彩りの島
テレビに映し出されている二人の男性がインタビューに答えている。
テロップには『夕凪島の歴史の新資料発見か!?』と銘打たれ、中継先は夕凪島の土庄町にある図書館前の駐車場だった。
『夕凪島在住の牛山田一さん、牛山田修さん親子は自宅の納屋を整理していたところ、木箱の中から安土桃山時代の文献を発見した……』
というものだ。
それを夕凪島の図書館に寄贈する式典の模様が映し出されていた。
「牛山田さん文献を寄付しようとお考えになった理由をお聞かせ願えますか?」
女性リポーターが父親にマイクを向ける、
「このような資料は個人が独占するものではありません、歴史の一端を覗く資料であり後世の人々へ残したいと考えたまでです」
父親の胸には円の中に六芒星を象った金色のペンダントが日の光を浴びて輝いている。
「なるほど、ご立派だと思います。実際に資料を発見された息子さんにお話を伺ってみましょう。発見した時の心境はいかがでしたか?」
「はい、最初は紙切れだと思っていたんですが、こちらの図書館の司書の方に相談したところ安土桃山時代の文献ではないかと言われ、それは驚きました。まさかこのような物があるとは思ってもいなかったので」
息子の胸にも同じような金色のペンダントあり、こちらは円の中に五芒星が輝いている。
誰が見ても目を惹くそれについてリポーターが父親に質問をした。
「ちなみに牛山田さん、その胸にある素敵なペンダントの事を伺ってもよろしいですか?」
父親は満足気に笑みを浮かべて、差し出されたマイクに顔を近づけて話し出した。
「はい、これは牛山田家に代々伝わる家宝です。今日この式典に持参したのは皆さんに愛を届けたいと思ったからであります。ここに、ご参加いただいている皆様、テレビをご覧になっている皆様に幸多からんことを」
父親は、そう言うと顔の前にペンダントを掲げると、息子も同じ仕草をしている。
気迫に怖気づいたのか。
想定していた回答ではない事にたじろいたのか。
数秒の間を置いて、笑顔を引きつらせたリポーターは早口でまくし立てた。
「あ、ありがとうございます。こちらからは以上です」
リポーターの後ろに映り込んだ親子は、ペンダントを掲げたまま微笑んでいる。
この数分のテレビのやり取りを見て驚いている人々がいた。
瀬田港のフェリーターミナルのうどん屋の店長。
土庄町にあるファミレスの理央を含めた店員たち。
そして……
一人は美樹で、香の家で早めの昼食を済ませた後、香とリビングのソファで何気なく付けていたテレビでそれは流れてきた。
「え? もうさんやん! 香、この人達、常連のおっちゃんと息子さんや……」
一人は真一郎。
バイト中の松寿庵の店内にある備え付けのテレビを見ていた。
「パフェ爺だ……」
◇
帰りの支度を一通り済ませて、啓助と舞は昼食がてらオリーブ公園に来ている。
そこの道の駅に併設されているレストランで『オリーブ牛丼』を食べた。
夕凪島で作った醬油で漬け込んだお肉。
柔らかく脂がしつこくなくさっぱりとしていて。
これなら正直もう一杯食べれる。
啓助は思った。
本来の目的は写真をプリンアウトすることで、ここに来る前にコンビニのプリントサービスを利用し写真を二枚プリントアウトした。
食事を早々に済ませ、車の中で舞はそれに色ペンで文字を書いている。
啓助は隣で香と美樹に送るメッセージを考えている。
「どう?」
舞は写真を見せてきた、そこには『言祝ぐ』とデフォルメした文字が楽しそうに踊っている。
「白が香さんで、朱色が美樹ちゃんか、いいね、凄くいい」
「いい響きだよね、言祝ぐって、やっぱり日本語って素敵だな。じゃあ、私もメッセージ書くから」
啓助はメッセージを書き終えると、メッセージカードをオリーブ公園に咲き誇るというミモザの花がデザインされた封筒に入れた。
舞はまだメッセージを書いていたので、車の外に出て煙草を味わう。
夏休みが始まった影響で観光客が多く賑やいでいる。
ここが夕凪島の観光スポットの一つであるから当然といったところか。
大型のバスが連なって道の駅に向かう坂道を上って行く。
やがて舞が車から降りてくると、
「じゃあ、出してこよう」
手に持った封筒を軽く振って見せた。
オリーブ公園には『幸せのオリーブ色のポスト』なるものがある。
坂道を上り食事をしたレストランがある所まで戻って、その建物の道路を挟んだ反対側の縁の見晴らしの良いところにポストはあった。
芝生の斜面を下った先には石で作られた円形のモニュメントがあり、その周りを子供たちが元気な声を振り撒いてグルグルと駆け足で回っている。
さらに先には内海湾や瀬戸内海も臨め、遠くの四国の山々には雲が連なっているのが見えた。
「今度来るときは観光しようね」
「そうだな……兄妹で旅行もいいな」
「やっと、行く気になった」
「ハハハ、そうかもな」
啓助が笑いながら歩き出すと舞が腕を取り寄り添って来た。
「今日も暑いね……」
舞は手を翳しながら、こっちを見上げた。
眩しそうにしているが晴れやかな舞の顔を見て、啓助は微笑みを返していた。
香川県には高温注意報が発令されていたらしい。
どうりで暑い訳だ。
それから啓助達は、香の家の前で香と美樹を拾う。
二人は車に乗り込むとシンクロして挨拶をする。
いつかズレる日が来るのだろうか?
それを見る事の方がレアなのかもしれない。
そして今日も、お揃いの桜の花の髪留めをしていた。
「香ちゃん誕生日おめでとう、それから美樹ちゃんも、ちょっと早いけど誕生日おめでとう」
「二人とも、おめでとう」
バックミラー越しに二人を見ると嬉しそうに微笑んでいる。
そしてやっぱりステーションワゴンが着いて来ていた。
「ありがとう」
「えへへ、うちの分までありがとう」
「ごめんね、プレゼントないんだけど」
香と美樹は、揃って顔の前で手を振る。
その様子を見て改めて、やっぱり姉妹。
いや、これは双子だよな。
つくづく思う。
「そんなん気にしないで下さい、色々お世話になってるし」
「そうや……うちなんか髪留め貰ってるし」
美樹は髪留めを指で撫でている。
「舞さんと啓助さんは誕生日いつなんですか?」
「私は10月27日、お兄ちゃんはね元日」
「へぇ~、お正月や」
「まあね、日本人全員に祝ってもらえるみたいな感じだね」
この発言は滑ったようで、香と美樹はキョトンとしていて、舞はクスクスと笑っている。
「お兄ちゃんね、二人より一回り違うから許してあげてね」
それは関係ないだろ…
「一回りって?」
香の質問に、舞は、え? っていう顔をして、二人に説明し始めた。
干支の十二支は二人も知っていて、ただ同じ干支で12歳離れてる事を一回りだと説明すると、啓助は二人の視線を感じた。
「もう、おじさんですよ」
そんな啓助を慰めるように、
「ううん、啓助さん若く見えるし、おじさんだなんて思った事ない」
香は優しく慰め、
「そや、落ち着いてるけど、何か面白いとこもあるし、優しいやん、それにおじさんがダメみたいな言い方は良くないと思う」
美樹には窘められた。
短めのドライブが終わり潮風公園の駐車場に着いた。
車を降りた途端、肌を刺す照り付ける陽射しに啓助は手を翳した。
シンボルの楢の木が作り出す木陰にも今日は人影が見えない。
今の暑さは夕凪島に来て以来初めて35度を超えている。
時折吹き抜ける柔らかい風が、汗を冷ましてくれる。
慰め程度ではあるけれど、それがせめてもの救いで、大岩まで日光を遮る物が無い。
お日様はこれでもかと言わんばかりに容赦なく輝いて、汗が止めどなく湧いてくる。
今は満潮のようで岩礁は所々に顔を出しているだけだった。
今日は何が出るのかな?
手にしたペットボトルを飲みながら啓助は前を歩く香と美樹を見た。
二人は手を繋いでお喋りしながら、時々そこに舞も加わり、リラックスしているように感じる。
しかし、人はいないが真昼間の屋外のこの場所で何か起きたら目立ってしょうがないのでは?
その疑問を舞に尋ねると、
「ん? たぶん大丈夫なんじゃない? 見えないんだと思う他の人には、金子みすゞの詩の海とかもめね」
「うにとかもめ?」
舞はため息をつくと、
「海は青いと思ってた、かもめは白いと思ってた。だのに、今見る、この海も、かもめの羽も、ねずみ色。みな知ってると思ってた、だけどもそれは嘘でした。空は青いと知ってます、雪は白いと知ってます。みんな見てます、知ってます、けれどもそれも嘘かしら」
サラッと詩を詠んだ。
「え? どういう事?」
「私の解釈では心情によって見える世界が変わるって詩なんだけど、それに近いかな、要は何か、幽霊とかオーラとか見える人っているでしょ?それと同じで見える人には見えるし、見えない人には見えないってことだよ」
「ああ、なるほど……」
啓助は舞の説明で納得する自分に少なからず驚いている。
以前なら信じられなかった言葉だけど、ここ数日見てきた事を考えるとそれが当然なんだとさえ思える。
大岩の前に着くと、啓助は念の為、辺りを見回した。
視界には人影は見えない。
大岩自体に変化も見られないようだ。
「何も変わってないね……」
「これからじゃないかな」
舞の声に促される様に香は美樹とお地蔵さんの前にしゃがんで手を合わせた。
◇
香が目を開けてお地蔵様を見ると、背後の大岩の一ヵ所が光っている。
その点を見つめながら美樹に話しかけようとした。
「なあ、香。大岩のあそこ光ってるんやけど、何やろ」
隣の美樹は大岩を見上げている。
美樹にも見えてるんや。
香は振り返り、啓助と舞を見る。
二人は目が合うと微笑みを返してくれた。
「美樹、近くに行って見てみよ」
香は大岩の正面に近寄って、その点を見てみると陰陽のマークが浮かび上がっている。
そこに手を伸ばし触れてみた。
「どうなん?」
美樹の問いに香は首を横に振った。
香が手を離しかけた時、美樹の手がスーッと伸びてきてマークの傍に触れた途端、ぼんやりと光に包まれた。
眩しさに目を閉じて、ゆっくりと瞼を開ける。
視線の先には小高い山があり、大岩の隣には鳥居があった。
「え?」
その声に隣を見ると美樹がポカーンと口を開けている。
「また、会えたね」
背後からの声に香が振りむと、啓助と舞の姿はなく。
いつかの夢の中で出会った白い着物と朱い着物をまとった二人の少女が手を繋いで立っていた。
「あ?」
美樹にも見えているようで、手で口を押えながらこっちを向いて、
「これって……香が話してた……神様?」
香が黙って頷くと、美樹は少女達に視線を移した。
そして朱い着物の少女が口を開く。
「香も美樹も久しぶりやな」
「美樹も会ったことあるん?」
「え? あるような……ないような……」
美樹は人差し指で頬を掻いて首を傾げた。
「なんや、思い出せんのか。何回も会うてるのに。最近なら神舞の日の朝、神舞の後の夢の中……ふう、まあしゃあないか……」
朱い着物の少女はため息をついて苦笑いしている。
「まあ、いいじゃない。こうやって二人と会えたんだから」
白い着物の少女が朱い着物の少女をなだめていた。
「あなた達の晴れ舞台、楽しみしているわ」
「そうやな。うちらがしっかり見とくわ、それと、あの二人にも見て貰うんやで……」
朱い着物の少女が話し終わると、また光に包まれた。
香が目を開けると大岩の手で触れた陰陽のマークの下に文字が浮かび上がる。
やはりそれは、最初は読み取れない文字だったが、すぐに読める文字へと変わった。
『龍の道開かれり』
そして、大岩の陰陽のマークから一筋の細い光線が発せられ香と美樹の間を通り、それは真っ直ぐと麻霧山の方へ伸びて行った。
振り返り光の先を目で追うと、西龍寺がある辺りの山肌が一瞬光り、そこから水が噴き出した。
「うわ、虹や……」
七色の弧を描くそれは麻霧山の緑を背景に鮮やかに浮かび上がっている。
綺麗……
香は生まれて初めて虹を見た。
その場にいた全員が言葉を失い釘付けになって、その光景を眺めていた。
「香……うち思い出したん。確かにあの子……いや朱い着物を着た神様と会ったことあるわ……それと、香の言う通り、お婆ちゃんの教えてくれた舞を踊るんやな」
美樹が香の耳元で囁く。
「うん、そうやね……」
香は神様に会えたのに、喜びや驚きよりも何故か寂しい気持ちがした。
その感情を押し込めて、
「とりあえず、あの場所へ行ってみましょう」
皆に声を掛けて大岩を後にする。
防波堤を歩く頃には虹は消えていて、西龍寺の護摩堂が変わらずにこちらを見下ろしていた。
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