めくるめく
龍応は母屋の奥座敷で瞑想している。
思案している段階で瞑想ではなく迷走か。
くだらないことを思って一人苦笑した。
思考の中にあるものは美樹に接触しようとしたレインコートの男。
昨日の美樹を潮風公園に呼び出した人物と関係があるのか?
別人であれば、それはそれで手がかかるのだが、同一人物であっても厄介は払えない。
幸い美樹の護衛に手配しておいた京一郎が間に合って事なきを得た。
しかし、京一郎は軽傷を負った。
手練れの京一郎をあっさり受け流した体術は龍応も耳にしたことがある。
そのような使い手が現在にいるのと継承されていることに驚いた。
鹿取良と名乗る男は危険だな。
鹿取と一時期、行動を共にしていた京一郎の話だと神や力に対する執着は人外で、まことしやかには信じられないが、儀式によって記憶を消せる術を持っているらしい。
鹿取は取材を装って、この寺にも訪問している。
福田信介と偽名と偽の名刺まで使って。
先程、連絡が入った啓助の話だと、香や美樹、啓助や舞の傍にも意図的にかどうかは別にして姿を現していたという。
結界を調査していた目的は何なのか?
それは京一郎にも分からなかったようだ。
巫女の存在には気が付いているのだろう。
美樹がもう一人の巫女と判明した今、護衛を付けねばなるまい。
龍応はスマホの連絡アプリを起動し、一斉メールを送信した。
次々と返信のメールが入ってくる。
一時間、いや二時間あれば、ほぼ全員集合できるはずだ。
夜で山道は目立つだろうが、背に腹は代えられまい。
龍応は口伝の最後の一説を思い出していた。
双神の巫女が世に現れるとき巫女の魂が天に舞い道を示される。
龍に呑まれし双神よ陰陽が示し六つ連の御宝輝きし時。
空の舞台にて舞祈る。
あかときに神の魂は輪廻へ戻り人々へ愛を醒ます。
それこそが覚醒の時……
「いよいよか…」
龍応自身の代でこれが現実に起こるとは夢にも思わなかった。
幸が双子を身籠った時、もしやと思い口伝の一切を読み返した。
不幸にもその片割れの子はこの世に生を受けることなく旅立った。
双神の巫女が世に現れるとき巫女の魂が天に舞い道を示される。
この文言が龍応の懸念だった。
巫女の魂と引き換えに人々へ覚醒を促すと解釈してしまうのである。
静寂を破りスマホが鳴る。
川勝龍太郎からであった。
「厄介なことになりそうです……」
開口一番そう告げた龍一郎の声はいつになく落胆しているようだった。
「どうしました?」
龍一郎の話は先程の推察を上回る事柄であった。
鳩の動きが止まったとはいえ、龍一郎は仲間と鳩とカラスの両方を依然としてマークしている。
今日は午後からカラスをマークしていた。
家の中にいるカラスを確認している。
ところがその当該時刻。
美樹とレインコートの男の一件があったというのだ。
「私は自分で目に見えたものを信じています……京一郎はレインコートの男が間違いなくカラスだと証言しています。結論から申しましますと、相手は双子ではないかと考えます」
「それで?」
「根拠は変装が得意だと思っていたのは。一人の人物が動いていたと思い込んでいたからです。双子であれば似ているし髪型や服装等で雰囲気を変えれば余計に分からなくなる。もしかしたら一人が囮になって、もう一人が実働部隊として動いていたと考えれば奴の動きを掴み切れないのも納得がいきます」
「なるほど……という事は先方にとって美樹さんの事は想定外のアクシデントであった。リスクを冒してまで接触しようとしたという事は、美樹さんが巫女なのはともかく、香さんが巫女であることは認識していると考えて良いという事ですね」
「仰る通り……二点思う所があります」
「伺いましょう」
「これは考えすぎかもしれませんが、カラスがリスクを冒して行動を取ったとして、そのリスクが判明しても良いと判断していた場合、まだ我々の知らない仲間がいるのかもしれません。これが一つ。もう一つは」
「分かっています。彼女の事でしょう。京一郎君にそれとなく会ってもらいましたが彼女は全く覚えていないようです。記憶を取り戻した様子も見受けられません。明後日、島を経つようです」
「そうですか……彼女の線は薄いという事ですね。ただ、くれぐれもご用心をお願いします」
「ありがとう。それから呼集を掛けました。カラスのマークは他の者に任せて、明日からはこちらに詰めて下さい」
「了解しました」
「何かあったら、後は頼みますよ」
「ご冗談を………了解です。伯父さん」
龍応は腰を上げて台所へ向かった。
テーブルの上にはガラスの花瓶に一輪のハマボウが黄色い花びらをこちらに向けている。
そこには、一冊の冊子と手紙が置いてあった。
「彼女か……」
龍応は表題のない冊子を手に取り、パラパラとページを捲った。
「これは……!」
そこには皇統に嫁いだ姫の系図が記されていた。
祖神から数十代後の双子の姉が天皇家に嫁いだと古伝にある記述の通りだった。
龍応は手紙を手に取り椅子に腰かけて読み始めた。
可愛らしい右上がりの字で『龍応様へ』と書き始められていた。
『素性の分からない私に手を差し伸べて、助けて下さり感謝してもしきれない心境です。
自分が何者かもわからず、どうしてここにいるのかも分からず途方に暮れていた私の話に耳を傾けて下り。
行く当てがない私に「よければここにいませんか」そう声をかけて下さった龍応様のお顔が観音様に見えました。
お遍路を勧めて頂き、夕凪島の皆様や自然に触れて心持も幾分穏やかになり、少しだけ世界を見れる様になりました。
お遍路とお寺でのお手伝いは、良い思い出になりました。
何から何までお世話になって何もお返しすることが出来ませんが、せめて冊子を差し上げたいと思います。
龍応様は歴史に造詣が深いようですので何かの参考になれば幸いです。
世良風子』
結局、記憶は戻らずじまいか。
果たして免許証の住所に行ったとして血縁の者がいればよいが……
龍応はもう一度、冊子を手に取り系図の最後を見た。
そこには世良風子と記されていた。
「何と……いうこと」
運命なのか皮肉なのか……
巫女の血筋が島に集っていたとは……
龍応は身震いをした。鹿取良とは何者ぞ……
事の顛末は少々ややこしい……
京一郎は父の意向とは別に結界を解き明かそうと、ある時期から鹿取と組んでいた。
その時、妹として紹介されたのが風子だ。
そして面白い子がいると鹿取に舞の事を話したら、京一郎が舞と縄文洞窟の結界に行った折、鹿取は妖しい術を使って舞の記憶を消し、調査に参加させた。
京一郎は反対だったが、結界が解けるかもしれないという期待に呑まれていた。
ところが調査を進める過程で、この寺の境内の下にある龍の口と云われる洞窟を訪れた際に、転落しそうなった風子を助けようとして舞が転落した。
その時のショックで茫然自失となった風子は鹿取に記憶を消され、京一郎は舞を懸命に探したが行方が掴めず、亡くなったと思い鹿取と袂を分かった。
そして先週の金曜日の昼に、寺の駐車場で車の中に一人じっとしている風子を見掛けた。
その時は別段何も思わなかったが、夕方にそこを通りかかった際に、まだそこにいた風子が気になり声を掛けた。
寺を案内して話を聞くと、記憶がないと何故か怯えていた風子を龍応は保護した。
それから京一郎が舞の生存を知って帰順した折に、風子が鹿取の一味であったことを知らされた。
目の前で難儀している人間を突き放すのは仏の道に反する。
龍応は全てを承知して風子を寺に留まらせた。
現に行動を共にしていた京一郎を前にしても、風子は本当に初対面のように接していたのだから。
そして舞が結界に迷い込んだのが恐らくその転落した時であろうと推測が出来た。
だが、どうして、何故迷い込んだのかという疑問は解消されてはいない。
そこが舞がもう一人の巫女ではないかと考えた一番の要因であった。
それから舞が一定の期間の記憶を失ったのは、鹿取の仕業でなく結界に紛れ込んでしまった事が原因なのだろうという結論に至った。
京一郎は舞に関しては、全てを話すつもりはないと話していた。
龍応もそれは同意である。
思い出さなくても良いこともある。
風子に至っては、毎朝寺の雑務をこなし。
遍路を巡り。
少しずつ活気を取り戻し、空いた時間で食事の世話等もしてくれた。
「加護あらんことを……」
手紙をテーブルに置き、龍応は手を合わせ祈りを捧げた。
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