実際、おかしくなった詩人も居ないではなかったが……
「彼に関する恐ろしいことというのは」コルマンは慎重に繰り返した「狂っていないということです」
「私がお金をいただいているのは狂人について判断するためであって、馬鹿者についてではありません。あの人は狂っていません」
G・K・チェスタトン『奇商クラブ「チャド教授の目を惹く行動」』より
「ええか、あんたは何も悪うない」
俺は、そいつにそう言ってやった。
「い……いや……でも……」
「ええか、全ての罪は俺が被る。全部、俺の言う通りにするんや。俺と口裏を合わせるんや」
「で……でも、そんな事したら……俺なんかが刑務所に行くよりも、貴方の芸能活動が停止される方が、日本のエンタメ業界にとって重大な損失……」
「それ以上、言うな。ええか、良く聞け、俺があんたの美人アシスタントを、俺に『献上』するように強要した。あんたは嫌々従ったが、アシスタントさんは嫌がって逃げ出そうとして……その弾みで、こんな事になった。それが筋書や」
「い……いや、でも……その……」
「俺が全部の罪を被る。幸い、俺を、そ〜ゆ〜事をやりそうな人間の屑やと思うとる奴らは、世間にいくらでも居る。みんな信じるやろ」
……自分で言うのも何やけど……ホンマに我ながら「人間の屑」としか言えん事をやりまくってきたんやけどな……。
でも、これが……罪を償うチャンスかも知れん。
「で……ですけど……」
「ええか、俺が居らんよ〜になっても、この映画は何としても完成させる。どんな手を打ってでも完成させる」
ああ……そうや……想定外の連続やったが……ようやく、ここに来て、このド腐れを地獄に叩き落せる。
「えっ?」
「俺は、あんたの、あの原作に惚れ込んだんや」
自分で言うとってゲロ吐きそうや。
女癖の悪い俺でも、あの原作漫画読んだ時は、気分が悪うなった。
「俺が刑務所に行く事になったとしても、どんな手を使っても、あの映画は完成させたる」
ああ、こっちは本当や。
「本当ですか?」
「ああ、本当や」
嘘は言うとらんで……「お前の漫画を映画にする事で、お前を地獄に叩き落すつもりや」ちゅ〜本音を隠しとるだけで……。
ああ、畜生……。
なんちゅ〜こっちゃ……。
こんな悪夢みたいな日が来るとは……。「綺麗事の建前より、汚ない本音の方が格好ええ」って風潮を作り出した、当の俺が……人生最大最後の願いを叶える為に、汚ない本音を隠して、綺麗事の建前しか言えんようになるとは……。
「ああ……何て言ったらいいか……」
「もう、俺は……娑婆でやりたい事はやり尽した。この映画を除いてな。でも、あんたは、まだ、やりたい事は有るんやろ。漫画のアイデアは山程有るんやろ。俺の方は、ちょっと早いが引退みたいなもんや。ま、老人ホームの代りに刑務所に行く事になりそうやけどな」
「わ……わかり……ました……」
「あんたは……娑婆に残っておもろい漫画をどんどん描いてや」
ああ、お前には娑婆で絶望のズンドコに堕ちてもらう予定やったんや。
その予定は狂いまくったけど……最終的には上手くいきそうなんで、結果オーライや……。
けけけけ……。刑務所以上の地獄を娑婆で味わいさらせ♪
でも、この女さんは……ちょっと気の毒やな……。
俺は、床に転がっとる死体を見て、そんな事を思うた。