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冴えない自分に優しくてかわいい完璧な彼女ができたが、何かがおかしくて……?

作者: 交換可能

 冴えない自分に彼女ができた。


 生まれてこの方女性と付き合ったこともない自分に、カナという彼女ができた。


 朝起きてカナの作った朝食を取り、一緒に一日を過ごす。幸せな時間が流れていく。



 休日の昼、夕食の材料を買いにカナと買い物に出かけた。

 気持ちのいい青空の下、とりとめのない話をしながら閑静な住宅街を歩いていると、心地よい静寂が突然引き裂かれた。


「あれ!もしかして柏木か?」


 驚いて声のした方を見ると、この町には少し似つかわしくないカラフルな服を着ているが、どこか見覚えのある男が立っていた。


「久しぶりだな!元気にしてたか?」

「……あっ、勝本か」


 この陽気な男は勝本、俺の中学の同級生だ。遠くの高校に進学してから疎遠になり、最近は連絡も取っていなかった。


「ここを離れてからずっと帰ってなかったんだが、久しぶりに帰省してみようと思ってな。お前と偶然会えるとは思ってなかったよ。それより……」


 勝本はカナに視線を向け、目を大きく見開いて言った。


「この子は、まさかお前の彼女か!?」

「そうだ」

「嘘だろ!中学時代は恋愛のれの字もなかったようなお前が、こんなにかわいい女の子と……」


 それはちょっと失礼だろう。


「確かにカナは俺には不釣り合いなほど良い子だが、久しぶりに会っていきなりそれか?」

「悪い悪い、驚いちまってな」

「別に私は不釣り合いなんかじゃありませんよ……。勝本さん、でしたっけ?お知り合いですか?」


 カナは困惑しつつも微笑みながら俺に聞いてきた。


「中学の同級生の勝本だ。長い間会ってなかったけど、昔は仲が良かったんだ」

「いわゆる親友ってやつだ。そうだ、昼飯まだなら一緒に行こうぜ」

「あいにくだが、さっき昼ご飯を食べたばかりで、今は夕食の買い出しに行くところだ」

「そうなのか、今日の夜は予定があるし明日には向こうに帰るんだがな……」


 勝本の表情は寂しげだった。カナが穏やかな声で口を開いた。


「せっかく会ったんですし、お二人でカフェとかに行ってはどうですか?積もる話もあるでしょうし。買い物は私がしておきますよ」

「本当にいいのか、カナ?」

「大丈夫ですよ。私とはこれからもたくさんの時間がありますが、勝本さんとの時間は今日だけかもしれませんから」


 本音を言うと俺も旧友と再会して思い出話がしたくなっていた。カナがそういうならそうしよう。


「それもそうか……ありがとう」

「本当に親切で良い子だなあ。じゃあ柏木、学校帰りによく行ってたあそこに行こうぜ。チェーン店だけどまあいいよな」


 勝本の勢いに半ば引きづられていくと、カナが笑顔で手を振ってくれた。手を振り返してカナと分かれてカフェに向かった。


 カフェに着いてお互いの近況とか中学の話とかをした。もっとも勝本が一番気になっていたのはカナのことだった。


「それで、あの子、カナって言うのか?かわいくて優しそうな子だったな」

「今一緒に住んでるんだよ。料理もおいしいし、本当に俺には過ぎた女だ」

「いったいどうやって付き合ったんだ?お前から告白したのか?」


 そういえばどうだったっけ。カナと出会った頃の記憶をたどってみた。


 思い出せない。


「……覚えてないな」

「覚えてない?恥ずかしくて言えないのか?あ、それとも告白とかなしにだんだん親しくなったとかか?」

「まあ、そんなところだ」


 本当に思い出せないことを悟られないように、とっさにごまかした。自分の彼女とどうやって付き合ったのか覚えてないなんて普通じゃない。いや、そもそもカナとどうやって出会ったのかも思い出せない。


 胸がざわつく。何かがおかしいという感覚が拭えない。


 その後もいくらか勝本と話をしたが、上の空で内容は覚えていない。



 家に帰ると、カナは買い物を終えて先に着いていた。


「おかえりなさい。勝本さんとのお話は楽しかったですか?」

「あ、ああ」

「それはよかった。あ、そろそろ夕食の準備をしましょうか。今日は肉じゃがですよ」


 俺は恥ずかしながら包丁をまともに握ったことがなく、料理などとてもできないので食事の準備はいつもカナに任せてしまっていた。


 まさかカナに自分たちがどうやって付き合ったかを聞けるはずもないから、とりあえずカナが夕食を作っている間にスマホの写真をたどってみることにした。


 カナが作った料理の写真、二人で行った場所の写真……見るだけで当時の幸せが蘇ってくるようだ。そんな温かくて美しい思い出の山をスクロールしていると、突然無機質な予定表や連絡事項の写真ばかりが現れるようになった。


 この頃から交際を始めたのだろうか?なら、このときのカナとのSNSの会話履歴を見てみよう。


「そんなバカな……」


 思わず驚きが口をついて出てしまった。カナとの会話はいきなり『今日は外で食べてくるから夕ごはんはいらない』から始まっていた。


 最近携帯を変えたわけではない。この状況から考えると、俺とカナは突然、何の前触れもなく同棲を始めたことになる。


「どうかしましたか?」

「い、いや何でもないよ」

「?そうですか」


 不思議そうな顔に微笑みを浮かべながらカナは料理に戻っていく。いつもなら愛しいカナの笑みに、えも言われぬ不気味さが感じられた。


 しばらくして夕食を作り終えたカナがテーブルに食器を並べた。おいしそうな香りが漂ってくる。


「いただきます」

「……いただきます」

「あれ、今日は写真、撮らないんですか?」

「あ、ああ。忘れてた」


 カナの作った肉じゃがの写真を撮って食べ始める。今日も文句なくおいしい。傍目には幸福そのものだ。しかし心の中に芽吹いた疑念が邪魔をする。


「勝本さんと何かあったんですか?」

「え?」

「帰ってきてから何か変ですよ」

「何でもないよ。長いこと話したから疲れたのかな」


 沈黙。昨日までは二人の時間が穏やかに続くことを意味していたが、今は気まずさが感じられるだけだ。堪えきれなくなって言葉が口から溢れた。


「そういえばさ、俺たちって付き合う前どんな感じだったっけ」

「はい?」

「いや、勝本にカナとの馴れ初めを聞かれてね。正確には覚えてなくてさ」


 カナは顔に手を当ててちょっと考えるような素振りを見せてから答えた。


「そういえば……どうでしたっけ。私も、あまり覚えてないです」

「そ、そうか……」


 曖昧な返答に疑念が深まる。カナも覚えてないなんてことがありうるのか?


「俺と一緒に暮らす前って、カナはどこに住んでたんだっけ」

「どうして今さらそんなことを気にするんですか?」

「なんとなくだよ、なんとなく」

「実家ですよ」

「それはどのあたりに……」


 カナは質問に答える代わりに心配そうな表情で尋ねてきた。


「やっぱり何かあったんですよね?正直に話してください」

「本当に何でもないんだよ。ああ、ちょっと散歩してこようかな」


 居ても立っても居られなくなった俺は急いで支度して家を出た。



 夜風が冷たく頬をなで、静かな住宅街の中で自分の足音だけがやけに大きく聞こえた。しばらく歩いていると近所の公園に着いた。この時間にはもう誰もいない。


 点滅する街灯に照らされたベンチに腰掛けて考える。カナはいったい何なんだ?


 思えば都合が良すぎたような気がする。今まで女性との縁に乏しかった自分が突然カナのような優しくてかわいい、どんな男も放っておかないような人と付き合うなんてことがあり得るだろうか?もしかして、カナは幻なのか?俺は狂ってしまったのか?それとも、何らかの目的で自分を騙しているのだろうか?


 止まらない思考の渦から急に現実に引き戻された。


「こんなところにいたんですね」


 公園の入口にカナが立っていた。俺は立ち上がって後ずさった。


「ちょっと待った、来ないでくれ」


 俺の言葉を無視してカナは近づいてきた。俺は目を閉じた。


 柔らかい。


 目を開けると、カナが俺を抱きしめていた。


「私にあなたと出会う前の過去がないことに気づいたんですよね」


 カナは静かに笑みを浮かべた。


「でも、過去を探して何になるんですか?私たちが今こうして一緒にいる。それが何より大事なんです。」


 カナの声は穏やかだったが、その中には強い意志が感じられた。


「私は、あなたと一緒に過ごしたいんです。それだけが幸せなんです。あなたが過去に執着して私を疑うなら、それはとても悲しいことです。私たちは一緒に、今を楽しむべきじゃないですか?毎日、話して、笑って……それで十分じゃないですか?」


 カナの言葉の1つ1つが心に響いた。


 たぶん、これが選択するときなのだろう。


 1つの道は、カナを追及して過去と向き合うことだ。この選択は必ず彼女を悲しませるだろう。カナの過去を探れば彼女が俺の前から消えてしまうのではないかという恐れが拭えなかった。この道を選べばカナと離れ、今の幸せを捨てることになる。


 もう1つの道は、過去を振り返ることをやめてカナの愛を受け入れることだ。問題はまったく解決しないが、今までと同じ幸せな時間が永遠に続くだろう。カナは俺がこの道を選ぶことを望んでいる。カナのいない不安定ではっきりしない霧の中の道を歩むより、カナと一緒に幸福に満ち溢れた生活を続ける方がいいのではないだろうか。


 どれだけの時間考えただろうか。ついに答えが決まった。


 俺はカナを強く抱きしめ返した。もう過去を振り返ったりはしない。今だけを見つめて生きていく。


 冷たい夜の中で、カナの体温だけが腕の中で感じられた。太古の昔から地球を照らし続ける星々が、ただ無言で見守っていた。


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