先人たちの想いに馳せて
香は台所に寄り、厨房にいる母を呼んで、明日の夜に西龍寺に集まることを告げた。
母は驚いていたが、客足が途絶えていたこともあり、真一郎に店仕舞いを指示していた。
小耳に挟みながら、香は洗面台に向かい手を洗う。
そして鏡に映る自分に話し掛ける。
「大丈夫、上手くいく」
漆黒の瞳の女の子がえくぼを浮かべ微笑んでいる。
さらに笑顔を上書きすると、居間に行き仏壇の前に座り手を合わせた。
「みんな、見ててね」
それから押し入れの祖母の遺品の収納ケースの中から文箱を取り出し、自室に向かった。
エアコンのスイッチを入れて、ベッドサイドに腰掛けると文箱の中の国江さんの手紙を取り出して、サラッと目を通した。
それから、祖母からの手紙をもう一度読んだ。
かけがえのない物を手しているはず……
美樹や母さんの事?
ご住職?
それとも真一郎?
啓助さんと舞さん?
そんな思いを馳せながら、今日までの日々が甦る。
少なくとも皆がいなければ、ここまでたどり着く事は出来なかっただろう。
例え祖母の手紙に気が付いても。
夢で神様からお告げを受けたとしても。
ただ、自身の能力を使えば分かることはあるのかもしれないけど……
今は意識して使わないようにしている。
どこかで結果を知ることが怖いと感じているから。
それに、巫女と血筋という境遇も受け止められている。
そう思えるようになったのも皆のお陰かもしれない。
国江さんの手紙に巫女の血筋はイコール神の血筋だと書いてあった。
という事は、あの二人の少女はご先祖様という事。
それは夕凪島の祖神であるオホノデヒメの末裔という事になる。
たまたま?
その血筋なだけで、全く興味がなかった歴史を身近に感じて不思議だった。
舞さんに言わせると偶然は無くて必然という事になる。
「んー」
文箱に手紙を仕舞い、チェストの上に置いて、ベッドに寝転んだ。
しかし、舞さんは凄いな、色んな事から色んな事を考える。
歴史って面白いんやなぁ……
あれ?
国江さんって歴史の先生やったよね……
体を起こしたと同時に、スマホが鳴る。
美樹からだ。
「あ、香、起きてたん」
「うん、起きてるよ」
「香はどうするん、夜まで寝るん? 起きてるん?」
「んー、どうしようかなって、全然眠くないし」
「そうなんよ、うちもシャワーしてベッドに入ったんやけど、全く眠れん……やから電話したんやけど」
「あ、私も後でお風呂入ろ」
「でも、あれやんな、神舞踊る時に眠くなってしもうたらあかんやん」
「美樹? 緊張してるん?」
「え? うん……香はしてへんの?」
「うん」
それから、30分程美樹と話をして、シャワーを浴びると香はベッドに潜り込んだ。
電気を消してカーテンを引いても、部屋の中は薄っすらと明るい。
目を閉じる。
後は、お山に入って神舞を踊るだけ……
どうなるんかな?
少しワクワクしている。
何でだろう?
不安が無くなったというよりは自分自身を信じてあげられている気持ちの方が強い。
どうしてそういう感情になったのかは分からない……
いつ間にか眠りに落ちていた。
◇
啓助がホテルの部屋の扉を開けると、
「ただいま」
舞はそう言い部屋に入って行く。
そして大きな窓の前で伸びをすると、その脇にある机の椅子に腰かけていた。
啓助はソファに座り煙草に火を着けて、舞に目を遣ると両手で頬杖をついて外の景色を眺めている。
そこに広がる空は黄金に染まりつつあった。
思い返してみると、こんなに長期に滞在する旅行自体が初めて。
この部屋やレンタカーにも少なからず馴染んで愛着すら湧いてきている。
最初は違和感のあった大きな陶器の灰皿も慣れてくれば使い易い。
そこに灰を落としソファに凭れた。
そんな旅も明日で終わりを迎えようとしている。
今日も今日で二度と味わう事はないであろう体験をした。
数々と出くわした不思議な事象にも慣れてきたが、それも後は香と美樹の神舞を残すのみ。
つくづく不思議な島だった。
お陰で良くも悪くも固定観念が見事に消え去り、それに筋力や体力が着いたような気もする。
仕事柄デスクワークが主だから、それこそ運動らしい運動は何年もしていない。
吐き出した煙を見ながら、消化しきれない感情を噛みしめている。
明日の今頃は飛行機の中か……
「とりあえず、神舞って何が起こるのか分からないけどさ良い事なんだよな……」
啓助は独り言のように舞に問いかけた。
「うん、きっと良いことだよ」
舞は頬杖をついたまま。ぼんやりと外を見ている。
「うん、そうだよな……そうだ明日の飛行機。高松空港16時発で、瀬田港を13時に出るフェリーに乗るよ」
「うん」
「少し夜まで時間があるから、仮眠しとくか」
「うん」
「舞?」
「うん」
「どうしたの?」
「うん」
舞は相変わらず頬杖をついて窓の外を見つめている。
啓助は立ち上がると舞の傍に近づいて声をかけた。
「舞?」
「うん」
舞の視線の先で手を上下に動かすと、ビクッとして顔を上げた。
「呆けた顔をしてどうしたの?」
「ん? あぁ……お婆ちゃんが書いた本さ、結界や巫女の事を書いてあったじゃない? それで、私達はそれを調べようとしている人から頼まれたって思ってるじゃない?」
啓助は舞の話を聞きながら傍のベッドに腰掛けた。
「でもさ、私が知らないだけかもしれないけど、本格的に調べようとしているのはご住職たちが警戒している人達でしょ?」
「まあ、そうだな」
「もし、お婆ちゃんが本を書いていた当時にそのような調査をしていたら、ご住職や少なくとも仲間の誰かに、気づかれていたんじゃないかって思ったの」
「そうだよな」
「でも、ひとつだけ、その疑問を解消できるんだ。お婆ちゃんに調査を依頼した人物が、秘密を知っている当事者だったら」
「つまり?」
「ご住職の仲間かな……って最初は考えていたんだけど、それだったら尚更、気づくんじゃないかなって。それから相手は男性、女性両方の可能性があるなって思っていたんだけど、お婆ちゃんがわざわざ夕凪島まで、何回も会いに来ていた事を考えると女性なんだと思う。そう考えていくとね、香さんのお婆さんが依頼者だったんじゃないかって……」
「まさか……」
「まさか、まさかだよね……」
「だって、巫女や結界の事を知っている人が、知りたいことってなんなの?代々引き継がれているんだから、知っているんじゃないの?」
「それはどうかしら? 私達は巫女の当事者と、それを見守るご住職たちの事を知ってて、双方から話も聞けるし、今ならスマホがあるから、それなりの事を調べられるかもしれない。ご住職の話だと巫女の血筋の当事者は、ご住職たちの存在を知らないわけでしょ? だとしたら、何故、巫女の血筋なのか知りたいと私なら思うかも」
舞は椅子を回転させて、こっちを向いた。
「これは、私の想像だけど、ご住職が私達の事を神に選ばれて島に来たって話していたじゃない。あれは言葉そのままの通りで、それを導いたのが香さんのお婆さんと私達のお婆ちゃんなのかもって思ったんだ」
「どういうこと?」
「香さんは予知夢を見るって話していたでしょ。そしてさっき、香ちゃんと美樹ちゃんが言っていた。もう一つの神舞を二人は小さい時に香さんのお婆さんから教わっている。おかしいと思わない? 香ちゃんと美樹ちゃんがいくら仲が良いっていっても、部外者に教えるかしら? つまり香さんのお婆さんは美樹ちゃんがもう一人の巫女って知っていたのよ……」
「なるほど、でも、そうしたら朱い勾玉を美樹さんに渡さなかったのは何故?」
「うん。それは渡さなかったんじゃなくて渡せなかった。身内なら兎も角、ただでさえ口外しないで受け継いできた巫女の事を、少なくとも美樹ちゃんの両親には話さないといけない。美樹ちゃん自身も香ちゃんのような能力は持っていないし、あなたの娘さんは巫女ですって伝えたとして信じてくれるかしら?」
「まあ、道理は通ってる」
「じゃあどうする? 香さんのお母さんや香さんに直接伝える方法が一番いい。それも何か事情があったのかしていない。現に朱い勾玉が香さんに伝わっていないことがそれを示唆しているでしょ?」
「それで」
「香さんのお婆さんは、私達が出会った双子の女の子達、神様に会ったことあるんじゃないかしら? そして勾玉を来たるべき時に美樹さんの元に渡る様に頼んだ」
「うんうん、分かるけど。神様は、どうして美樹さん、香さんに渡さなかったの?」
「そこがずっと引っかかっていたの。でも私達のお婆ちゃんも神様に会っていたとしたら? って思ったの。理由は分からないけど、私達を香さんと美樹さんに会わせるために仕組んだ。私達を媒介にして香さん若しくは美樹さんに朱い勾玉が渡る様に、だから私達がここにいるのは必然で必要な事なんだと思うんだ」
「なるほどね、何となく分かるよ。そうか、だから見届ける訳だね」
「そう、香ちゃんと美樹ちゃんの神舞も双子の神様とお婆ちゃん達の企みもね」
「歴史の目撃者って所だな」
この期に及んで、さすがに何が起きても不思議には思わない。
ワクワクする反面、宇宙人でも出てきたら……
「いる事が理由かも……」
舞は天井を見上げたままボソッと呟いていた。
「え? 宇宙人が?」
「ん? なに?」
「いや、なんでもない」
部屋には、黄昏行く空の柔らかな光が差し込んでいた。
お読み頂きありがとうございます。
感想など、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたらスキをポチッと押して頂けると、
とてもうれしく、喜び、励みになり幸いです。




