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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


ホテルの大浴場で初日の疲れを取った啓助は、部屋の窓の外に広がる漆黒の世界をぼんやりと眺めていた。

ガラスに映る瞳はどこを見ているのか。

闇に浮かび上がるのは――

舞はこの島にいる。

煙草を咥え、火をつける。

ため息と共に吐き出した煙は目の前に漂う。

両手を後ろで組む。

しかし、不思議な島だ。

あの少女は何だったのだろう。

幽霊なのか、幻覚なのか。

舞はこの島にいると言っていた。

そして、あの子は舞を探すとも言っていた。

ふうー。

途切れかけたもやを窓に吹き付ける。

西龍寺の住職も不思議な人だった。

まるで心を見透かされたような感じだったし、寺自体の雰囲気も形容しがたい畏敬があった。

龍に纏わる話もあった。

確かその話はこの地域一帯にいた龍の怒りで水害が絶えなったのを弘法大師が鎮め、その力で湧水が湧くようになったというものだった。

派生した話もあって、西龍寺のはるか沖の竜宮城へ龍を封じたというもの。

いずれも舞が聞いたら喜びそうな話だ。

ふうー。

灰皿で煙草を消す。

そうだ、明日の為に少し知識を入れておこう。


啓助は思い立ちノートパソコンを開き夕凪島に関することを調べてみた。

夕凪島は古事記にその名を記されていた。

手早く要点だけを追った。

古事記の国産み神話でイザナギとイザナミが高天原の神々に命じられ、日本列島を構成する島々を創成した物語で次のような順番になる。

1・淡道之穂之狭別島あわじのほのさわけのしま淡路島。

2・伊予之二名島いよのふたなのしま四国。

胴体が一つで、顔が四つある。

愛比売えひめ伊予国。

飯依比古(いいよりひこ、イヒヨリヒコ)讃岐国。

大宜都比売(おおげつひめ、オホゲツヒメ)阿波国。

建依別たけよりわけ土佐国。

3・隠伎之三子島おきのみつごのしま隠岐島。

別名は天之忍許呂別あめのおしころわけ

4・筑紫島つくしのしま九州。胴体が一つで、顔が四つある。

白日別しらひわけ筑紫国。豊日別とよひわけ豊国。

建日向日豊久士比泥別たけひむかいとよくじひねわけ肥国。

建日別たけひわけ熊曽国。

5・伊伎島いきのしま壱岐島。

別名は天比登都柱あめのひとつばしら

6・津島つしま対馬。

別名は天之狭手依比売あめのさでよりひめ

7・佐度島さどのしま佐渡島。

8・大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま、オホヤマトトヨアキツシマ)本州。

別名は天御虚空豊秋津根別あまつみそらとよあきつねわけ

最初に産まれた八つの島にちなんで、日本を大八島国(おおやしまのくに、オホヤシマノクニ)という。


はあ……

啓助は煙草を取り出し火をともし、大きく吸い込んだ。

舞から聞いたことがある名前もちらほらあったが、正直な感想は、名前が憶えづらい。

燻らせた煙が目にしみる。

首を振り、その続きを読み進める。

イザナギ、イザナミはさらに、六つの島を産む。

1・吉備児島きびのこじま児島半島。

半島となったのは江戸時代で、それ以前は島であった。

別名は建日方別たけひかたわけ

2・夕凪島(ゆうなぎしま、ユナキジマ)夕凪島。

別名は大野手比売(おおのでひめ、オホノデヒメ)

3・大島(おおしま、オホシマ)屋代島(周防大島)。

別名は大多麻流別(おおたまるわけ、オホタマルワケ)

4・女島ひめじま姫島。

別名は天一根あめのひとつね

5・知訶島ちかのしま五島列島。

別名は天之忍男(あめのおしお、アメノオシヲ)

6・両児島ふたごのしま男女群島。

別名は天両屋あめのふたや

舞のおかげで歴史に興味を持てたが、話を聞いているのと自分で考えるのは全然違う。

まず、神様の名前がやはり読みづらいし長い。

アメだのオホだのワケだの、訳分からない。

啓助自身、感想があまりにも下らなくて、思わず笑ってしまう。

夕凪島は島産みのくだりに出てきた。

古事記に書かれている神話なのだから、古くから重要な場所だったのは想像に難くない。

だからといって、それ以上の発想は啓助の頭には思い浮かばない。


啓助はふと、舞とのやり取りを思い出した。

「歴史はね、その時の権力者によって当事者が都合がよいように書き換えるの……史実であって真実ではないんだよ」

「なるほど」

「だから、古事記や日本書紀だってそうなんだ」

「へー、そうなのか」

「その時の支配者が一応、自分達は神様の末裔ですよって事を内外に示すために作ったものだから。全部嘘ではないけど、真実でもないと思うんだ。都合のいいようにまとめたのよね」

「ふーん」

「だって、はるか昔の縄文時代の人々は争いをしなかったんだって。豊かな自然と共にいて生きていた。そしてね、一説には縄文の人々は女性を大切にしていたんだって」

「争いもなくて、女性を大切に」

「その名残が卑弥呼みたいな、女性の巫女が集団の指導者みたいな立ち位置に居たんじゃないかなって」

「なるほどね」

「国譲りみたいな話って、渡来人と呼ばれる人達を受け入れたよいう過程を書いてると思うんだ。面白いのは、その渡来人がもともと日本を旅立った人達が戻ってきたっていう説もあるみたいなの」

「ん?じゃあ、渡来人も元々は日本人ということ」

「そう。だから神武天皇が東征する話も、縄文の人々と融合していく物語。それは文明や技術をもたらしたけど、自然と共生してきた縄文の人々の多くは受け入れられない部分があったんだと思うのね、結果、蝦夷と時の政府から呼ばれ淘汰されていくことになるんだけど……」

「俺が学校で教わっていたのと全然話が違ってくるな」


「これは証拠もなにもないから、学校で教わる歴史は定説で当たり障りのない事しか教わらないし、私も面白くはなかったな……」

「年表覚えるのに、必死だった」

「そうなっちゃうんだよね。そうだ、でね古事記や日本書紀は、乙巳の変で権力を握った時の政府が都合の良いように作ったお話って私は考えているんだ。アマテラスだって男性だったって話もあるし」

「まじで? 男なの?」

「そういう説があるってこと。でも女性とした理由があるとすれば、私が思うに、もしかしたら未来を予測して女性が導く社会が来ることを暗示した、もしくは縄文の祖先をリスペクトして女性にしたって可能性もあると思う」

「はいはい、確かに面白い」

「乙巳の変とか、明治維新なんていう表現で聞くとあまり悪い印象を受けないけど結局はクーデターでしょ? 明治維新ほど悪辣ではないにせよ、乙巳の変だって物部氏や蘇我氏の権力闘争の鳴れの果てで、権力を握った蘇我氏に対する、中臣氏、後の藤原氏と中大兄皇子が起こした暗殺及び反乱だもの」

「それで」

「その時、蘇我氏が作ったと言われる歴史書は火事で焼失してしまったの。『国記』(こっき、こくき、くにぶみ、くにつふみ)と『天皇記』(すめらみことのふみ)て言って聖徳太子と蘇我馬子が編纂したものとされているの」

「ほう」

「ただ『国記』の方は船恵尺ふねのえさかという人が燃え盛る火の中から持ち出して。中大兄皇子、つまり後の天智天皇に献上したと言われているんだけど現存していないのよね……なぜかしら? 都合の悪いことが書かれていた、なんて勘ぐってしまうでしょ?」

「うんうん、すごいな、歴史って意外と想像力が必要なんだな」

「うん、必要だと思う。立証や検証は難しいけど、考えるのは自由だし、現代でも解決できない事や不思議な事件だってあるでしょ? 決められた枠組みの中で考えた事だけじゃ、物事の本質って見えないでしょ?」

「ふーん、なるほどね」

「それにこういう見方も出来るかなって、古事記や、日本書紀を作った人達からすれば、それが善意ということもあると思うな、失われたものをまとめて残すっていう意味合いでみるとね、だってそれ以前の事って何にも分からないんだもん。でも、それが真実かどうかは別の話だけどね」

「面白いね」


「そうそう、お兄ちゃんは、古事記や日本書紀には日本の象徴の一つが書かれていなの知ってる?」

「日本の象徴? なんだろう?」

「ヒントはね、日本一」

「んー、え、富士山?」

「ピンポーン、不思議でしょ? 知らなかったのか、記す必要がなかったのか、どんな意味があるのか? 考えてるとワクワクするでしょ」

「そうなんだな、確かに興味深い」

「まあ、かく言う私も都合のいい話を付け合わせているだけだけどね、でも何か見えてくるものがあるんだ」

歴史について話をする舞はいつも饒舌だった。

舞が歴史に興味を持ったのは祖母の影響が大きいだろう。

取り分け祖母が残した書籍を舞は同世代が読む漫画のように読み漁っていた。祖母が他界したのは舞が小学校三年生の時だったが、正月には家族で百人一首をするのが恒例で祖母の薫陶を受けた舞は小学校に上がる頃には毎年一人勝ちの状況であった。


そういえば舞が中学校の頃、こんな大人びたことを言っていた。

「お兄ちゃん、なんで、人間はご飯を食べるか分かる?」

「エネルギーを得るため?生きるためでしょ?」

「んー、間違いじゃないけど、自然の一部だからよ」

「どういうこと?」

「野菜や果物、肉や魚を食べるでしょ、そして排泄をする。人は自然の循環の一部なの」

「へー」

「特に日本人は、ご飯を食べる時に「いただきます」食べ終わったら「ごちそうさま」っていうでしょ。それはね感謝してるからなんだよ。食べれる事が出来る自分と、食べ物に対して、もっと言うとそれを作ってくれた人や携わった人とか」

「そして、排泄物は次の命のバトンになって肥料として土と一緒になって植物を育てて虫や動物も育てて、雨で流れた養分は川を流れて海を豊かにするの、だから自然の循環の一部なんだよって事を忘れないためなんだ」

「ふーん、なるほど」

「私達の遠い遠いご先祖様はそれを知っていたんだよね。例えば、ある実験でね、同じ植物を二つ用意して良い言葉と悪い言葉をそれぞれにかけ続けたんだって、そうしたら、悪い言葉を掛けられた植物は枯れてしまって、良い言葉をかけた植物は普通以上に育ったんだって」

「そうなんだ」

「日本語には言霊っていう概念があるの知ってる?」

「聞いたことはあるけど」

「さっき言ったように、日本語の持つエネルギーって凄いんだよ。だから、縄文のご先祖様は植物や土でも虫でも動物でもありとあらゆるものに、お話ししてたんだって、万物に神宿るっていうでしょ? 自然に感謝し自分に感謝しみんなに感謝して、愛し愛され生きていたんだ。ありがとうとか愛してるとか良いエネルギーを持つ言葉を使うといいんだって、自分にも人にも」

「自分にも?」

「そう、自分にも。自分を愛で満たせなければ、人を助け愛すことは出来ないんだって、その為に自分を好きでいてあげられるのは自分しかいないでしょ?」

「そうか、すごいな舞は」

「大好きだよ、私。大好きだよ、お兄ちゃん」

「大好きだよ、俺。大好きだよ、舞」

そうだよな……

「ありがとうな、俺。ありがとう、みんな」

啓助は漆黒を映し出す窓に映る自分に対してそう呟いていた。


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