美樹の朝
部屋には美樹が描いたイラストが飾ってある。
キャラクターから風景から抽象的なものまで。
ただ小さい頃から絵を描くのが好きだった。
高校の入学祝に両親がパソコンを買ってくれた。
パソコンで描くのもいいけど、スケッチブックに描く方が好きかもしれない。
サラサラ、かりかりと鉛筆の紙に擦れる音とか。
美樹はベッドからもぞもぞと這い出ると、部屋の真ん中のテーブルに置いてある、昨日描いていたイラストの下書きを見る。
「何か違うんよなぁ」
卒業記念の作品の構想が定まらない。
漠然としたイメージはあるのだけれど、しっくりくる物がなかった。
こういう抽象的な言い回しをして、あたかもちゃんと取り組んでいるように思わせている節がない訳でもない。
あくびをしながら立ち上がり部屋を出ると、一階へ降りて洗面所へ立ち寄り顔を洗った。
鏡に映る自分に「おはよう」と声を掛ける。
黒目ぱっちりの、まあまあ、かわいらしげな女の子が微笑み返している。
寝ぐせを見つけて直しながら、キッチンへ行くと母が一人で朝食を摂っていた。
「おはよう、美樹もご飯食べるやろ」
母はこちらを向くと立ち上がり、朝食の準備に取り掛かった。
「おはよう、母さん、ありがとう」
「簡単なもんしかないけどな」
美樹は頭を掻きながら、冷蔵庫の中の麦茶が入った容器を取り出しテーブルに置いた。
「あれ、父さんは?」
「いつものよ」
母は手にしていた菜箸の先をクッと上げて呆れている。
「あー、お魚さんね」
父は月に一回は朝釣りに出かける。
小さい頃に、一度だけ眠い目をこすりながら付いて行った。
大きな魚と父の誇らしげな笑顔が記憶に中にある。
コップに麦茶を注いで椅子に腰かける。
スマホには香と撮った写真が写し出されている。
ぼんやり見ながら、にやけていると、
「なに? どうしたん?」
母が朝食をテーブルに置き、不思議そうに首を傾げていた。
美樹は朝食を済ませると、部屋に戻り着替えをした。
黒のプリントTシャツにベージュのキュロットスカートを履いて、髪を後ろでまとめ上げた。
まだ、香との約束の時間には早い。
スマホを手にテーブルの前に女の子座りをして、ゲームにログインする。
香は入ってないんか……
うー、デイリークエスト面倒やな……
あ、フレンドのアヤカさんがおるやん。
美樹はアヤカにチャットで話しかける。
アヤカはすぐに承諾をしてくれた。
「アヤカ おはようございます、デイリー手伝いますよ」
アハハ、バレてるやん……
そう思いながら、返事をした。
「ミイ ありがとう、デイリーだけやけど助かります」
「アヤカ 全然いいですよ~」
アヤカは優しい。
香と一緒に「原神」というオープンワールドゲームを初めて2年がたつ。
キャラクターデザインが可愛くて一目惚れをして始めた。
いつもは基本二人で遊んでいるのだけど、1年位前、香とマルチをしていた時にアヤカさんからの参加申請が来て誤って許可してしまった。
けれどアヤカさんは、ゲーム自体にめちゃくちゃ詳しくて。
宝物やボスを倒したり、いっぱい助けてくれた。
何よりも親切で優しかったのもあって、香と一緒にアヤカさんにフレンドになって貰った。
20分位でデイリークエストが終わり、チャットでお礼をする。
「ミイ アヤカさんありがとう」
「アヤカ どういたしまして、また遊びましょう」
美樹はショルダーバッグにスマホを入れて部屋を出た。
「香のとこ、行ってくる」
キッチンにいる母に、顔だけ出して声を掛ける。
「気いつけて、幸ちゃんにもよろしく言ってな」
「うん、もちろん」
親同士も仲が良く、たまに三人でご飯を食べに行ったりしている。
白のスニーカーを履いて家を出る。
蝉の鳴き声と共に熱気に包まれた。
「はーん、暑いな…」
自然と独り言がこぼれる、
「おはようさん、今日もきれいやね」
玄関先の鉢植えに咲いている白い花に声をかけて歩き出す。
それは母が世話をしていて名前を聞いたが忘れてしまった。
絵本の中にありそうな花びらが大きくて、かわいい花。
家の前の道路を下り始めただけで、汗ばんでくる。
香の家までは、歩いて10分かからない程度の道のり。
チリン。
鈴の音がした。
視線の先、坂道が終わる辺りの十字路の角を曲がって、女性のお遍路さんが姿を現した。
「おはようございます」
美樹は自然に挨拶をする。
人見知りと言えど、お遍路さんにはちゃんと声を掛けている。
女性は立ち止まり、被っている菅笠の先をつまんで顔を見せた。
色白の鼻筋の通った美しい顔立ちに、微笑みを浮かべる。
「おはようございます、ありがとう、きれいなお嬢さん」
顔が赤くなった美樹は返す言葉が出てこない。
女性は菅笠を戻し小さく頭を下げて歩いていった。
美樹も釣られる様に頭を下げたが、その場に立ちすくしていた。
綺麗な人やったな……
そんな人に綺麗やなんて言われると恥ずかしい。
背中がむずむずして肩を揺らした。
「ふう」
小さく息を吐いて歩き出した。
そやけど……
ちょっぴり嬉しいな。
肩をすくめ顔が綻ぶのがわかって、
「いややわ……もう美樹、しっかりせんと……」
両手で頬を抑え、ぺちぺちと軽く叩いた。
振り向いて見たがお遍路さんの姿はなかった。
ありがとう綺麗なお遍路さん。
気を付けてね。
そう、心の中で呟いた。
そして、聞いたことないイントネーションを頭の中で真似してみた。
意外と難しく「きれいな」のきにアクセントを入れるのが、上手く出来ない。
「ま、えっか」
十字路の角を曲がり鼻歌交じりに歩く。
ブーン。
風に乗り、テントウムシが飛んできた。
「てんとうさんや……」
美樹は立ち止まり人差し指を突き出して、じっとしてみる。
テントウムシはふらふらしながら、美樹の指に止まった。
チョロチョロと指の上を歩いている。
「おはようさん、あんたはごはん食べたん?」
顔を近づけると、テントウムシは羽を広げて飛び去った。
青い空の中へ。
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