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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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二人の郷土史家

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


啓助はホテルのロビーで郷土史家の須佐光夫、畑正信の二人を待っていた。

ロビーから見える瀬戸内海は穏やかで雲一つない青空が広がっている。

約束の時間の10時まで15分ほどある。

少し早かったかなと思ったが、入り口の自動ドアが開き男性の二人組が入ってきた。

恰幅の良い達磨みたいな男は扇子を忙しなく動かしている。

一方は黒縁の眼鏡をかけた痩身で七三分けの折り目正しそうな男で、いかにも学者を思わせる凸凹コンビだった。

達磨がフロントに訪ねている。

眼鏡は辺りをキョロキョロ見回している。

フロントスタッフが啓助のいる方を手で案内し、二人がシンクロしてこちらを見る。

啓助はその瞬間立ち上がり軽く会釈をした。

二人は席に着くと、達磨が須佐、眼鏡が畑を名乗った。

電話で話した時のイメージとは真逆で達磨の方が声が高く、眼鏡は声優のような低音のイケボであった。


挨拶を済ませラウンジに席を移すと啓助は二人に飲み物を勧めた。

達磨はコーヒー、眼鏡はビール、啓助はアイスコーヒーを注文した。

一夜漬けの知識で島に纏わる歴史について質問をした。

夕凪島にもある八十八ヶ所の霊場。

応身天皇に関わる史跡。

古墳や高地性集落の遺跡。

南北朝時代の武将飽浦信胤とお才の局の悲恋の物語。

豊臣秀吉の時代に大阪城建築に島の石が使われた事。

さすがに郷土史家を名乗るだけあって二人は簡潔に回答してくれた。

啓助はメモを取りながら、この二人にも舞の事を聞いても差し障りがないか人物像を見極めようとしていた。

そして国産み神話ではオホノデヒメという名で出てくる、夕凪島の祖神に付いて二人に尋ねた。

「オホノデヒメというのはどのような神様なんでしょう?」

啓助の質問に二人は顔を見合わせて眼鏡が口を開く。

「どんなというと?」

「例えば、八幡様は戦いの神様とか、大国主命は縁結びの神様とか……」

眼鏡は小刻みに頷きながら、人差し指でメガネのブリッジを押すと、ニヤリと笑う。

「愛の神様やね」

「愛の? ですか?」

「そやの」

達磨はコーヒーを飲み干した。

「例えばその、愛に纏わるエピソードみたいな話は残っているのですか?」

「ありまへん」

自信満々に答えた達磨に続き、

「愛の神様ちゅうのは、我々が導いた考察、推察に過ぎんのです」

眼鏡は苦笑いを浮かべた。

「願望かもしれまへん、何せ史料なんて殆どないんですわ、ハハハ」

豪快に達磨は笑った。

「しいて言えば、島の祖神として人々に愛されているから、と言えるかもしれません」

笑顔のままの眼鏡。

達磨が続けて話し出す。

「それが最大の理由ですな、愛されている言う事は、その逆もしかり、愛されていた言うことになりますやろ」

「なるほど、立派な理由だと思います」

確かにインターネットでオホノデヒメと検索しても、目を見張るような発見はなかった。

舞はだからこそ地元に行き調べるんだと話ていた、

眠っている資料や発信されていない考察なんかが転がっていたりするのだと。


啓助は今の達磨の返答を聞いて、発想の転換というか、自分が思いつかない視点かもな、そう思った。

「しかし、島に興味を持ってくれるの嬉しい限りですわ」

達磨が啓助の思考を遮った。

隣で頷く眼鏡も嬉しそうにしている。

そして何か思い出したように宙を見つめると、

「そやな先日も学生さんが来たし、取材もあったなぁ」

懐かしそうに目尻を下げた。

「そうなんですか?」

「財宝伝説について東京の雑誌社の方が見えました、確か……何でも、お大師様が島に秘宝を隠したとか、隠れキリシタンの財宝があるとか」

啓助はもちろん、学生のことが気になったが、逸る気持ちを抑えるようにアイスコーヒーのグラスを手に取った。

「そんな伝説もあるのですね~」

「まあ都市伝説みたいなもんですわ、ハハハ」

豪快に達磨は笑い、片手を上げコーヒーのお代わりをオーダーした。

そんな達磨を横目に、眼鏡は神妙な面持ちで顔を前に突き出す。

「財宝云々は確かに私共も耳にしたことはありますが、それはいざ知らず……早川さんはレイラインはご存じですか?」

「レイ……ライン?」

啓助は、おうむ返しに答える。


それを見た眼鏡はニヤリと微笑むとメガネのブリッジを押さえた。

「有名な所では淡路島に国産み神話のイザナギのミコトをお祀りしている伊弉諾神宮があるのですが、真東の方向に伊勢神宮があって西には対馬の海神神社があります」

「夏至の日の出の方向に長野の諏訪大社、日の入りの方向に島根の出雲大社。そして冬至の日の出の方向に和歌山の熊野那智大社、日の入りの方向に宮崎の高千穂神社と、まあ、名だたる神社が線で繋がるんですわ」

「へえー」

啓助は単純に興味をそそられた。

眼鏡はビールで喉を潤している。

「例えば、この島には重岩かさねいわ言う所がありまして、山の上の峰の所に大きな岩があるんです、誰が運んだか分からんのんですけど、恐らく磐座いわくらの類だと思われます」

「そこは愛媛の石鎚山と縁があるんですがね、その二つを結ぶ線上に何があると思います?」

啓助は思案するも何も思い浮かばなかった。

そもそも、重岩が夕凪島の何処にあるかもわからない。

石鎚山も名前は聞いたことがあるが詳しい場所までは知らない。

「そやなぁ、お大師様や、ヒント」

達磨が助け船を出す。

そして、コーヒーのお代わりをオーダーしていた。

「お大師様ですか……善通寺とかですか?」

半ば当てずっぽうの答えだったが、達磨と眼鏡は満足そうに笑みを浮かべていた。

「そうなんです、面白いでしょ、他にもいくつかあるんですが…だから、何だと言われると」

眼鏡は頭を掻いた。


「いえいえ、島にも八十八ヶ所の霊場があるように弘法大師とは深い縁があるのかもしれません」

啓助は言いながら何か引っ掛かるものがあったが、すぐに消え去った。

「そう言えば、その学生さんとはどのような話をされたのでしょうか?」

眼鏡はメガネのブリッジを押さえて宙を見つめる。

「そうですな……東京の学生さんで私達より熱意がありましたな」

隣の達磨を見て苦笑している。

「うんうん、面白い子やった。図書館で借りてきた本を手にキラキラした目で質問しよった」

遠い目をして達磨は言った。

その時の事を思い出しているのだろうか。

「どんな質問だったんでしょう?」

「ん? うーんお才の局の話は実はオホノデヒメの話を曲解したものじゃないか? 元々の八十八ヵ所の霊場には八幡神社等も含んでいたのか? そもそも何で弘法大師は夕凪島に霊場を作ったのか?」

顎を撫でながら達磨は答えると、

「そうやなぁ、何でこの島やったんやろ」

もう一度反芻して考え込んでしまった。

それを見た眼鏡が口を開く。

「ご存知かもしれませんが、夕凪島の八十八ヶ所ある霊場は江戸時代に整備されたと一般的には言われてます。ただ、かなり古くから瀬戸内海の交通の要衝いうこともあって、人の営み、往来はありました」

「もっとも古い西龍寺は、かなり古くから信仰されていたようで、山岳信仰に近いものだったと考えています。後に山岳霊場と呼ばれる寺院のいくつかには行場言う場所があり、山伏……修験道の僧侶が修行したといわれたおります」

眼鏡は舌なめずりをし話を続けた。

「質問にあった、八幡神社はその昔たしかに八十八ヵ所に含まれていたようです。ではなぜそうではなくなったのか、簡単に言いますと仏教が伝来して以降、日本古来の神道の神様と仏教の仏様を擦り合わせた訳です「神仏習合」言うやつです」

「それを明治時代初期に「神仏分離」ちゅうのが時の政府から発布されまして、お分かりの通り神道と仏教の分離をした言うことであります。その際に八幡神社が外れ、八十八ヶ所を整備し直したいうことです」

啓助は、頷きながら眼鏡の言葉を待った。

「全国にお大師様の伝説はあるのもご存知でしょう。ため池を作った、温泉を見出した、星が降ってきた等々。この島にも、お大師様の伝説があります。ただ、所以を聞かれると……」

「生まれの地である善通寺と京の都を往復する際に立ちより、修行、祈念の場を整備したはと言われてはいますが…何で夕凪島なのか?と聞かれた時にはきちんと解答出来ませんでした……」

さすがに専門家だけあって、喋りに澱みがない。


思案していた達磨がゆっくり首を振る。

「そやな、あったであろうことから考えたりしていた我々にとっては晴天の霹靂の質問だったわ」

そして4杯目のコーヒーをすすった。

「そう、帰り際に……この島は楽園……天国に一番近い島なんですね、確かそんな風な事を言ってはりましたわ」

眼鏡は懐かしそうに外を見つめていた。

「面白いええ子やったわ、取材の約束がなければもっと話していたかったんだがなぁ」

達磨も思い出に浸っているようだった。

二人の反応から察するに舞に対する印象は少なからず、良い印象で心に残っているようだ。

啓助は腹を決めた。

「ほかに何か気になるようなことは聞いていませんか?」

「ん? やけにこだわりますな」

達磨は訝しげな顔をした。

啓助はポケットからスマホを取り出して、画面に舞を映しだした。

「その学生、この子ではないですか?」

スマホを二人の前に差し出し尋ねた。

達磨がスマホを手に取り眼鏡と共に覗き込む。

「えぇ、この子です」

達磨は視線をこちらに向けてキョトンとしている。

「知り合いだった…言うことですか」

眼鏡は怪訝そうな面持ちで眉間に皺を寄せていた。

「妹です……行方を捜しています」

二人は顔を見合わせると同時にこっちを見た。

「どういう?ことです?」

眼鏡は首を傾げる。


啓助は事の経緯を説明した。

話しに熱心に耳を傾けてくれ、達磨にいたっては驚きのあまり口をポカーンと開けている。

「そうでしたか、なんと言っていいか……」

眼鏡は神妙な面持ちでメガネのブリッジを押さえていた。

啓助は二人を交互に見ながら話し出した。

「お二人は信頼に値する、お話しさせて頂いてそう感じました……それで、さっきの質問なんですが、何か気になることはなかったでしょうか? 例えば歴史以外の事でも構いません」

二人はしばらく考え込んだ。

その間に啓助はコーヒーとビールを注文した。

「妹さんは、会話を録音されてましたな」

達磨が言った。

「録音?」

「もちろん我々の同意を得てですよ。後で聞き返して、その時に気が付かなかった事があったり、メモの代わりだと話されていました。それと、お大師様の財宝伝説やレイラインも興味を持たれたようでした」

「ほぉ」

「意外な視点から思いもよらぬ着想が浮かんでくるとかなんとか、そんなような事を言うてた思います」

パン。

達磨が勢いよく片膝を叩く。

「あぁ、何で島の祖神であるオホノデヒメをお祀りするのが山の上なんですか? とも聞かれました」

「確かに……言うてたわ」

大きく頷き相槌を打つ眼鏡。

「すみません。何で山の上というのは? どういう意図があるのでしょうか?」

「一応、ユナキ神社は星ヶ城山、オホノデヒメ神社は銚子渓の頂き近くにあります、分かり易く噛み砕きますと、地域の人々がお参りしずらい場所にあるのは何故か? 言うことです」

「なるほど、確かに」

「一応、ユナキ神社の方は拝殿が寒霞渓展望広場の傍に、あるにはあるんですがね」

「島の高い場所から人々を見守っている言うことですな」

達磨は5杯目のコーヒーを飲み干した。


「もともとは西龍寺のある麻霧山の麓にあったと言われています。応神天皇が島に行幸された折、そこに島玉神を祀ったと伝承があります。確か今も小さな祠があるはずです」

「西龍寺……」

啓助の頭の中に、昨日会った住職の穏やかな笑顔が浮かぶ。

「瀬田神社の事も気になっておられましたな……こんな話が妹さんの行方が分からないのと、何か関係があるのでしょうか?」

「分かりません……」

しばしの沈黙が流れた。

ラウンジの喧騒。

カラン。

グラスの中の氷が溶ける。

「お気持ちお察しします。そしたら、我々はこの辺で失礼します」

眼鏡がそう言うと、二人は立ち上がった。

「わざわざ、ありがとうございました」

啓助は深々と頭を下げた。

そして二人を玄関まで送り、ラウンジのテーブルに戻った。

想像以上に情報量が多すぎた。

伝説の島か。

とりあえずもう一人の郷土史家に会おう。

スマホの画面に写る舞の顔を見て微笑みを返す。

ロビーは暖かな陽射しに包まれていた。

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