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私に憑いている存在について  作者: 鮫トラ


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1話 人には見えないものが昔から見えていた


「ねぇ、知ってる? 今日転校生が来るらしいよ」

「えっ、マジ? どんな子だろうね」


 近くの席に座る女子クラスメイトの会話が聞こえてくる。朝守夏南(あさもりかなん)は机に頬杖をつき、興味なさげに窓から下のグラウンドを眺めていた。


 この鷺ノ宮(さぎのみや)女学園に転校生が来るのはかなり珍しい。都会から少し離れたこの町は住人が少なく、大抵の子どもたちは都会の学校へ行ってしまうからだ。しかも、もうすぐ夏休みもやってくるというのに。こんな中途半端なタイミングの転校。おそらく、のっぴきならない事情を抱えてやってくるに違いない。

 そんな夏南と同じ考えを抱いている女子生徒たちは、まるでゴシップ記事を楽しむかのように想像をふくらませている。


 グラウンドには一人のサラリーマンが歩いていた。その足元はおぼつかない。それも無理はない、なんせ彼には――片足がないのだから。

 ふらふらと歩いていたその姿は、やがて霧のように消えていく。夏南が視線を上げると、ちょうど目の前をにゅるりとトカゲに羽が生えたような、薄い翡翠色に発光する物体が飛んでいた。

 ああ、面倒くさい。またか。

 夏南は目の前を飛ぶソレに手を伸ばしそのまま握りつぶす。そして、ひらひらと祓う。すると、それに気づいた女子生徒の一人が怪訝な顔をして、もう一人の袖を引いた。


「ちょっ、またやってるよ……」

「うわっ、ホントきしょいね」


 こそこそと話しているつもりなのだろうが、ばっちり聞こえている。夏南はため息を吐く。それは、相手に向けたものではなく、無視すればいい存在に思わず反応してしまった自分に対してのものだ。


――そんな時だった。

 ぞっとするような寒気が背筋を撫で、夏南はまずい、と顔を引きつらせる。


『またあの小娘たちか。そろそろ本気で祟ってやろうか』


 空気がひやりと揺らいだかと思うと、ふわりと音もなく突如として姿を現したのは一人の女性だ。夕日を背負ったかのような赤銅色のだんだら羽織を纏い、赤銅色の長い髪に同じ色の瞳を座らせた彼女は、不機嫌さを隠そうともしない。

 そこらのモデルなんてかすむほどに整った顔で、その表情はかなりの迫力がある。もし、彼女たちに()()姿()()()()()()()()恐怖に慄いていただろう。だが、ほかのクラスメイトも彼女の存在に気づくことはない。


 なんせ、彼女の姿は夏南以外の人間には見えていないのだから。


 彼女の名前は水無月(みなづき)。夏南が生まれた時から傍にいる――自称・守護霊である。いつでも隣で守ってくれるということ以外はほとんどが謎に包まれているが、夏南はそんな彼女のことを世界の何よりも信頼している。


 ちょうどそんな時だ。鳥のような虫のような不思議な姿の浮遊霊がふわりと夏南の眼前を横切った。

 水無月はすかさずそれを握りつぶすと『これをぶつければよかったな』と零して、手に残った残滓をひらひらと落とす。

 夏南は心の中で、彼女が実行しなくてよかったと胸をなでおろす。今のは少し性質が悪い霊で、本当にぶつけられていたら、何かしらの霊障が起きていたかもしれない。


 再びグラウンドに目をやると、消えたはずのサラリーマンが姿を現し、こちらを見上げていた。眼窩に瞳はなく、真っ暗な穴がじっとこちらを見つめている。

 ああ、しまった。これは目をつけられたな。

 夏南は、もう何度目かわからないため息を吐いた。


 朝守夏南。高校二年生、十七歳。

 彼女は普通の人には見えない存在――いわゆる幽霊という存在を見ることができた。そして、見えないものにおびえる自分を誰も理解してくれない生活のせいで生きている友人はおらず、“見えない人間”への不信感を抱えたまま学生生活を送らなければならないという苦行を強いられていた。


「……早く帰りたい」


 ぼそりとそう呟いた夏南に、水無月は目を細めて苦笑しながら見下ろした。




 ホームルーム開始のチャイムが鳴って少しすると、担任である古賀先生が教室へと入ってくるなり、まばゆい笑顔をみんなに向けた。


「おーし、みんなおはよう! 多分知っているんだろうが、今日はこのクラスに転校生がやってくる! さっ、入ってくれ!」


 彼の声に続いてがらりと教室の扉が開き、一人の女子生徒が教室へと足を踏み入れる。

それは、とびきりの美少女だった。その美しさに、生徒たちは息も忘れるほどに彼女に見とれてしまう。

 その中において、夏南は平然と彼女を眺めていた。そこに特段の感情が浮かび上がることはない。当然だ、なんせこのかた生まれた時から絶世の美女が隣にいるのだ。ちょっとやそっとの美形に心動くことはない。

 そんな夏南の考えを読んだように、水無月は得意気にうんうんと頷く。


仙堂夜風(せんどうよかぜ)です。これからよろしくお願いします」


 風鈴を思わせる美しい声でそう言った彼女はお辞儀をする。それだけで、クラスの心をさらってしまった。ほとんどの生徒が頬を赤らめて見入っている。


『ふっ、まるで魅了の妖術でも使ったようだな』


 水無月の冷やかしに夏南が同意する。その時、パチリと不意に転校生と視線が絡む。澄んだ瞳が夏南を射抜いた。

 きっと、これがほかの人間であれば恋心を抱いていたり、運命を感じていたかもしれない。だが、夏南は至って平然と、興味なさそうに見返す。すると、一瞬だけ夜風は視線を動かし、また夏南を見つめる。

 水無月が不思議そうに『知り合いだったか?』と訊いてくるので、周り不審がられない程度に首を横に振る。そもそも、知り合いではないことくらい、おはようからお休みまで隣にいる彼女が一番知っているはずだ。


 そうしているうちに、古賀先生に促されて夜風は空いている席へ。夏南を先頭とした列の一番後ろに座った彼女は、じっと夏南を見つめている。背中からひしひしと刺さってくる強い視線。なんなんだ、と夏南は、外を悠々と飛び交う浮遊霊をぼんやりと眺めるながら、心の中で深いため息をつくのだった。






 昼休憩が始まるなり、夏南は朝に買った昼食の入った袋を手にもって席を立つ。ほかの生徒たちは皆、夜風と話したいのか我先にと押しかけている。

 横を通り過ぎていく夏南を、夜風は目で追いかける。その視線に気づかないふりをして、夏南は足早に教室を出ていった。


 体育館裏にある大木の木陰。お気に入りの場所に腰を下ろし、夏南は手早く袋に入っていたおにぎりを取り出す。期間限定の肉みそおにぎりは、ここ最近のお気に入りだ。

 ぺりぺりとフィルムをはがして一口。甘味強めのみそ味に、ゴロゴロと粗めの豚そぼろ。塩気のきいた白米との相性最高で、何個でも食べれてしまいそうだ。実際、袋の中には同じものがあと二個入っている。


 ふわりと音もなく姿を現した水無月は夏南の横に腰を下ろす。おにぎりを見るなり“またか”といった目を向けてから、話しかけた。


『あの転校生、ずーっとお前のことを見ていたな。実は知り合いか?』

「さぁ? あんな子、見たことないよ。てか、そんなこと水無月がいちばん知ってんじゃん。……でも、もしかして……悪霊祓ってるとことか見られてたのかな」

『そういえば、朝そんなことをしたな』


 今朝、学校に向かう途中で運悪く悪霊に出くわし、放っておいても帰り道にどっちみち祓うのだからと先に祓ってからここに来たのだ。もしかしたらその時の姿を見られていたのかもしれない。見えない人からすれば、何もないところで変な動きをしているとしか見えない。なら、朝見かけた“変な奴”が同じクラスにいる、と気になってじっと見ていたのも納得だ。


『奏南にも友達を作れと言われているんだから、話しかけたらどうだ』

「ねぇ、話聞いてた? もし、見られてたんだとしたら、話しかけちゃダメな奴じゃん」


――気味が悪い。

 いつの日にか言われた言葉が、ふっと脳裏をよぎる。今ならきっと大して気にしないでいられるかもしれない。けれど、また言われるかもしれないとわかっていて、挑戦する勇気はない。


『ふぅむ。まぁ、お前がそれでならいいが――どうやら、そうはいかなそうだぞ』

「え? 何言って……」


 水無月が遠くを見る。つられてそこに視線を向けると、大きく手を振りながらこちらへと向かってくる夜風の姿があった。

 その光景に夏南は思わずおにぎりを落としそうになる。すぐに気を取り直してから、わずかに顔を引きつらせる。


「こんなところにいたんだね。探したよー。あ、隣、座っても平気?」


 返事を待たずに夜風は隣へと腰を下ろす。そして、教室での落ち着いた笑顔とは打って変わって、ひまわりのようにまばゆい笑顔を夏南へと向ける。


「ねぇ、貴女が朝守夏南さん?」

「え、あ、そ、そうだけど……」

「やっぱり! あーよかった、違ったらどうしようかと思ったよ」


 にこにことする夜風に、夏南はどうしたらいいかわからなかった。そっと彼女にばれないように水無月へと視線を向ける。すると、水無月は肩をすくめ、明後日の方向へと顔をそむけてしまう。


「えっと、なんでここに……?」


 久しく同世代の“生きている普通の人間”ときちんと話していなかったせいか、夏南はたどたどしく問いかける。夜風はにっこりと不思議そうに首をかしげ、一言。


「貴女と話してみたかったから、かな?」

「……へ?」


 夏南は目を瞬かせる。

 今、この人はなんて言った?

 彼女の頭の中は激しく混乱する。だが仕方ない。なんせ“同世代の生きている人間”にそんなことを言われたことなんてなかったのだから。

 迷惑だったかな? と言った風に夜風は小首をかしげる。水無月という超絶美女に見慣れていなければ、その仕草だけで夏南の心はあっさりと奪われていただろう。それでも、直視は難しく、夏南は目を逸らしつつ首を横に振った。


「そんな、こと、ない……」

「ふふ、よかったぁ」


 にこりと笑った夜風は「改めて」と言葉を続け、手を差し出す。


「仙堂夜風です。夜風って呼んでくれると嬉しいな」

「……あ、朝守夏南です。夏南で、いいよ」


 おずおずと握手を交わすと、夜風はぎゅっと強めに手を握って、また、まばゆい笑顔を向けた。




「あ、そうだそうだ。夏南って放課後、暇?」


 しばらくお互いのことを話したあと、不意に夜風が尋ねる。部活に入っていない夏南は首を横に振った。


「別に暇ではあるけど……」

「じゃあさ、じゃあさ! 放課後、学校案内してよ」

「え、私が?」


 ぱっと手を取り、顔を近づけた夜風の瞳がきらきらと輝く。思わぬ至近距離に、夏南は反射的に身を引きそうになる。


「うんっ! ダメ?」

「え、いや……その、私じゃなくても、ほかの人が案内してくれると思うけど……」


 視界の端で水無月が『友達を作るチャンスじゃないか』と囁くのが聞こえる。そんなことわかっている。けれども、夏南はそう言わざるを得なかった。

 あれだけ囲まれていたのだから、きっと誰かが立候補しているに違いない。そんな人たちを差し置いて自分が案内したと知られれば、夜風に迷惑が掛かってしまうと思ったからだ。


 そう考えて夜風を見ると、彼女はあからさまに不機嫌そうな口調で言った。


「ほかの人はヤダ。夏南がいい」

「えぇ……」


 小さな子どものように頬を膨らませる彼女に、夏南は困り果ててしまう。やがて夜風は、うかがうようにに夏南の瞳をじっと見上げる。

その捨てられた子犬のような視線から逃げるように、夏南は瞳を伏せる。


「やっぱり、だめ?」

「だめではないんだけどさ……きっと、私といたら夜風に迷惑かけちゃから……」


 きっと、今日でなくとも近いうちに、“朝守夏南”という人間についてクラスメイトが話題にするだろう。その時、こんな自分と一緒にいたとなれば、確実に迷惑をかけてしまう。

 そう口にすると――何かを察したのか、夜風の顔色が一瞬にて冷たい色へと変わった。夏南の背筋にゾクリとしたものが走り抜けていく。

 そんな表情のまま、口元だけにっこりと笑って、夜風は無感情な声で言った。


「興味ない。そういうの、くだらなすぎ」


 ぎゅっと握る手に力を込めながら、夜風の真剣なまなざしが夏南の瞳を射抜く。そのまっすぐさに、思わずどきりとしてしまい、夏南の手がかすかに震える。


「ほかの人なんかじゃなくて、私は夏南がいいの! 夏南じゃなきゃイヤ!」

「なんでそこまで……」


 出会ったばかりだ。そこまで好かれることをした覚えもない。だからこそ、ここまで言ってくれる彼女にただただ困惑してしまう。

 すると、夜風はわずかに頬を赤らめ、はにかんだ。


「多分さ、一目惚れなんだよね」

「えっ……!?」

「あ、いや! 変な意味じゃないからね!? 初めて見た瞬間さ、ああこの人と友達になりたいなって思ったの」


 まっすぐな言葉に、嘘はない。そう思ってしまった夏南は「え、あ、その……」とうまく言葉にならない声が漏れる。その顔は真っ赤である。

夜風がチェシャ猫のように目を細めて、顔を近づけ、こてんと首を傾げる。


「脈ありかな?」


 冗談めかした微笑。視界の端で、水無月がくすくす笑っているのが見えた。

 もう降参だ。夏南は白旗代わりに大きくため息を吐き、ふっと表情を緩めて彼女を見る。


「脈ありでいーです」


 そう、降伏宣言をした。


読んでいたただきありがとうございます。

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