男のこと
家々には明かりが灯り。
まだ濡れている道路には車のテールランプが反射している。
県道に出ると、舞が口を開いた。
「お兄ちゃん、気になっている事はレインコートの男なんでしょ?」
「ああ、そうなんだ。香さんが話していた記者の方の男。実は俺も会ってるんだよね、宝樹院の境内で……」
「だからか、あの時、思い出したんだね」
「ま、そうなんだけどね、ちょっと確認してみる」
啓助はスマホをポケットから取り出すと眼鏡に電話を掛けた。
「やあ、こんばんは」
久々のイケボが耳に響いた。
「こんばんは、あの一つ伺いたいんですけど、舞が初めて、め……畑さんのお宅を訪問した時に、取材があったと話されていましたよね?」
「ああ、はいはい、確かにありましたけど、それが何か?」
「あ、いや、その記者さんに舞が歴史の話を聞いてみたいというもので、名刺とかありましたら、連絡先を教えて頂ければなと思いまして」
「はあ、なるほど……ちょっと待ってください」
眼鏡は保留にせずに名刺を探し始めたようだ。
「何処やったかな……名刺入れ?」
「え? 書斎の一番上の引き出しよ」
「ああ、そうやった、そうやった」
「もう、しっかりしてよね」
「ああ、すまんな……」
部屋を開ける音がして、
「えーと………」
紙がこすれる音がする。
「あ、これやな……もしもし、お待たせしました。名前は福田信介さん、フリーのライターさんやね、電話番号は080-☓☓☓☓-☓☓☓☓」
「ああ、どうもありがとうございます。あ、そう言えば畑さん、宝樹院でお会いした時、この人の事なんか言ってませんでした?」
「うん? 宝樹院でですか……ああ、そうそう。そうやあの人……ん? 啓助さんに会う前に駐車場で見かけましたけど。そんな事、話ましたっけ?」
「あ、思い違いかな? すみません」
「いやいや、そうそう。あれからね先生が書いた本を読みなおしてまして、もしかしたら、本当にこの島には秘密があるんじゃないかって思えてきましたよ」
楽しそうに話す眼鏡に礼を言い電話を切ると、教えてもらった電話番号にかけてみる。
『お客様がお掛けに……』
何となく思った通りだった。
「ふうー、福田信介。だってさ」
「え? じゃあ別人?」
「ごめんごめん。眼鏡の家に取材に来た人は俺が宝樹院で目撃した人物。ということは、香ちゃんと美樹ちゃんが会った人物とも同一人物」
「偽名を使った?」
「うん、どっちに使ったのかは分からないけど、両方偽名って可能性もあるかな。もしかしたら、ご住職が言っていた結界を探っている連中かもしれない。レインコートの男と関係があるような気がするんだ」
「そうか、それで私が二人の前でレインコートの男を続けようとしたのを止めたんだね。あの子達の心配かけないために……あれ、取材? 畑さんの家から帰る時すれ違ったあの人かな? 眼鏡を掛けた人までは思いだせるけど……」
「え? 舞も会っているの? だとすると……やっぱり気味が悪いな。でも明らかに歴史に興味を持っているのは確かだろう。後でご住職に報告してみる。それと明日はどうするんだ?」
「まずは、三井津岬の大岩にみんなで行ってみよう」
「頼りにしてます。女王様」
「何よそれ、百人一首は関係ないでしょ?」
◇
舞は笑って答えながら、美樹を救った京一郎の事を考えていた。
きっと川勝家も巫女の血脈を守る一族なんだと確信した。
川勝家を訪問した際、父の龍一郎が結界について言葉を濁していた理由も納得がいく。
ただ、京一郎はそれに反して、結界を明らかにしようとしていた。
その調査に記憶の断片が無い時期の舞も加わっている。
まさか、ご住職が話していた結界を探っている一味に加担していたの?
でも、例えそうだったとしても、今の京一郎の行動を鑑みれば、そうではないと判断できる。
そうよね、色々考えても仕方ないんだよね。
今が大事なんだよね。
お婆ちゃん。
「いつはとは、時は分かねど、夏の夜ぞ、物思ふことの、限りなりけるって感じかな」
唐突に兄が得意気に歌を詠んだ。
「お兄ちゃん、それは秋の夜ね、しかも百人一首じゃないよ」
「え? そうか? 舞が物思いに耽っている様子にピッタリだと思ったんだけどな」
兄は腕組みをして首を捻っている。
「蟻が十で、蜂が三匹」
「それ、婆ちゃんの口癖だ、よく覚えていたな」
「当たり前だのクッラカー!」
車内に笑い声が響いた。
通勤の時間帯は終わっていて流石に道は空いている。
車のライトが照らすアスファルトの道が、これから歩む未来を照らしているように思えた。
◇
家に帰ると父と母は心配を掛けたのに怒りもせず、必要以上に暖かく包み込んでくれた。
美樹が夕食後に父と母に抱き着いた。
父は小さい頃のように高い高いをしようとして、少ししか持ち上げられず、照れくさそうに笑う。
そして抱きしめてきて頭を撫でてくれた。
「父さんにはよう分らんが、いつでも父さんと母さんがおるけん」
「へへ、ありがとうさん」
ギュッと抱き締められて苦しかったけど。
こんなんされたのいつ以来やろ?
父の背中に手を回すと自分の手が重なった。
父の体が小さく感じた。
それから風呂に入ったり、なんやかんやして少し遅くなったけど、京一郎にお礼を言おうと真一郎に電話をした。
「もしもし」
真一郎は普段と変わらない声で電話に出た。
美樹は今日あった出来事を伝えると、
「ふんふん」
と相槌を打って聞いてくれた。
「そんでな、お兄さんにお礼を言いたいやんけど……おる?」
「ああ、兄さんは帰ってないけど、さっき連絡あったから無事だよ」
「ほんま! 良かったあ。あの……真一郎さ、うち舞さんの事でお兄さんを怪しいなんて言うてごめんな……」
「ああ、それは気にしないで、僕だってその時は兄の事を不審だと思っていたんだから。あの時は相談に乗ってくれてありがとう」
「真一郎、あんた優しいなぁ……一つ聞いてもええん?」
「いいよ、もう聞いてるでしょ?」
「へへ、あんな、何であそこにお兄さんおったんやろ?」
「たまたま、調べ物でもしてたんじゃないのかな……黒いレインコートの男って見るからに怪しそうだからさ。そんなのと出くわした美樹を見かけて声を掛けたんじゃない?」
「そうなんかな……レインコートの男やけど。うちを呼びだした人と関係あると思う?」
京一郎にお礼を言うのが一番の電話を掛けた理由だが、美樹の中では同じくらい気になっている事を聞いてみた。
「うーん、どうだろう? 可能性はゼロではないと思うけど。でも、あまり気にしない方がいいんじゃない?」
気になるから聞いてんねん!
と思いながら、もう一つ気になることを思い出した。
「そや、それからな、レインコートの男とお兄さん知り合いなんかな? なんか、お互いを知ってるような口ぶりやったんやけどぉ」
「え? それは分からないな……うーん」
真一郎は唸り声を上げながら黙り込んでしまった。
「ええねん真一郎。お兄さんが助けてくれたんのは変わらんし、ありがとう伝えておいてな」
「あ、うん分かった」
美樹は電話を切ると、スマホの履歴にある『ライター福山さん』をブロックした。
写真を撮られた時や送って貰った時の印象は悪いものではなかったけど。
レインコートの男に似ているのが、気にしないようにしていても気になる。
頭の中にレインコートの男の姿が浮かぶ。
男は美樹に会うために、山道に戻ってきたような気がしている。
そして不穏なメッセージで呼び出した人物と同じだと。
香の秘密を聞き出すか、香の能力が目的で。
美樹が助けを呼んだら香は絶対来る。
あかん。
こんな縁起でもないことは忘れよ………
デスクチェアでクルクル回り思考を打ち消すと、パソコンデスクの上の朱い勾玉を手に取った。
うちが巫女なんや……
その瞬間頭の中に記憶の断片が瞬く間に流れた。
香の祖母が教えてくれた童歌と踊り。
神舞の日の朝の潮風公園で出会った少女。
神舞が終わった後に夢を見ていた事。
何やったん……
今の……
目をパチパチさせて勾玉を見つめる。
幾つもの記憶が流れたが思い出せない。
ただ香の祖母が教えてくれた童歌と踊りは、今の事が無くても覚えている。
美樹は童歌を口ずさんでいた。
香の祖母が上手く歌えて踊れた時。
『美樹ちゃん、あんたはいい子や』
香と一緒にそうやって褒めて頭を撫でてくれた。
それが何より嬉しかったのを思い出し笑みがこぼれた。
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