二回呼んだ。

やはりこちらの声も舞にも聞こえていたに違いない。

『お兄ちゃん? お兄ちゃん、助けて』

こんな文言で間違いないだろう。

舞の声の様子から切迫感はなく、むしろ驚いているような感じがした。

最後の『しま』は何を意味する?

「島にいる、夕凪島、島じゃない、どこかの島、しません、します……んー」

助けを求める時って何を伝える?

場所か?

場所だよな。

夕凪島にいる。

「お兄ちゃん?お兄ちゃん助けて、夕凪島にいる」

おそらく、間違いないと思う。

『お、じ、けっ、を』

これについては、さっぱりわからない。

ノイズみたいなのがあったし、言葉と言葉の間隔も違った。

最初の解釈が合っているとすれば、次に伝えたいのは詳細な場所。

もしくは今の状況、しばらく思案したが皆目見当がつかなかった。

吐き出した煙で霧がかかったような車内。


啓助は事の経緯を健太郎、舞の友達である彩也と絵美にメッセージを送り、五本目の煙草を口にくわえた。

健太郎はすぐに電話を掛けてきた。

「どういうことだ? 超能力……とかか?」

開口一番、普段より大きな声で興奮しているようだ。

警察は捜査してくれるだろうかと尋ねる。

「何か証拠がないとな……事件か事故に巻き込まれたと分かるような……すまん」

「だよな。全然いいさ」

「お前の推測どうり舞ちゃんが夕凪島にいるとしたら……何故会えない? 言いにくいが、監禁とかされているとかの可能性はないか」

それを考えていない訳ではなかった。

「ああ、考えたくはないけど頭を過ってはいた。でもな健太郎さっきの途切れ途切れの舞の声からは、そんな緊張感はなかったんだよな」

「なるほどな……お前がそう言うんなら大丈夫だろう」

「健太郎……上手く言えないけどさ、この島さ不思議なんだよ……舞が調べていたことと、この島の歴史が関係ある様に思えてきたんだ……」

「そうか……とりあえず無理するな」

「あぁ、ありがとう」

電話を切ると絵美からメッセージが入っていた。

『今、彩也と一緒にいます。どう言って良いか分からないけど良かった。舞が無事に帰ってこれるように二人で神社にお参りに行ってたんです。私達は舞は夕凪島にいるような気がします。舞が旅行中にこんなメッセージを送ってきてました「夕凪島は楽園、天国に一番近い島」って。連絡ありがとうございました』

「楽園? か……」

見つめる先のフロントガラス越しの空は黄色味を帯びてきていた。


そうだ、達磨か眼鏡に連絡しようとしていたんだった。

啓助は吸い掛けた煙草を箱に戻すと、とりあえず眼鏡に電話をかけることにした。

奥さんであろう女性が通話口に出た、眼鏡の在宅を確認すると、

「少々お待ちください」

保留音の『エリーゼのために』が耳に流れる。

勘は冴えているようだ。

「はい、畑です」

耳障りのいいイケボだ。

啓助は本日のお礼を伝えて本題に入る。

「妹が、そちらに持っていた図書館の本が何だったのか、自分も借りてみようと思いまして、どのような本だったか覚えていらっしゃいますか?」

「あぁ…」

しばしの沈黙の後、眼鏡は口を開いた。

「そしたら、ショートメールで送りますわ、電話番号はこれであってますよね?」

「ありがとうございます。お手数おかけします」

「そしたら失礼します」

電話を切って数分後、眼鏡からショートメールがきた。

『畑です、本のタイトルは以下のとおりです。

『夕凪島風土記』

『弘法大師と夕凪島』

『結界の島』

『考察オホノデヒメ』ただ、下の二冊は同人誌だった筈です』

早速、検索してみると『夕凪島風土記』『弘法大師と夕凪島』の二冊は販売されている書籍だったが、眼鏡が言う同人誌の二冊はヒットしなかった。

すぐさま図書館の開館時間を調べると、すでに閉館している時間だった。

明日、行って借りてみよう。

啓助はハンドルを握り車を走らせた。

お読み頂きありがとうございます。

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