闇の中に
雲一つない空に星が瞬いている。
二人の男が藪を掻き分け山を登っていく。
頭に付けたライトと懐中電灯を携え道なき道を進んでいた。
もう一時間ほど山中をさ迷っている。
麓から登って来たことを考えれば三時間ほどにもなる。
「確かこの辺から、藪に入って……」
年配の男はさっきから同じような言葉を繰り返していた。
「道を間違えたのでは?」
若い男も何度目かの問いを投げかけた。
「いや……」
年配の男は足を止める。
目の前に一本だけ幹の太い木が聳える。
鬱蒼と茂る葉が月明かりをも遮り、闇を膨らませている。
「これが、目印か」
「そのようですな……」
若い男は鞄の中からノートパソコンを取り出し電源を入れた。
モニターの明かりが異様に明るい。
画面には夕凪島の地図が表示され、赤い点がいくつか点滅している。
その中の一つの点をクリックした。
「この赤い点があるのが、例の場所の筈です……現在地がここです」
「なるほど」
年配の男は、眼鏡を外してパソコンに表示された地図を見た。
赤く光る点は八十八ヶ所中すでに八十四ヶ所まで増えていた。
男は思わず喉を鳴らす……情報は限りなく少ない。
「ん? 何だ?……」
若い男はキーボードを叩きながら、画面を食い入るように見つめた。
「どうした?」
「この赤い地点に神社がある筈です……しかし今の地図にはありませんね……」
「神社? こんな山の中にか?」
年配の男は首を傾げた。
「とりあえず、行ってみましょう」
若い男を先頭に、さらに山の奥へと入っていく。
カサカサ。
二人の男の足音と、わずかに吹く風が枝葉を揺する。
ライトにうつし出されるのは木々ばかり。
同じところを歩いているような錯覚さえしてくる。
「おかしいですね……この辺りの筈ですが……」
若い男はパソコンの画面を見つめる。
「おい、あの先に何か見えないか」
年配の男は懐中電灯の光で、それを指し示す。
その光の指す方へ木々の合間を抜けていく。
淡く白く闇に浮かび上がったのは、石造りの小さな鳥居だった。
「これか……」
年配の男は眼鏡を外し汗を拭う。
鳥居は子供が一人通れる位の大きさ。
慎身に身を屈めて抜けた。
地面は石畳になっていて、その先には洞窟が口を広げていた。
「行ってみるか」
若い男は黙って頷いた。
洞窟の入り口は大人が数人並べる程の大きさ。
意外と大きい。
高さは手を伸ばしたら手がつく。
奥に進むに連れ空間は広くなっていく。
洞窟は緩やかに下っているようで天井は明らかに高くなった。
地面が自然の岩場から平面の石畳に変わる。
その空間の奥には小さな本殿らしき建物が壁にはめ込まれたようにあった。
埃っぽいのか、酸素が薄いのか。
とにかく不快な重々しい空気。
年配の男はたまらず口にした。
「なんだ、ここ、空気が悪いな」
本殿の入口の両脇には狛犬らしき石像が置かれていたが、原型は留めていない。
その台座には苔が蒸していて長い年月を感じさせた。
「気分が悪い? 頭が締め付けられるようだ……」
たまらず、地面に腰を下ろした年配の男。
「そうですね、吐き気がします……しかし本当に、こんなところに神社があったとは……一体いつ頃、建てられたのでしょうか」
若い男はライトで周りを照らす。
「そう言われてみれば、確かに」
本殿に近づこうとした若い男の足が、ピタリと止まる。
「……どうした?」
「この先、本殿の中から冷たい空気が出ているような」
若い男は頭を押さえて首を振った。
「とりあえず、中に入ってみよう」
年配の男はこめかみを押さえながら立ち上がる。
本殿の中に足を踏み入れると、ひやりと一段空気が寒い。
「これは……」
思わず二人は息を飲んだ。
石造りで10畳ほどの広さだった。
中は荒れ果てていて、床は土で汚れており壁や柱に亀裂が入っている。
そして、何より目を引いたのが奥の台座に置かれた鏡。
神社で鏡があること自体は不思議ではない。
埃や塵にまみれてはいるものの、ライトの光を反射する輝きは保たれているようである。
「何なんだ? これは……」
年配の男が鏡に触れようと、近づいたがすぐに後ずさる。
「ダメだ、気分が悪い……」
そのまま入り口付近まで戻った。
若い男は鏡に近づき、覆っている埃を払う。
指には氷のような冷たさが伝わる。
ライトの光を受けた鏡は眩いほどにはじき返す。
目が眩んだ若い男は、ライトの光で地面を照らした。
「ダメですね……この鏡の傍は……」
首を振る若い男。
鏡を取ろうと掴んでも、それを支える台座と一体化しているようで、びくとも動かない。
「何か手掛かりはあるか?」
年配の男が何気に向けたライトの光が、鏡に反射し天井を照らす。
キラッと何かが煌めく。
「どういうことだ?」
天井を見つめるとそこには鏡がはめ込まれている。
「上を照らしてください」
若い男の声に年配の男は天井の鏡にライトの光を当てる。
「ほう……」
天井の鏡に反射し光が、今度は床にぼんやりと紋様らしき物を浮かび上がらせる。
しかも、床にも鏡があった。
「これは、何を意味しているんだ?」
「とりあえず、写真を撮りましょう」
二人の男はスマホのシャッターを切った。
床の鏡に光を当てると天井に床とは違う紋様が姿を現した。
『縁なきものは去れ』
頭の中に響いた無機質な声。
「おいなんだ聞こえたか?」
年配の男は辺りを見回す。
「ええ、聞こえました……ダメですね、頭が痛い……」
「出よう……」
本殿から出ても、締め付けられるような痛みは消えない。
「とりあえず、外に出るぞ、吐きそうだ」
年配の男を先頭に、出口へと向かう。
「うつし出された紋様が鍵ですよ」
若い男は、頭痛に耐えながら、ほくそ笑んだ。
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