嫌な予感
香はいつもより早めの夕食を一人食べていた。
結界調査で山を歩いたり、驚くことの連続でお腹が空いていたからだ。
ただ、何となく気にかかる事が頭の中にあった。
それは皇踏山の洞窟で文字が浮かび上がった時の文言。
その時は何の気なしに浮かぶ文字を眺めていたが、家に帰って書きだしてみると、どうしても一点、合点がいかなかった。
そのメモをテーブルの傍らに置いて眺めながら食事をしている。
『汝ら神宝を手にしもの…証を見せるがよい…』
『神宝を集めし汝らよ、天への扉を開くとき来た、兼ねてより示した言葉を紡ぎ道を求めよ』
「何で汝ら、なんかな……」
銚子渓の洞窟と縄文洞窟のメッセージは自分達を『末裔よ』と呼んでいた。
汝ではなく汝らということは、四人でいたことを知っている。
としたら誰かが見ていたことになる。
背筋がゾクッとした。
まさかね……
でも、この二日間で嫌というほど自分の中の概念が崩れる事が立て続けに起こっている。
あり得なくはない話だとも思った。
見ているのは神様なのかな?
店の厨房からは話し声が聞こえる。
そんなにお客さんは入っていないようだ。
ガラス戸で区切られたそこに目を移すと、母と毛利さん、今日は夜もバイトに入っている真一郎は手持無沙汰を持て余している。
母は電話が掛かってきたようで、台所へ入って来て会話をしていた。
「よっちゃん……」
という声が聞こえたので美樹の母親だと分かった。
『香……』
ん?
美樹の声が聞こえたような気がした。
母は何回か相槌を打った後、
「え?」
母にしては大きな声を出した。
香はビックリして食べ物が喉に詰まりそうになって、慌てて麦茶を飲んだ。
「香、美樹ちゃんバイト行ったんよな?」
何故か嫌な予感がする。
香はコップを置くと、口の中の物を飲み込んで話した。
「うん。啓助さんがターミナルまで送ってくれて、その後、私を家まで送ってくれたから……」
「美樹ちゃんバイトに行ってないみたんよ、さっきバイト先の店長さんが心配して美樹ちゃん家に電話してきたみたい、スマホも通じないって……」
「うそ……」
香は頭の中が白くなった。
別れ際に笑顔で手を振る美樹の顔が思い浮かぶ。
「香……」
母が何回か呼んでいたようで心配そうにこっちを見ている。
「どうしよう……」
美樹のスマホに電話を掛ける。
『お客様の…』
数回掛けなおしたが同じ女性の声が耳に響いた。
メッセージも入れる。
不穏な空気を察知したのか、毛利さんが母に声を掛けている。
背後で真一郎も耳をそばだてているようだった。
母は更衣室で着替えをしてきて、
「香、実はな美樹ちゃんにストーカーがいるかもしれんのよ……」
「ストーカー?」
「ああ、美樹ちゃんのお父さんがそう言ってるだけなんやけど……」
一週間くらい前に変な電話があったらしい。
美樹の在宅を尋ねる男の人の声で、名を名乗らずに。
美樹本人に両親はそれとなく聞いたようだが、本人はケロッとしていたらしい。
ただ相談を受けていた母は美樹の帰りが遅くなりそうなときは家に送っていたそうだ。
その後も何回か無言電話があって心配していた矢先の出来事だと。
ただ、美樹自身がそのようなことを感じていたり、不安に思っていたなら、話してくれるだろうし、気が付いた自信が香にはある。
母は話し終えると厨房に顔を出して声を掛けていた。
「章子さん、後お願いね、ありがとうね、真ちゃんもごめんね、もうお客さん来ないと思うから上がってちょうだい」
香は母と一緒に行こうと思い、立ち上がろうとすると、
「港に行ってくるから、香は家にいてね」
母は片手で制して、小走りで玄関へと向かった。
入れ替わりで真一郎が台所へ来ると、
「トイレ貸して」
片手を挙げて通り過ぎて行った。
スマホの画面には、この間、寒霞渓の鷹取展望台で撮ったオシャレした二人の笑顔がある。
するとスマホが鳴動し、真一郎からメッセージが来た。
「何でなん? トイレいったんやない」
思わず声に出して、ここからは見えないトイレの方角を見た。
『美樹に何かあったの?』
「え? どういうん」
もう……ここで話せばいいやん……
そう思いつつも返信する。
『バイトに行ってないみたいなんよ』
『なるほど、ありがとう』
少しして真一郎はトイレから出てくると、香が話しかけるより先に声を掛けてきた。
「香ありがとう、美樹はきっと大丈夫だよ」
小さな声で優しい笑みを浮かべると、そのまま厨房へと入って行った。
香は自信に満ち溢れた真一郎の顔が不思議だった。
今まであんなことを言ったり態度を取ることが無かったから。
真一郎なりに私が不安に駆られないように言ったつもりなのだろうけど。
返って逆効果かも……
一人笑いをした。
スマホの画面の時計は17時30分丁度を表示していた。
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