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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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帰路

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


終章

啓助はチェックアウトを済ませると、舞と一緒にホテルの駐車場から目に馴染んだ風景を眺めていた。

夕凪島の景色は何処から切り取っても絵になる。

ありきたりの表現だがピッタリだと思う。

いつものようにキラキラとした凪いだ瀬戸内海の沖合には数多の船が行き交い。

青く高い空には、大小さまざまな形をした白い雲が瀬戸内海に浮かぶ島々のように点在している。

その中を一筋の雲を描いて飛行機が西の空へと進んでいた。

三井津岬の大岩には海鳥が羽を休めに来ていて、麻霧山の西龍寺の護摩堂が陽射しを受けて輝いて見える。

気分が高揚していてのもあって、ベッドに横にはなったものの結局眠れず、それは舞も同じだったようで、気が付けば、まだ東京に帰っていないのに、二人で思い出話をしていた。

昨日の暑さに比べれば全然ましだが、遮る物がないお陰で陽射しが鋭く照りつける。

その中をトンボが何匹も緩やかな風に乗りフラフラと舞っている。

「じゃあ、行こうか」

声を掛けると舞は黙って頷いた。


走り慣れた瀬田町の町並みも見納めかと思うと寂寥が湧いてくる。

瀬田港のフェリーターミナルで、長らく世話になった車の熱を帯びたボンネットに手を置いて、労を共にした戦友に別れを告げた。

乗船の時間までは余裕があったので近くを散歩することにした。

折角だからと舞はリュックから少女達が残していった麦わら帽子を取り出し、それを被って防波堤沿いの道を歩く。

旅慣れた舞の経験値のお陰で大き目の荷物はホテルから自宅まで送ってもらうことしたから身軽である。

「気持ちいいな」

舞は両手を上げて、大きく息を吸っている。

潮風公園に入ると、一段と蝉の鳴き声が聞こえてきた。

帽子を被った男の子達が虫網を片手に園内の木々を見上げて、それを狙っているようだ。

公園の中心にある大きな楢の木。

その木陰にあるベンチには親子が座り団欒の一時を過ごしている。

麦わら帽子を被った子供は姉妹のようでこっちを向くと揃って手を振ってきた。

「かわいいね」

舞が手を振り返すと、啓助も同じように手を振る。

すると姉妹は見つめ合って笑い出していた。

姉妹の両親に会釈を返し、舞はくるりと身を翻すと防波堤に上がり手招いている。

舞の隣に腰掛けると、初めて夕凪島に来た日の宵凪の海を思い出した。

そういえば、こんなことしたっけ……

足を交互に動かして、舞は海を見つめている。


「今回の研究の成果はどうだった?」

「そうだね。今はお腹一杯かな……フフフ」

「そうか。舞はさ、結構旅に行ってるじゃないか」

「ん?」

「いや、俺はさ旅行らしい旅行ってしたことないからさ」

「だったら、彼女の一人でも作りなさいよ」

「いやいや、そういうのじゃなくて、旅の終わりって、何て言うんだろう。寂しいような感情って湧くのかな? 家に帰った方が楽だし、上手く言えないけど、こんな風に旅をした時になるのかなってさ」

「うーん、そうだな……基本は行きたい所へ行って楽しいし、絵美や彩也と一緒っていうのもあるのかな。寂しいっていうのはないかもね。でも、お兄ちゃんの言いたいことは分かる。……今の私もそうだもん」

舞は顔を突き出して空に向かって呟いた。

「そうなんだ……何でだろう?」

「理由なんて考えたって仕方ないよ。敢えて言うなら私達の魂が喜んでいるんだよ」

海を見つめたまま、舞は微笑んでいる。

「魂?」

「うん、きっと、ここに縁がある魂なんだよ私達って『集いしえにしを持つ者達』そう神様が言っていたし、それから、お兄ちゃんも言ってたでしょ? 何か懐かしいって。私もそうだった。当たり前のような高い空に凪いだ海、聳える山に背の低い町並み、何処の景色も綺麗で穏やかでさ」

「うん……何か分かるような気がする」

「出会った人達もそう……きっと魂の繋がりがあったんだと思う。特に香ちゃんと美樹ちゃんはね」

「そうだね……」

耳に馴染んだ潮騒と背後で子供たちの笑い声がする。

「そうだ……今日の夕食だけど健太郎が御馳走するってさっき連絡があったわ」

「え? 絵美と彩也と、ご飯の約束しちゃったけど……」

「二人も呼んじゃおう、何せ功労者なわけだし」

「うん、分かった。後で連絡しとく」

無理に東京の話題を作ってみたが。

名残惜しさが増すだけだった。

きっと舞もそれは分かって話に乗っている。

キラキラとした水面にはパンダを描いたフェリーがこちらへ近づいてきている。

不意に舞は肩に頭を載せてきた。

鼻歌を歌っている。

聞き覚えのあるメロディだった。

麦わら帽子のつばが首に当たり擽ったかったが、それを聞きながら今の感情を味わった。

しばらくして、

「そろそろ時間だね」

舞は麦わら帽子を脱いで、髪を直しながらこちらを見た。

フェリーが接岸するために旋回しているのが見える。

防波堤から降りると公園には先程までの人影はなく、蝉だけが独り占めしていた。


フェリーターミナルの中はエアコンが効いていて冷気が火照った肌を冷ましてくれる。

何気なく見た視線の先に見慣れた姿があった。

キョロキョロしている香と美樹が手を繋いで佇んでいる。

美樹がこちらに気づいて手を振ると香もニコッと笑い手を振り、そして小走りで駆け寄ってきた二人の髪には桜の花の髪留めが付いている。

「良かった。もうフェリーに乗ってしもうたんかと思った」

「わざわざ見送りに来てくれたんだ、ありがとう」

舞は嬉しそうな、とても嬉しそうな顔をしている。

「あの、啓助さん舞さん、住所って教えてもらえますか?」

「ああ、別に構わないけど……香さん、ちょっと待ってね」

啓助はポケットからスマホを出して操作し始める。

その間、香と美樹は舞と楽しそうに写真を撮っていた。

「今、二人にメッセージ送ったからね」

すると、ニコッと笑った香と美樹が両側に駆け寄りピースサインをしている。

「お兄ちゃん、こっち」

「ん?」

舞の方を見ると、カシャッとシャッター音がした。

スマホをこちらに向けて構えていた舞は笑いながら、

「はい、今度は一人ずつね」

その指示の元、香と美樹とそれぞれ写真を撮る。

最後には四人で撮影をした。

みんなで舞を囲んで写真を鑑賞する。

間の抜けた顔をした啓助の両脇で香と美樹が笑顔でピースしている写真が映し出される。

三人の女性はこちらを見上げニヤニヤと見つめると、声に出して笑い始めた。

そうこうしているとあっという間に、出港の時間が迫ってきたようで、乗船案内が流れ始める。

「お兄さん、舞さん、また来てな絶対、約束やで」

美樹は大きな目を真っ赤にしながら笑顔。

「啓助さん、舞さんありがとう、また、連絡してもいいんかな?」

それは、香も同様で漆黒の瞳は潤んでいた。

「うちも連絡してもええん?」

「うん、絶対来るし、いつでも連絡していいよ。あと、お兄ちゃんにも気が向いたら連絡してあげて、フフフ」

「おいおい」

「してもいいん?」

「うちもかまわんの?」

「良かったねお兄ちゃん」

「別に大丈夫だよ」

返答に、香と美樹は顔を見合わせて微笑んでいる。

「香ちゃん、美樹ちゃん、またね」

舞はそう言うと一人一人にハグをして耳元で何か囁いたようだ。

二人の顔は綻んでいる。

「香さん、美樹さんありがとう」

啓助は手を差し出して一人一人と握手する、

香はそっとしっかり握り、美樹は途中からグッと力を入れていた。

「じゃあ、行こうか…」

舞を促しターミナルを出てフェリーに乗るまで、香と美樹は後ろにくっついて来ていて、そんな二人に手を振りながらフェリーに乗り込む。


啓助は舞を展望デッキへ誘った。

やはり風のお陰で暑さは和らいでいるが、天から降り注ぐ光はギラギラと眩しい。

右舷からターミナルの方を見て二人の姿を探すと、二人は手を繋いで接岸している埠頭から船を見上げ自分達を探しているようだった。

「おーい」

啓助が手を振ると、声に気が付いた二人は手を振り返してきた。

舞も声を出して手を振っている。

フェリーは少しの揺れを伴って岸壁を徐々に離れていく。

「啓助さん。舞さん。ありがとう」

香と美樹は声を揃えて叫んでいた。

負けじと舞と声を揃え、

「香ちゃん。美樹ちゃん。ありがとう」

大声で叫んだ。

手を振り続ける二人の笑顔が少しずつ小さくなっていく。

埠頭の端まで来て香は両手で、美樹はピョンピョン飛び跳ねながら手を振り続け、啓助と舞も両手を広げてそれに応えていた。

背後には麻霧山の頂近くに西龍寺の護摩堂が見える。

二人の姿が見えなくなる頃、大岩の近くを通り過ぎる。

啓助と舞は自然と手を合わせていた。

目を開けると大岩の辺りにぼんやりと蜃気楼のように小島が見えて消えた。


「一服だけしていいかい?」

「どうぞ」

舞は涙を拭っている。

「また、会いに来よう」

啓助はそっと肩を抱き寄せると、舞は黙って何度も頷いた。

その時、一人の女性が大きなキャリーケースを持ってデッキに上がってきた。あれ?

どこかで会ったかな?

長い髪が風に流され、女性がそれを直そうとした時こちらと視線が合った。

舞も気が付いたようで女性を見て会釈をしている。

相手も会釈をすると反対側の景色を眺め始めた。

「お兄ちゃん知ってる人?」

「いや、どっかで見たことあるような……」

「ふーん、お兄ちゃん、ああいう人が好みなんだ」

「え? そういうのじゃなくてだな……」

「あーあ、罪な男だね」

「おいおい、なんかしたか?」

舞は意味ありげな微笑みを浮かべている。

その時、舞のスマホが鳴り、少しの間を置いて啓助のスマホも鳴った。

「香ちゃんと美樹ちゃんからだ」

「あ、俺も」

舞は肩をすくめると嬉しそうに欄干を伝って船尾の方へ歩き出した。

「おいおい、ちょっと煙草吸いたいんだけど……」

船首の方にある灰皿と舞を交互に見て立ちすくむ。

舞はデッキ後方の欄干の傍でスマホを見ているようだ。

その姿を見ながら啓助は喫煙所で煙草を味わう。

そして二人からのメッセージを見る。

最初に来ていたのは美樹からだった。

『啓助さんへ、長い様で短かったけど、出会えた事嬉しかった。

うちと初めて会った時の事覚えてるんかな?

うち、人見知りやから、お客さんの応対はせえへんのや、特に初めてのお客さんには。

でもな、お兄さんには自然とうどんを出してたん。

香に言うたら恋ちゃうかって言われたんやけど、何やろなそんな風に抵抗がない人っておらんかったからビックリしてん。

それに、お兄さんの言葉に沢山救われたん。

何がどうって恥ずかしいから書かんけど、ありがとうございます。

うちの第一印象はどうやったんやろ?

返事くれたら嬉しいな。

それと、うちがもう一人の巫女やって見つけてくれてありがとう。

絶対また島に来てくださいね。大好きやでお兄ちゃん! 跡部美樹』

画像が二枚添付されている。

「凄い……」

一枚は二人の女性が半月や虫の形をした星が煌めく夜空の下、水面を舞台に舞を舞っている。

二人のシルエットはハートの形をしていて、左側の白い装束の女性の外側に水面から空へと弧を描いて水が一筋昇り、右側の黒と赤の装束の女性の外側には空から水面へと弧を描いて星が一筋落ちている。

その筋の輪郭には、いくつかの斜光が煌めいている。

観客はデフォルメされた様々な生き物達。

まさに神舞を連想させる、美しくて微笑ましくなるイラストだった。

もう一枚は、麦わら帽子を被った双子らしきそっくりな顔立ちの女の子。

寒霞渓の鷹取展望台のベンチに座り互いを見つめ合って微笑んでいる。

少し俯瞰で描かれた絵の背後の風景は、デフォルメされていて、突き出た岩の上に猿の親子がいる。

女の子の足元には猫や蝶やテントウムシ、鳥がいて、雲の間から漏れる光が二人を照らしているように見える。

まるで双子の神様をモデルにしたのかなと思う。

こっちのイラストは可愛らしく楽しそうな感じがする。

美樹の才能だなこれは……

あれ?

美樹も神様に会っていたのかな?

……しかしお兄ちゃんは少し照れるな。


次は香さんだな。

『啓助さんへ、とてもとても、不思議な出会いと、ご縁に感謝しています。

あまり手紙を書くことがないので、うまく伝わるかどうか。

啓助さんや舞さんと出会えて、自分の特殊な能力と付き合っていく自信が持てたように思います。

お二人と一緒に過ごした時間は色んな事があったけど、あっという間で、傍にいない日常が来るのが少し寂しいし切ない。

でもね、私知ってるん。

どうしようかなぁ……知りたいでしょ?

じゃあ、二人だけの秘密です。

あなたは、また島に着ます。

巫女の預言です。

もし、バラしたら……

化けて出てやりますからね!

それから……

大好きです、お兄ちゃん! 松薙香』

お兄ちゃんは照れるね……

三人も妹が居たら……

肩身が狭いだろうな……

三本目の煙草に火を着けて、香のメッセージの気になった一文を見た。

『あなたは、また島に着ます。巫女の預言です』

香は何かを見たのだろうか?

いやいや双子の神様の話じゃ力は無くなった筈では?

……どういう事だろう?

……まあ、秘密ね。

分かりました。

淡い潮風が吐き出した煙を攫って行く。

視線の先に広がる穏やかな青い水面と緑の島々。

広がる青い空と白い雲を見ていると、夕凪島の人々の顔が思い浮かんだ。

「ありがとう……」

白い航跡の遥か先の夕凪島に向けて呟くと、その山と海の一角がキラリと光ったような気がした。


         ◇


フェリーの客室で男が鞄の中から小さな石の欠片を取り出した。

5センチ四方の石の欠片の一部からは黒曜石の鈍い光が見える。

全ての目的には届かなかったが、これで巫女の力は必要としない。

この石から記録を抽出、出来れば……

「まさか、これが叡智の欠片だったとはな」

男は石を握り、肩を揺らして笑った。


拙い作品を、お読み頂きありがとうございます。

夕凪島は、瀬戸内海に浮かぶ小豆島をモデルにしています。

実際、作者が訪れて感じたものを書いてみたくて、書き上げたものになります。

今もまだまだ拙いですが、初めて書きあげた作品なのでそれなりの感慨はあります。

ここまでお付き合い下さった皆様には、こころから感謝申しあげます。

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