3話 初めての友達と
授業が終わるなり、夏南は夜風に手を引かれ足早に学校と後にする。向かうは隣町にあるショッピングモール。そこであれば大体の物は揃うし、ゲームセンターや映画館などもあるので、この辺の高校生の遊び場と言えばここであるといえよう。
「みんな夜風と遊びたそうだったけどいいの?」
ギュッと手をつないだまま半歩前を歩くその背中に気づけば夏南は声をかけていた。
どうせわかりきった答えが返ってくるとはわかっていたが、それ以外に話題が思いつかなかったので夏南は、口下手な自分が悪いから仕方ないと自分を納得させる。
教室から出るとき、我先にと夜風へと声をかけようとしていたクラスメイト達の顔が浮かぶ。そして、それらを差し置いて夜風が声をかけてくれたので、”なんでお前が”という目つきはなかなかに恐ろしかった。
クラスメイトから嫌われている自覚はある。だがまぁ、幼いころの自分の行動を考えれば納得してしまう。だからこそ少し心配だった。こんな自分といれば、夜風もみんなから距離を置かれてしまうのではないのだろうかと。
だが、そんな夏南の不安など吹き飛ばすほどの真剣な顔で夜風は答える。
「私は夏南がいればそれでいい。ほかの人なんかいらないよ」
その声にどこか暗くひんやりとしたものを感じる。が、それは勘違いだったと思わざるを得ないほど、次に見た彼女の表情はヒマワリのように明るかった。
「さっ! 早くいこっ! いろいろと回ってみたかったんだよね!」
「……ん」
そっけなく返事をしつつも、夜風の手を握り返す夏南の手は力強かった。
いろいろとあれもこれもと見ている間に、すっかりと夕方になってしまったらしく、帰り路を歩く二人の影が、夕陽に引き伸ばされて揺れている。両手いっぱいに袋を持って無事に荷物持ちとして役目を全うする夏南。その顔にいくらかの疲労を浮かべながらもその口元には笑みを浮かんでいる。
「いやぁ、なんかごめんね。本当にたくさん持ってもらっちゃって」
「いいよ。体力にはそこそこ自信あるから。それに、クレープっていう報酬貰ってるからちゃーんと働きますよ」
何でもないように言ってみせれば夜風は大きな目を細める。
「夏南は将来女たらしになるね」
「は? なんでよ」
「そういうところ」
そういいながら夜風は夏南が持っている荷物を見る。夜風も当然荷物はたくさん持っているが、それらはすべて軽い物で重たいものはすべて夏南が持っている。指摘された夏南は意味が分からず首をかしげる。特別なことをした覚えはない。力がある方が重い物を持つのは普通のことだろう。
「ん? どういこと? 私のほうが力あるんだから、持つのは普通でしょ」
「だーっ、そういところだって。そういところに女の子はドキッとしてしまうわけですよ」
「は、はぁ……てか、私も女なんだけど。てか、こんな会話この前もしたような」
水無月もよく似たようなのことをしてくれるので、それが人間として普通のことだと思っていたが、どうやら少し違うらしい。頭にたくさんの疑問符を浮かべていると、夜風は小さくため息をついて「まぁ、そのうちわかるよ」とだけ言って、手に持っていたジュースを夏南の口元へと持っていく。
ストローに口をつけてそれを少し飲む。桃ジュースはかなり甘いが結構おいしい。こういう優しさのほうがドキリとするんじゃないかと思ったが口に出したらまた何か言われそうな気がしたので、そっと胸の中へとしまっておく。
夕日が落ち始める帰り道を歩く。小学生たちが楽しそうに友達と走っていくのを横目に見ながら、夏南は夜風ともっと早く出会えていたらあんな感じに家に帰っていたのかなと、ぼんやりと考える。
「あーあ、夏南と幼馴染とかだったら毎日楽しかったんだろうなぁ」
「え?」
「だってさ、放課後とかいろんなところで遊んだり、夏休みとかは一緒に図書館とか家で宿題やったりってさ、絶対楽しいよねー」
「え、あ……そ、そうかもね」
不意に呟かれた言葉にドキリとする。そして、自分と同じようなことを考えてくれていたのだと胸がぽかぽかとした温かさに包まれる。
あぁ、本当にそうだったらきっと幼き頃の寂しい自分はいなかったかもしれない。だがすぐに、自分の能力を思い出して複雑な気分になる。
「夜風」
「んー?」
夕日の眩しさに目を細めながら、夏南は小さく微笑む。案外いま会えてよかったのかもしれない。だって、幼いころの自分であれば、今も視界の端に見えているあれらを無視できないから。そうなったら、きっと彼女と仲良くはなれなかった。
「また遊びにいこう」
「うん! 行こう行こう! たーっくさんいろんなところに行こうね!」
その日の夜。
お風呂から出た後、ソファに座ってテレビを見ながら麦茶を飲んでいると、水無月が隣に腰を下ろす。いつものだんだら羽織姿ではなく、浴衣を着たそのは姿は艶やかで、裾から除いた白い肌なんか見慣れているはずなのに思わず視線をそらしてしまう。
その視線の動きに気づいているのか。水無月がフッと口角を上げる。その表情ですら、夏南の心臓を高鳴らせるには十分すぎる。
『今日は楽しかったか』
「うん。でもごめんね? 水無月のことほったらかしにしちゃって……」
『かまわん。私はお前が楽しければそれでいいからな』
心の底からそう思っているのだろう。その声はどこまでも穏やかだ。だが、ほったらかしにしてしまったことは事実だ。浮かない顔でいる夏南へと水無月は小さく微笑むと、ポンと頭に手を置いた。その手は暖かく力強さがある。この手の感触感じるたびに、本当に彼女は幽霊なのかわからなくなってしまう。
『今度の休みは私と散歩でもしようじゃないか』
「それだけでいいの?」
『ああ、それだけで私には十分だ』
もっといろんなことを要求されると思っていた夏南は拍子抜けしてしまう。が、よく考えれば水無月はこういう人だったと思いなおす。ただただ、自分と共にいることが喜びだと言わんばかりに欲の薄い人。
「……でも、それだけじゃやっぱ悪いからさ、また悪霊の祓い方を教えてよ」
『ん、構わんがいいのか? アイツに知られたら怒られるんじゃないか?』
「バレなきゃいいでしょ」
にひっと笑って返す。悪霊の類からは基本的に水無月が守ってくれる。だが、彼女的には自分の世界に連れていったときに、自分で小物の悪霊くらいはあしらえるようになって欲しいと思っているらしく、ちょくちょく祓い方を教えてくれる。
だが、本来であればそれは田舎に住む叔母に禁止されている。幽霊とかそう言ったモノとは距離を置いて普通の暮らしを叔母は望んでいるから。自らあちら側に足を踏み入れることを快く思わないのだ。
だからこっそりと教えてもらう。何かあった時に自分の身ぐらいは自分で守れるように。だが、それが毎回かなりのスパルタなので大変ではあるが。
『まぁ、お前がそう言うならばいいだろう。ちょうど、練習にピッタリな奴をこの前見つけたからな』
「うわぁ、あんまり怖いのはやめてね」
『平気だ。お前ならば問題なく祓えるさ』
「そんなこと言って、前はとんでもない目に遭わされた気がするんだけど……」
『だがちゃんと一人で何とかしたじゃないか。私はお前が乗り越えられない試練を用意しないさ』
全く信用できない笑みを睨みながら、夏南は諦めたようにソファーの背もたれに思いきり寄り掛かる。そのまま天井を見上げる。
「ちゃんとできたら褒めてよね」
『ああ、もちろんだ。嫌というほど誉めてやろう』
ニヤリと笑って見せる彼女に、夏南は心底が顔がいいと思った。
次の休み。いつも起きる時間よりもずっと早く起こされた夏南は眠気眼を擦りながら、手早く朝食を済ませ、押し入れの奥に隠してある手作りのお祓いグッズをボディバッグに詰めていく。
窓の外を見れば外はまだ薄暗く、静けさに包まれている。聞こえる音といえば、遠くのほうで新聞配達と思われるバイクの音がかすかに聞こえるぐらいだ。
玄関に向かうと、そこにはすでに水無月が両腕を組んで待っていた。まぁ、幽霊は準備なんて不要なのだから先に待っているのはなんら不思議ではない。が、それでもなんだか負けたような気がしてしまうのは子どもだからだろうか。
『準備はいいか? ん、札を持って行くんだな』
「まーね。この前教えてもらったのがやっと完成したから試したくって」
そう言いながらバッグの隙間から札を見せる。それは、以前に水無月から教えてもらいながら頑張って作成した式神だ。これを地面に叩きつければ犬の式神が出るはずである。練習では出たから、きっと大丈夫なはずだ。
まじまじと眺めた水無月は『悪くないな』と頷く。どうやら、彼女の厳しい基準はクリアできたようだ。ならば、実践で使えればかなり頼りになるはずだ。ワクワクする夏南に水無月は、
『うむ、ならば今日はその式の初陣だな』
と言った。
家を出て通学路を歩く。日が昇りそうで昇らない微妙な時間帯を歩く人はいない。それもそうだ、理由がなければこんな時間に外に出る意味がない。薄暗過ぎて向かいから歩いてくる人の顔が分からず気味が悪いから余計に歩こうとは思えないだろう。
昔の人はこの時間を“彼は誰時”と呼び、できるだけその時間には外出をしないようにしていたらしい。でも、農家や朝が早い人間はどうしてもこの時間に出なければいけず、怖さを紛らわすためにすれ違う人たちに「誰ですか?」と、問うからそう呼ばれるのだという。
『この時間にすれ違う人間に“誰だ?”と問いかけるが、その時間において絶対に声をかけてはいけない存在がいるのは知っているか?』
「それって悪霊のことでしょ? なら、最初から声なんてかけないでしょ。てか、そもそも見えないから声かけようがないだろうし」
『まぁ、そう考えるだろうな。それにたまたま見えたとしても、悪霊は見た目と雰囲気でよほど鈍感じゃなきゃわかるからな』
だがな、と水無月は言葉を続ける。
『彼は誰時と逢魔が時はそうはいかない。朝と夜が曖昧になるからこそ、ヤツラの存在も曖昧になってわからなくなるんだ。見えない人間も見えてしまうことがあって、昔はそこでうっかりソレらに声をかけて襲われるということがあったんだ』
「へぇ、じゃあ、はっきり見えちゃうってことなんだ」
『そうだ。それにこの時間はヤツラの力がグッと高まるからな。でもそんな奴らには一目でわかるぐらいの特徴がある』
「特徴?」
夏南は首をかしげる。
『あぁ、そいつらはな、うっかり声をかけてしまうぐらいに人にそっくりだが、そいつらの顔はなまるで昼間みたいにはっきり見えるんだよ』
そう言いながら、水無月は前方へと顔を向ける。つられて目を向けるとそこには、一人の女が立っていた。後ろ姿ではあるが、若い女に見える。
それを見た瞬間、夏南の背筋に冷たい嫌な予感が走り抜ける。
『まぁ、お前ならば顔なんぞ見る前にわかってしまうだろうがな』
「……ねぇ、もしかしてだけど、アレって言わないよね……?」
恐る恐る女を指さす夏南の顔には先ほどまでのワクワク感なんて全く浮かんでいない。無理もない、ある程度距離があるとはいえ、女がこの街ではほとんど見ることのない強い力を持った存在だと本能的に理解しているからだ。
薄闇でもはっきりと浮かび上がったシルエット。
一歩近づけば、まるで薄いカーテンが明けたようによりはっきりと、そこにいるヤツの姿を視認することができる。
もともとは美しかったであろう深紅のサテンドレスはボロボロで、そこから覗く手足はゾッとするほどに白く血の気がない。黒く長いその髪はパサつきバサバサだ。明らかに生きている人間ではない。
彼は誰時だからだけではない。アレが強い存在感を持っているからこそ、そこまでこと細かくわかるんだ。否、認識させているのである。
女がゆっくりと振り向く。その顔は憎悪に満ちていた。おそらくは何かを恨んで自殺したのだろう。恨めし気に血走った眼と食いしばった口から流れる暗褐色の血がそれを物語る。
あぁ、本当に厄介だ。力を持っているだけでもきついというのに、恨みの念がとても強い奴は、普通の悪霊とは違った力を持っている可能性が高い。
きっと違うと思って水無月を不安げに見上げる。すると、水無月はどこまでも楽しそうに、
『式の練習にはちょうどいいじゃないか』
そう言って彼女は一歩下がる。それは、なにかあるまで絶対に助けてはくれないという意味だ。夏南はハァと大息を吐いてからバックの中へといれていた札を二枚取り出す。
そして、意を決して口を開く。
「アナタは誰ですか」




