訪問者
やがて山頂に着くと、夏とはいえ涼しい風が纏った装束の袖を揺らして通り過ぎる。
六角形の舞台には薄っすらと星空が映し出されていて、東の空にはすでに下弦の月が顔を出している。
その明かりのお陰で互いの顔が分かるくらいだった。
「まだ、少し時間があるので休みましょう」
住職が皆に声を掛ける。
香は何処で休むのだろうかと、住職の動向を見ていたら、舞台から洞窟へ続く通路の脇に人数分のパイプ椅子が備えてあった。
住職が準備してくれたのだろうか。
「どうぞ」
住職の声に促されて、それぞれ席に着く。
香と美樹の家族。
住職、啓助と舞のグループになって椅子に座った。
住職は時々、席を立ち夜中だというのに誰かと電話で話している。
啓助は恐らく煙草を吸いに席をたったんだろう。
一人座る舞と視線が合うと親指を立てニッコリ微笑みを返してくれた。
香が真似をして親指を立てると、舞は驚いたのか目を見開いて、うんうんと頷き両手で親指を立て腕を突き出した。
隣の美樹もそれに気づいて舞に向かって親指を立てている。
吹き抜ける風がカサカサと枝を揺らす。
それに合わせて装束も風を含んでは抜け、呼吸しているようで少しくすぐったい。
月明かりの中に何かが光っている。
何だろう?
目を凝らして見ていると、一匹の蝶が風に乗りひらひらと優雅に羽根を羽ばたかせ宙を舞っている。
蝶は少しずつ高度を下げると六角形の舞台に止まった。
「美樹、そろそろや」
「ん? 分かった」
香は美樹と手を繋いで立ち上がると、舞台に歩み寄りスニーカーを脱いで足を踏み入れる。
足袋を履いていても、ひんやりとした冷たさが足に伝わってくる。
すると、そこに止まっていたテントウムシが飛び立ち、後を追うようにモンシロチョウも空へと舞い上がった。
「香ちゃん、美樹ちゃん、普段通りね、フフフ、二人とも綺麗だよ」
神宝を持って来てくれた、舞の笑顔が月明かりに照らされる。
「舞さん、見ててね」
香は柄の先が白い神宝を受け取り、両手でしっかり握りしめ振り返った。
「ほんなら舞さん見届けて」
美樹の声を背中で聞いて、香は舞台の中央辺りで美樹を待った。
美樹が向かい合って笑顔を投げかけると、互いに手を伸ばして位置を調節する。
見つめ合い目で頷くと、香が声を掛ける。
「音楽お願いします」
「分かりました。掛けます」
啓助の声がした。
そして数秒後、スピーカーから笛とショウの大きな音がゆったりと流れ始め山頂に響き渡る。
◇
龍応は実際に、二人が神舞を踊るのを目にするのは初めてで、音楽に合わせ舞う二人の乱れのないその動きに固唾を飲んだ。
床面に反射した月明かりが二人を包み鮮やかな装束を引き立たせている。
ゆったりとした音色に合わせて舞う二人の姿は、天女のように神々しい。
巫女の舞が神の戯れの如しとは良く言ったものだ。
ただそれと違うのは踊っているのが巫女ではなく神の子であるという事。
「待て!」
遠くから微かに声が聞こえ、それは洞窟から続く通路の中からのようだった。
大きくため息をつく。
仕掛けて来たのか……
そこまでする理由は何だ?
視線の先の香と美樹は、気が付いていないようで踊り続けている。
龍応がいる場所と舞台を挟んだ反対側にいる親達も二人の舞を見つめている。
複数の足音が近くなり、林の中に潜み待機していた京一郎と大内渚が現れ、通路の出口に立ち塞がった。
通路に向けて閃光が走る。
京一郎がフラッシュライトを使用したようだ。
舞台の傍の通路の脇に龍一郎と真一郎が香と美樹を守る様に立っている。
龍応は苦虫を嚙む思いで神舞を踊り続ける二人の傍に行き、
「申し訳ありません、少しこのままでお願いします」
二人の間に割って入り頭を下げた。
同様に親達にも頭を下げ、そのままでと声を掛ける。
啓助と舞は舞台の脇で様子を窺っていた。
舞台の上は思ったより明るく周りの様子が分からないので、龍応は舞台から続く通路を歩き、龍一郎の脇で足を止めた。
ここからなら月明かりの中でも目が利く。
香と美樹の二人を背に通路の出口を見据えた。
空間に流れる神舞のメロディが早くなる。
京一郎が闇の中へ拳を振り上げた。
「君の拳筋は、見っ切ってるよ」
音楽に混じって微かに高い声が聞こえた。
通路から飛び出してきた男はパーカーを頭から被っていて顔は見えない。
「セイ」
二本の指を口に当て何か言葉を発すると、京一郎の体がふわりと浮き数メートル吹き飛び、ザザザザっと地面と擦れる音がした。
龍応は腰紐を一本を解くと、その端を口に銜え、襷掛けをする。
「兄さん」
真一郎が呟く。
山頂には神舞の激しくも優美なメロディが響き渡っている。
男の背後から渚が蹴りを繰り出す。
男を通路から追ってきた毛利夫妻の章子も蹴りを繰り出した。
「トウ」
男は空中へジャンプして女性二人の蹴りを躱して、数メートル先に着地した。すぐに態勢を整えた渚と章子は、間合いを取り男の前に立ち塞がる。
毛利五郎は、男の死角に距離を縮める。
男は天を見上げると、首を左右に振った。
何やら口ずさんでいるようだったが聞き取れない。
「真一郎君、二人の傍に」
龍応は真一郎に手を出し後ろへ下がる様に促す。
真一郎が一礼をして舞台に上がり後ろへ下がると、龍一郎は龍応の数歩前に躍り出て構えている。
力の入っていない美しい構えだ。
「真一郎なにしてるん?」
香の声が聞こえる。
「君達を守るために来た」
「へ?」
視線の先の男は手を顔の前に置いて、手を合わせるか合わせないかの距離で指を小刻みに動かしている。
毛利章子が痺れを切らして動いた。
ハイキックを繰り出す。
男は顔を動かしただけで躱すと、直後に背後から襲い掛かった毛利五郎の突きを体を捻らして躱した。
そして素早く二本立てた指を口元に当て章子と五郎の方に掌を向けると、二人の体は2メートルほど吹き飛ぶだ。
直後に駆け付けた京一郎が飛び膝蹴りを繰り出したが、それも天を仰ぐように躱すと、京一郎の着地地点に素早く移動し彼の顎を蹴り上げた。
いかんな、京一郎君の体技は見切ったという事か……
男の背後から渚が正拳を突くと見せかけて足を払いに行った。
男はバク中で躱す。
その着地地点を通路から駆けつけてきた嘉陽理央が狙った。
しかし男は先程のように空中に地面があるかの如く飛び跳ねて、
「セイ」
もう一度身を翻し理央の追撃を躱す。
理央が振り返りそのまま回し蹴りを繰り出し、倒れていた毛利夫妻が同じタイミングで襲いかかる。
三方向からの攻撃を上へと飛び出した所を、
「お見通しよ」
渚がジャンプ一番。
回し蹴りを放つと男の顎にヒットし吹っ飛ぶが、男はすぐに身をくねらせ地面に着地した。
「私に血を拭わせるとは……」
肩を揺らせ笑っているようだ……
すかさず渚、理央、毛利夫妻がその場に駆け寄るも、男はその態勢のまま空へと舞い上がり、龍一郎の前に出た。
すかさず龍一郎は平手を突くが、男は掌で受け流し龍一郎の脇を回転するようにすり抜けると、龍応の目の前に躍り出た。
「嗚呼、人の為にさ、その子達欲しいんだけど」
高い声が聞き取れないほどの小声で囁く。
「無礼な」
「無礼なのは、き・み・た・ち」
男はニヤリと笑う、
「フン」
龍応の気で、男は半歩さがる。
その背後から襲い掛かった龍一郎の突き払いを躱し、理央の足払いもあざ笑うかのように空へ飛んだ。
「あんた空好きね」
渚がその龍一郎の背後から飛び上がり回し蹴り一閃、男の顔面にヒットした。
男は初めてバランスを崩し地面にたたき落された瞬間、神舞の音楽が終わった。
龍応は倒れている男の傍に歩み寄ると、目を閉じ指で印を結び、秘文を唱える。
「ええい!」
目を開けた瞬間に、男に向かって波動を送る。
「これでしばらくは動けんでしょう……」
「ありがとうございます」
龍一郎は頭を下げると、毛利五郎と男を抱えて登山道を下って行った。
京一郎は毛利章子に肩を支えられその後を追うように闇に消えた。
「大内さんありがとう、嘉陽さんこのままここに残って頂けますかな?」
「ええ、もちろん」
「一応、配置に付いてください、お願いします」
二人の女性と真一郎は暗闇に姿をくらます。
舞台に目を向けると、床面に反射した光の中にいる装束を纏う二人がスポットライトを浴びているように浮彫になっている。
まさに神の如く神々しい。
香と美樹は互いの手を取り向かい合っている。
二人に危害が及ばなかったことに胸を撫で下ろしながら舞台へと歩み寄った。
「申し訳ありません」
香と美樹に頭を下げると、二人は黙って首を振る。
「もう一度始めましょう」
目の前の香は何もなかったように穏やかに微笑んでいる。
「音楽お願いします」
香の声に、近くにいた啓助は片手を挙げて応えるとパイプ椅子の方へ駆け寄って行った。
龍応が二人に一礼して舞台から降りると、
「音楽、掛けます」
啓助の声がして、スピーカーから笛とショウの音がゆったりと流れ始めると龍応は手を合わせ二人の巫女の神舞に見入った。
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