起源 序章
2024.9に投稿した作品です。一度削除しましたが再掲載しています。
なだらかな尾根伝いに黄色いレンギョウの花が咲き誇っている。
斜面を駆け上ってきた風が花びらを巻き込んで宙へと舞い上がる。
雲の波が覆う僅かな隙間から顔をのぞかせる青い空。
尾根の少し開けた場所にある小屋の入口から風が舞い込むと、山の下の方から攻め寄せる人の怒声がそれに乗って響いた。
「死が怖いのですか?」
朱い貫頭衣を纏った女が向かいに座る男に問いかけた。
「それは…」
男は血走った眼を伏せて、口を真一文字に結んだ。
「恐れる事はないのです、またどこかに生まれ変わるだけなのですから」
女は手に持った土器に生けられた黄色い花を見つめている。
「巡るということか……この世に神などという者はいない…」
鼻根に皺を寄せて、男は土の地面を拳で叩いた。
「……」
「もしいるのならば、何故、我に手を差し伸べぬ、我がここに来てから争いが絶えぬ……争いが起こる世を正そうというのに……」
男は傍にあった矢を掴み取ると顔の眼の前で真っ二つに圧し折った。
「あなたは、世を安寧に導きたいと……心から願っているのですね」
「……あぁ、あなたの力でも及ばなかった……無念ではある」
「そうですね、妹の方が力が強かった、そう言う事なのです……ならば私の魂を吸いなさい」
「それは、どういう事で……」
女は土器から黄色い花を抜き取ると立ち上がり、そして床から地面に降りると男の眼の前に座った。
「人の世の神である私の魂を捧げ、天に赴きあなたの願い叶えるとよい」
「天?」
「魂を束ねる者たちが住まう場所……そこへ行けるのは人の世の神の魂だけ……」
「我にあなたを殺めろと?」
「はい」
男の問いに、女は笑みを浮かべた。
「それは罰が下るのではないのか?」
「ええ、この世でのあなたは役割を終えます………私も天に戻ることは許されず彷徨うでしょう……それでも天に赴き叡智を以て人々に示すがよい、あなたが望む争いのない世の中を、他の神々とは関わらなければ良いのです」
「……」
壁板に、コン!と何かが当たる音がした。
怒声がにわかに近づいてきている。
「さあ……早く!……その矢を私に突き刺せばよいのです」
「……」
「さあ……」
「わかりました……あなたの魂を貰おう」
「お行きなさい……天へと昇り我らの神の元へ……もう……時間がありません」
「……わかった」
「うっ……」
男が女の胸に矢を突き刺すと、女は一瞬苦悶の表情を見せたが、すぐに微笑みを湛えた。
「さようなら……」
「……ああ」
女の目から生気が消えた。
「なんだ?」
すると女の胸に刺さる矢が淡い光を放つ。
その光が徐々に男を包んでゆく、男の顔には薄ら笑いが浮かぶ。
「いかがなりました?」
小屋の外からの声に男は答えた。
「我はじき死ぬ、天に向かう。そなたは我が亡骸を彼の地に埋めて、ここを去り子孫を残せ、決して絶やさぬこと」
男はそう告げると、女の上に覆いかぶさるように倒れた。
数刻後――
小屋の入口に白い貫頭衣を纏った女性が五人の共を連れ姿を現した。
「皆はここで待っていて下さい」
女性は小屋の中に入り息絶えて横たわる朱い衣の女性の姿を見て膝から崩れ落ちる。
「どうして……」
女性は黄色い花を握りしめている手を両手で包み込むと憚ることなく涙を流した。
そして、その手を横たわる女性の胸の上にそっと置いて祈りを捧げた。
入り口から吹き込んで来た風が桜の花びらを運び朱い衣の上に舞い落ちる。
女性が頬に落ちた一葉の花びらを摘まみ取ると、まるで寝ているような安らかな顔を見つめ、茫然としばらくの間、傍らに寄り添った。
膝の上の白い衣の一端が涙色に滲んで濡れている。
女性は腰を浮かせると朱い衣の女性の首飾りに付いている朱い勾玉を外して握りしめた。
「姉様…」
白い衣の女性は勾玉を手にして小屋の入口を出た。
五人の従者は頭を垂れ立ちすくんでいる。
雲が流れた空には白い半月がうっすらと浮かんでいた。
お読み頂きありがとうございます。
感想など、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたらスキをポチッと押して頂けると、
とてもうれしく、喜び、励みになり幸いです。




