ルール⑤ 投票とアクション
このページには『セイレムノ悪夢ハ何処ニ蠢ク』のネタバレを含みます。
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プレイヤーが最後に意思決定を行う場面、投票。
マーダーミステリーにおける投票は、実に様々なものがある。中には、投票という形でないものまである。俗にいうアクションフェイズというものだ。
このページで言いたいことはただ一つだ。犯人が誰かに投票する、という形以外でゲームを締めようとしないほうがいい、ということである。
これは正直、言い過ぎかもしれない。犯人投票以外が最終意思決定でおもしろいシナリオはたくさんある。私は謎解きゲームが嫌いなので個人的には面白いとは思わないのだが、とはいえ客観的に見て面白いものは多い。
なぜ犯人投票以外をクライマックスにもっていかないほうがいいかと言うと、ゲームの作りが複雑になってしまうからだ。それくらい調整できると、あなたは豪語するかもしれないが、ゲームの調整ができるかどうかと、ゲームとして面白くなるかはまったく別問題だ。
考えてみてほしいが、マーダーミステリーをしに来た人間は、マーダーミステリーがやりたいのであって、謎解きやパズルがしたいわけではない。たまにはそういったゲームに騙されて触れてみるのも一興だが、その程度である。
さらに、あなたの初作品がそのようなゲームであった場合、あなたの作者としての印象は「マダミスのシナリオと嘘をついて謎解きをやらせる人」で固まってしまう。2作目以降を出しても、一定数のプレイヤーはそれを遊ぶ気にならないだろう。この文章を読んでいるようなシナリオ制作素人は、まず犯人投票があるシナリオを一つ作るべきだと私は考える。
さて、犯人投票をすべきとは言ったが、これはアクションフェイズにするなと言っているわけではない。要するに、アクションフェイズが犯人投票の代わりになっていればいいのである。
投票という形をとっていれば、ゲームバランスを考えるのは比較的簡単だ。プレイヤーの行動は、誰かに「犯人はあなただ」と票を投じる以外ないからだ。投票が如何なるときに有効となるのか、過半数なのか3票以上なのか、同票の場合どうするかという算数の問題はあるものの、結果の可能性は大した数ではない。それぞれの結果に応じてエンディングを個別に作成しても苦しくはならない。
これに比べて、アクションフェイズというものは複雑だ。
アクションフェイズとは、キャラクターの行動をプレイヤーが自由に選び、ゲーム内でキャラクターが動き回っているかのようなターン制のシーンを指す。いくらゲーム上、キャラクターの取れる行動に制限があるとはいえ、その自由度は投票の比ではない。
これを調整するのは骨の折れる作業だ。しかし、アクションフェイズが犯人投票の形を変えたものであれば、マーダーミステリーとしての面白さを欠くものではない。難しいけれど、やりがいのある仕事だ。
アクションフェイズに必要なのは、各キャラクターの行動動機と、どうやって多数側が有利なものにするかだ。
例えば各キャラクターの可能な行動の中に”誰かを殺害”や”誰かを拘束”のようなものがある場合、そのキャラクターがどれを選ぶべきなのかのヒントが必要だ。プレイヤーによって異なるかもしれないが、アクションフェイズにやりたいことの指標が無いとプレイヤーが困ってしまう。アクションフェイズをゲームに取り入れる際、どのキャラクターがどの行動択で葛藤するかを議論導線に入れなければならない。
また、アクションフェイズは基本的に犯人投票の形にするのがおすすめだ。であるからして、犯人陣営を正しく少数側に出来た場合に、犯人を捜す陣営の目標達成としなければならない。これが難しく、上記の例で言えば、”誰かを殺害する”を一人のキャラクターが犯人に通せば犯人を捜す陣営の勝利、となってしまえば理不尽この上ない。議論でやるべきことは、誰が多数派で誰を犯人とすべきかなので、その議論内容がアクションの結果に反映されないと、議論で話し合ったことはいったい何だったんだ、となってしまう。
これらの問題について、少なくとも私の手札には銀の弾丸がない。すべてを一手に解決する方法はなく、各々のシナリオごとにアクションの形も違えば結果出力したい状況も異なるだろう。
私が制作したシナリオでも、アクションフェイズと呼べるものがあるのは1作品しかない。これを例に、どのような意図でアクションフェイズを導入し、どのような解決を行ったのか見ていく。
『セイレムノ悪夢ハ何処ニ蠢ク』
このゲームはクトゥルフ神話TRPGをベースにつくった為、TRPG的なキャラクターが自由に動けるシーンを作りたかった。
このゲームのアクションフェイズは自由で、GMはプレイヤーから提示されるアクションの処理を即興で考えなければならない。例として”拘束” ”攻撃” ”逃げる”などの行動が示されるが、どのようにそれを行うかも指定できる。
選択された行動は一斉に行われる、という設定で、行動順はない。殺害が通ってしまえばそれまでだが、”様子を見る”というコマンドを使えば反撃可能だ。しかしこれは”拘束する”に弱くなっており、ジャンケンのような様相を呈している。
基本2陣営にわかれるこのシナリオでは、ピンポイントで最適アクションを叩きだせるかどうかは運しだいだ。アクションの力関係がジャンケンになっていることで、一人の行動だけで確実に誰かを処理することはできない。だからこそ、信頼できるキャラクターと協力し、行動を併せなければならない。
犯人サイドは誰を信用できる味方と認識するか、そして自衛に徹するのか、儀式を最速でやり遂げるのかを考えなければならない。
そして犯人を探す陣営は、誰を味方と認識するか、悪くなり続ける状況下で犯人に攻撃を仕掛けるのが良いのか、その場から逃げるのがよいのか、攻撃するのであれば人数は足りているのか、を考えなければならない。
誰が仲間なのか、そして最終局面でどのような作戦で行動するのか、というのが議論フェイズで話し合うべき内容となっている。
本ゲームは犯人を捜す側が不利である。クトゥルフ神話TRPGモチーフのこともあり、進行によってはかなり理不尽にキャラクターが全滅する。アクションフェイズで起こりうる理不尽な死というものを、世界設定に押し付けた形だ。このように、物語によって許されるゲーム特性に甘んじるということも、制作作戦の一つだ。
この章では、マーダーミステリーにおける基本的なルールを取り上げ、それぞれをどのように設定すればよいか、ということを論じてきた。
もちろん、ここで取り上げたものはあくまで基本的なルールである。諸君らは自身の設定した舞台設定や物語性、ゲームコンセプトを高めるために、オリジナルのルールを付け加えることが可能だ。これまで散々、私は個々の事例を語るにあたって、ルールを設定するとは何か、ということについて言及してきた。
ルールの意義とは、なんでもできる無秩序な状態から、ゲームとして成立するよう参加者に制限をかけることが目的だ。ルールがなければ他人のハンドアウトを覗き見るかもしれないし、場に置いてある情報カードを勝手に全て持って行ってしまうかもしれない。
そのような状況を避けるために行動を制限する。そして、ルールの文面はそれを読んだ全ての人間の認識が一致するよう努めなければならない。契約書や保険の約款など、誤読してはならない書類は、だいたい長ったらしくて難しい。それは、読む人や状況次第で認識の祖語が生まれては困るからだ。
マーダーミステリーのルールも同様である。契約書のような長ったらしい文面になってはゲームとして面白くなくなってしまうが、可能な限り誰が読んでも同じ行動・認識になるよう文面を工夫しなければならない。作ったルールを私の知らない常識で捉えられるなんて思ってもみなかった、などという言い訳は通用しないし、有料で売ってしまっていたら販売停止しろと言われても文句は言えまい。
いかに短い文面で、ゲームの参加者全員がわかるルールにするか。ここが肝要だからこそ、一度きりしか遊べないマーダーミステリーのルールは簡素なものほど美しいと、私は思う。