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「えっと、まだ正式な話じゃないんですけど、関西の放送局から『祟り屋・大阪難波店』を再ドラマ化したいって、言ってきたんですが……」
この俺、大阪在住の漫画家・安房清二に電話をかけてきた、東京に居る編集者の矢部正郎は、そんな話を切り出した。
俺の代表作「祟り屋・大阪難波店」は、大ヒット作という程ではないが、連載が20年以上続く程度の人気は有り、何度かドラマ化もされている。
文字通り、金で誰かに呪いをかける拝み屋とその仲間達を主人公にした話で、ネット上では「社会問題を扱う事も有るが切り口が浅過ぎる」と評される事も有るが、それでも、何人かのアシスタントを雇える程度の売上は有る。
「どこの局ですか?」
返ってきた答は在阪の準キー局。一応は東京にキー局が有る全国ネットの局の系列だが、独立性が高く、関西でしかやっていない番組も少なくない。
「ちゃんと関西出身の役者さんを使って下さいよ。前回のドラマ化の時は『インチキ関西弁』のせいで、親類とか関西の知り合いとかに散々言われたんで……」
「ええ、そこは大丈夫ですよ……何でも……すごい所が提携してくれるそうで……」
矢部が名前を出したのは、大阪に本社が有る大手お笑い系の芸能事務所の名前だった。
「え?何で、そんなとこが……?」
「さあ……?」
「怖い話とか無いよね?」
「実在の人間をモデルにしたキャラが呪い殺されるマンガ描いてる人が、そんな事言いますか?」
「いや……でも……あそこって……」
その芸能事務所は……今は分裂騒動でややこしい事になってるが、「日本最大の暴力団」と言われている組織と戦前から付き合いがあり、その組の2代目組長の死因は、その芸能事務所の芸人の地方巡業を巡って起きたトラブルによる刺殺だと言われている。
もっとも、その暴力団が「日本最大」となったのは、戦後、3代目組長の時代からで、問題の芸能事務所と付き合いが始まった頃は、堅気とヤクザに片足づつ突っ込んでいた関西の港を1つ仕切ってただけのショボい組が、まさか、数十年後に、参加の末端組織やフロント企業まで含めれば万人単位の人員を擁する日本最大・最強・最も有名な「組」になるなど、誰も思っていなかった頃だそうだが……。
あ、大手イラスト投稿サイトに付属する百科事典ページで得た知識けど。
「どうも、あそこの看板芸人さんが『祟り屋・大阪難波店』の大ファンみたいで、事務所の上層部に推してくれたそうなんですよ」
「へえ〜、具体的には誰?」
「杉山ゲンさんだそうです」
「えっ⁉嘘でしょ……だって……」
80年代にデビューし、90年代に大ブレイクしたお笑いコンビ「スラムドッグス」の1人。
日本のお笑いの帝王……と言うよりも、この人が居なければ、日本のお笑いの歴史は違ったものに……多分、今よりつまらないモノになっていたであろう人物。
最近は、女性問題で活動を自粛しているが……きっとその内、戻って来てくれて、ポリコレやコンプラで表現したいモノも表現出来なくなった昨今の風潮に風穴を開けてくれるだろう。
「でも、杉山さんって、漫画とかあんまり読んでなかったような……」
「そうでしたっけ?」
「いや、だって、昔、若手の芸人さん達が杉山さんにオススメの漫画を紹介して、杉山さんが読みたいと思ったのが優勝なんて企画をやってたような……」
「え?そんな番組有りましたっけ?」
「いや、俺、杉山さんの出た番組は……全部とまでは言わないまでも、録画して電子データ化して仕事場のファイルサーバーに保存して、ついでに、自宅にもバックアップを置いてんですよ。だって、杉山さんは、俺達の世代にとっては青春時代のヒーローじゃないですか。安っぽいアメコミ映画の主人公なんてヒーローじゃないですよ。杉山さんこそ、日本が誇る真のヒーローだ」
「そんな事言ったのがバレると、また、SNSで炎上しますよ。ロクに観てないのに、何、エラそうな事言ってんだ、とか」
何だよ、そりゃ?俺の担当とは思えない愚劣な意見だ。
SNSで炎上?何言ってんだよ。いや、SNSでの多数意見は「アメコミ映画なんてオワコン」だろが。
逆だよ、逆。「新作のアメコミ映画は傑作だった」なんてSNS上で言う方が炎上するに決ってるよ。
「ポリコレ塗れの映画なんて、面白い訳ないでしょ。観ないでも判ります。観る価値有りますか?ウチの息子も、アメコミ映画観に連れてけなんて言ってるんで、代りに杉山さんの昔の番組を観せて教育してんですよ」
「あの……その話もSNSに書かないで下さいね。冗談抜きで、ウチの会社でも担当編集なんかは、契約社員やフリーランスでもSNS関係の社内教育を受けさせられてんで……」
「まさか『東京に来た時に、お前も受講しろ』なんて言いませんよね?」