思いのほか
香達が帰った後、西龍寺では小さな騒動があった。
その報告を龍応が居間で一息のお茶をすすっている時に、川勝龍一郎がもたらした。
「例の鹿取良は、三人いるかもしれません」
龍一郎は腰を下ろしながら、小刻みに首を横に振った。
話している彼自身も信じられないという事なのであろう。
「どういうことですか?」
「理由は……確保した男を母屋の座敷に監視付きで見張っていたのですが、奴は目を覚ますと居間の窓から飛び出し、護摩堂の裏手から山に入りました。我々は毛利さん達と登山道から追いかけ、山頂に着いた時には、話があった通り彼は神に消されたと伺いました」
「そうだが……」
「ところが、私達が境内に戻ると、龍順住職が数人の仲間と参道の方から境内に歩いて来てました。山頂での出来事を説明すると、龍順住職は青ざめた顔でこう仰いました。いや、今我々は山から下りてきた奴を参道の下まで追って行った所ですと……奴は参道の先の崖を飛び降りたらしく、残念ながら取り逃がしましたが……」
「それでは、神によって消された他に? いや岡山に向かった奴が戻って来たのではないか?」
「私もその可能性を考えました、ただ奴が乗った新岡山港行のフェリーの時間で、夕凪島に戻れるフェリーの時間は二便しかありません。土庄港に配置していた見張りを搔い潜った可能性はゼロではありませんが、仮に新岡山港から姫路港や高松港に向かったとしても、それぞれの最終便には間に合いません。しかも我々が確保した一人が、京一郎と面識のあるカラスでしたから」
「あと、二人いる……」
「ええ、三つ子という事でしょうね。ただ、神舞が無事に終わった今となっては彼らの目的が何だったのか……」
龍応は神に向かっていった男の事を思い出した。
その時、奴には殺意に近い物があった。
いや殺意だ。
神を殺すことによって得る物があるとでもいうのか?
いや、消されたと思っていただけではないのか?
いやそれはあるまい。
男が光に包まれ確かに消えたのだ。
その時の映像は頭の中にしっかり残っている。
どこに消えたかはこの際問題ではない。
姫巫女様を狙った天罰と理解しよう。
それよりも……
「あなたには迷惑を掛けますが、姫様達の警護はしばらくの間続けて下さい」
「了解しました。ひとつ気になることがあるんですが」
「伺いましょう」
「彼らの目的が分からないと言いましたが、京一郎がカラスと同行していた折に、世を人の手に戻すという様な事を話していたらしいんです。それの意味する所が理解できないんですが、可笑しいと思いませんか? 確かに神に消された。この場合、鹿取で良いでしょう。奴一人でも我々は手を焼いたわけですよ、一人岡山に去ったとはいえ、もう一人いたのであれば、なぜ二人であの場所に現れなかったのか?」
「……」
「もちろん奴らの目的が分からない以上、憶測にはなりますけど、狙いが姫巫女様なり、神宝なり、神舞の阻止、それらに関わる何かなのかもしれませんが、我々の知らない別の狙いがあったとしたら……」
「別の狙い?」
龍応は頭の中を掛け巡らせて、奴らの欲する物を思案する。
「まあ、考えすぎかもしれませんが……」
龍応は立ち上がると地下室の書庫へ向かった。
龍一郎は黙って後をついてくる。
地下室への扉の鍵は掛っている。
書庫の本棚を確認するが紛失している物はない。
安堵のため息をつく。
それと同時に何故か言いようのない焦燥感が湧いてくる。
何か忘れているのか?
見落としているのか?
そのまま円卓の椅子に腰かけた。
「とりあえず、文献の類は大丈夫ですね……」
「それは、なによりです」
龍一郎も椅子に腰かける。
「ただ、推し量る事しかできませんが、あなたが言う、我々が知らない奴らの狙い……大いにあり得る事です」
龍応は肩を落とした。
ただ、姫巫女様達は無事だ。
我々、代々の使命は果たしているではないか。
それで何も問題はないはずだ。
「しかし、薄気味の悪い奴らでした。そもそも奴らはどこで情報を得たのでしょうか……」
龍一郎は組んだ手の上に顎を乗せ、眉間に皺を寄せている。
「もう一度、文献を確認してみますが、恐らく神舞の折、姫様に憑依した神様が襲い掛かる奴に申された言葉を察するに、伝えにある神の叡智を掠め取ったという者の末裔ではないかと」
「神の叡智を掠め取る……? 何者です?」
「いや、名前は明記されていなかったはずです……」
「そうですか……」
あの時の神様の物言いから察するに、正確に奴の先祖は憎悪の対象であったのは相違あるまい。
神様がこの世に生きていた折に何か因縁が遭ったのは想像に難くない。
伝える書物の中に、それを思わせる記述もあった。
ああそうだ、此度の出来事を追記しなければ……
神に選ばれし者、憎まれし者……
『集いし縁を持つ者達』か……
「一杯、付き合ってくれませんか?」
「久しぶりですね。でも務めに支障が出るのでは?」
「お茶ですよ……」
「あっ、それは……」
頭を掻く龍一郎を見て、しばらくぶりの晩酌も悪くない。
「いや、でもそれもいいですね……今晩どうです?」
「遠慮なくお供します」
龍一郎が円卓に平手をついて頭を下げると、空疎な笑い声が地下室に響いていた。
お読み頂きありがとうございます。
感想など、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたらスキをポチッと押して頂けると、
とてもうれしく、喜び、励みになり幸いです。




