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異世界日誌(仮)  作者: 鈴木啓一
第二章:テフレア人の生徒たち
9/9

第8話:エルフのエスカ2

 少し勘違いをしていた。

 彼女の「神を信じるか?」は、布教ではなく私たち日本人が一般的に信じている神様は一体どのようなものか。という話だった。

 きわめて個人的な話ではあるが、私の実家は地元の小さな八幡神社の氏子で、代々の墓は浄土真宗西本願寺派の寺院に監理してもらっている。

 だからといって「私の信じる神は応神天皇と仏様です」と言っても恐らくエスカは一切理解できないだろう。それに八幡信仰と浄土真宗が日本のメイン宗教だと思われるとは、かなり現実との乖離がある。

 まずそこを説明しなければいけない。が、長くなりそうなので授業の準備がひと段落してから話すことにした。彼女も手伝ってくれるというので、その言葉に甘えることとした。


「じゃあ授業準備も手伝ってもらったし、代わりに日本の宗教についての個人指導をしてあげるよ」

「ありがとうございます!」

「私もこちらの宗教には興味があるし、こちらも教えてもらえるならありがたいからね」

 彼女への個人指導に乗ったのは、私自身テフレア人の宗教に特別の興味があったからである。やはり教会や神官といたファンタジー要素には欠かせない。異世界の文化を知ることも異世界探検の一つであることは、ファンタジー好きなら万人が認め得るところだろう。彼女との接点を作っておけば、儀式祭礼の類に参加することもできるかもしれない。

 異世界人の神秘的な宗教儀式。その響きが否応にも期待感を高める。

 ……という個人的願望はおくびにも出さず、私は生徒の個人指導を優しく受け入れる柔和な教師を演じていた。

 昼も過ぎていたので喫茶ツォミタでテイクアウトの軽食を買い、食べながら市庁の図書館に向かう。日本の宗教について説明するにしても、資料もなしにとなると難しい。当然インターネットはまだ市内全域には整備されていないので、必然的に市庁となる。あそこならばwi-fiも有線パソコンもあり、図書館にも豊富に本が揃っている。マンツーマンで解説するにはうってつけだ。

「えーっと、デルスパシャさんだっけ」

 あまりお行儀はよくないが、二人して食べ歩きながら彼女に話しかけた。

「エスカでいいですよ。私たちエルフは苗字を持たないんです。デルスパシャというのは、スパシャ村の。という意味合いで人間に名乗るものなので」

 なるほど。種族によってその辺の文化には差異があるというわけか。

「じゃあエスカ。俺もこちらに来てまだ日が浅いからさ、色々聞かせてよ。エルフの話でも、人間の話でもいいからさ」

「もちろんです! 先生はどんなことが知りたいんですか?」

「うーん、そうだな……。例えば俺、まだ獣人とか魔族に会ったことないんだ。どんな人達なの?」

「獣人に魔族ですか? うーん……。私も知り合いが多い訳ではないですけど、教会には獣人も来ますよ。人間と獣人は信じている神様が近いので、仲良しです。魔族はエルフや人間、獣人とは信仰が違うので、私はあんまり交わることがないですね」

「へぇー。信仰の違いもあるんだね」

「私たちは太陽の神様が一番偉いと思ってるんです。でも、魔族は月の神が一番偉いと思ってます。それに魔族は魔法が得意で、プライドが高いです」

「角とか尻尾とかもあるの?」

「ありますよ。私もエルフですから、ほら」

 ピコピコと細長くとがった耳を動かして笑って見せる。中々可愛らしい。

「獣人や魔族もそういう特徴があるの? 角とか尻尾とか」

「獣人は耳と尻尾ありますよ! 一見普通の人間に見える獣人もいますけどね。魔族は角がある人とか、尻尾がある人もいます。角も尻尾もないけど、色が白くて神秘的な種族もいるらしいです」

「なるほど……」

「お役に立てましたか?」

「もちろん。すごく興味あるよ」

「えへへ、そう言っていただけると嬉しいです」

「でも意外だったな。地球だとエルフはすごくプライドの高い種族のイメージなんだよ。エスカみたいに話しやすいとは思わなかった」

「エルフって言っても、いろんな部族がいますから。森に住むハイエルフはとてもプライドが高くて、取引以外で人間と話したがらないんですよ。代々隊商をやってるエルフとか聖職者をやっているエルフは、人間とのかかわりも多いんです。私のスパシャ村は宗公国にあって、代々聖職者を送ってきた部族ですから、人間と仲がいいんですよ」

 民族的な国家を持たず全世界にちらばっているということか。この世界はそういった流動性を持つ種族は少なくないだろう。地球だと大規模なディアスポラを経験した民族といえば、ユダヤ教徒かロマ、テュルク系くらいのものだが。

 

 そうこうしているうちに市庁へとたどり着いた。軽い登り坂道を四、五キロというのは、二十代も半ばに差し掛かった身体には堪えるものである。途中からはバス停もあったが、話し込んでいて結局歩きで到着してしまった。エスカはまったく平気そうだったが、文明の利器に頼らず生活しているとやはり足腰は鍛えられるのだろうか?

 市庁舎も現代建築ではなく宮殿をリフォームした者であることは以前にも書いた通りだが、中には作業用のディスプレイやエレベーターが(半ば無理やり)設置されており、絶妙に錯誤な雰囲気が感じられる。働いている職員がほぼ全員スーツ姿なのも、この宮殿には似つかわしくない。

 日本人以外が市営図書館を利用する場合は簡単な書類の記入が必要であるため、エスカにそれを記入させたうえで本館三階の図書館へと向かう。久々に感じる優しい暖房の風邪が暖かい(春も近い時期だが、未だ肌寒かった)。

 私は図書の中からキリスト教、仏教、イスラム教の本と神道の本、できるだけ多くの写真が載っているものを選び出して並べ、エスカへの個人授業を始めたのである。


 断っておくが、個人的主観は可能な限り省いて教えたつもりである。まずは世界全体の宗教概観について。

 キリスト教、イスラム教は唯一神を信じる宗教で、共にユダヤ教徒同じ神を崇拝していること。キリスト教もイスラム教も宗派の違いがあること。

仏教は個人の悪行を絶つことが元来の目的だったが、より多くの人を救うために細分化されたこと。大乗仏教と上座部仏教に分かれていること。

神道は日本でのみ信仰されている宗教で、神様が多い多神教であること。世界でメジャーな多神教は、他にもヒンドゥー教というものがあるということ。

「じゃあ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神様は同じで、仏教に神様はいない。ヒンドゥー教と神道はいっぱい神様がいるってことですか?」

「そういうことになるね。一応、仏教はヒンドゥー教と同じ地域で生まれたから、ヒンドゥー教の神様が取り入れられて仏教を守る神様。っていうのはいるよ」

「日本人は神道しか信じていないんですか?」

「日本人は神道と仏教を両方信じているよ」

「両方?」

 ここで詳しく日本の宗教について解説した。日本は仏教と神道を両方信仰してて、どちらか一方という人は少ない。これにはエスカも大層驚いたようだった。

「神様も神話も違うのに、そんなことができるんですね」

「神道の神様は教えを持たないし、仏教も神様を否定はしていないからだよ。だから日本人は、生まれてから死ぬまでは神道の神様に守ってもらって、死んだあとは仏様に守ってもらう。という形が多いかな。日本の神様の中にも、仏教を信仰している場合があるよ。まあもちろん、かつてはお互いを嫌ってた宗派なんかもあるし、争いもあったよ」

「不思議ですね……」

 彼女の方も興味津々で、時折ノートなどを開いてメモを取りつつ私の話に耳を傾けていた。話は概要から詳しい神々の話に移り、私も知っているだけのことは応えた。武神や天神地祇、地域によって違う神社、御霊信仰や祖霊崇拝、皇帝崇拝といった没後の人間が神として崇められるケースもある。

 エスカの話によると、テフレアの信仰にも似ている部分もあるという。例えば英雄や勇者が没後に崇拝されて教会に像が安置される。あるいは祈る内容によっては最高神ではなく、別の守護神に祈る場合、地域の産物や地形などとの関わりから、その地域で特に信仰されている神もいるという。

 それから話は個々の人々の信仰態度などについての話に移った。かなり説明しづらかったが、日本人は季節の行事や祈願、祝い事などを除いて積極的に神社や寺院に向ったりはしないことを伝えると、意外にもすんなりと受け入れていた。

「こっちの普通の人々も、そう多く来ることはないですから。毎週いらっしゃる敬虔な信徒はいらっしゃいますが、だいたいは月に一回か二回ほど集会を告知して、それに集まるという感じでしょうか。小さな村とかでは、教会が集会所を兼ねている場合もありますけどね」

「じゃあ、本来はあんまり教えを広めることってやらないの?」

「人間とか獣人、エルフにはほとんどしません。教えを広めるのは、地球人が来るまでは主に魔族に対してでしたから」

「魔族は宗教違うんだっけか」

「ああ、いえ。神話とかはだいたい同じなんですけど、崇めている神様が違うんです。私たちは太陽、魔族は月中心なので。さっきの話で言えば、ユダヤ教とイスラム教? というのに近いんです。だから私たち教会の者は、魔族や魔族信仰をしている人に広めているんです」

 このうち太陽信仰については公文書等で「日輪教」、魔族信仰に関しては「月輪教」という市庁の公式訳があるため、以降はそれに準じさせていただくことにする。


 果たして私の詳細な説明とエスカの類まれな好奇心によって時間はあっという間に過ぎていき、夕方に入る少し前程度にまで図書館で本を睨めっこしながら対面していた。流石に本職が宗教関係というだけあって、その飲み込みは早かった。日本人が宗教について根掘り葉掘り聞かれたくない理由や、帝国を支配するアメリカの宣教師がテフレアで対立を起こす理由などもなんとなく理解した風であった。

「じゃあ、先生のお家は八幡神という武の神様と、仏様を一緒に崇めているんですね」

「そうだよ。ちなみにエスカは……」

「どんな時に神社に行って、どんな時にお寺に行かれるんですか?」

「神社はお願いとか行事、お祭りの時だよ。お寺は御葬式、つまり死んだ人を送る儀式のときが殆どかなあ。こっちだと……」

「先生が他の神社とかお寺に行っても、宗教的には全然問題ないんでしたよね?」

「う、うん。そうだよ」

 しかし私が彼女の宗教について聞こうにも、彼女が矢継ぎ早に質問をしてくれるおかげでそのタイミングは現れず、私の知識欲は若干の欲求不満を見せていた。地球の知識に興味を持ってもらえるのは教師冥利に尽きる(まだ在職一か月も行っていないが。)のだが、それにしても彼女のこの真剣さには驚かされる。元来経験で真面目な性格というのはあるのだろうが、それ以外にも理由があるのだろうか?

 怒涛の質問タイムが落ち着いた時点で、私も疲れてきた。貴重な休日を美女と過ごせたのだからそう悪い気はしないが、それでも何時間もマンツーマンの個人授業を行うのは疲れる。大学時代の塾講師でも、一回六十分で休憩があったというのに。

 エスカの方もまとめたノートを満足そうに見返している。そろそろ潮時か。と考え、私から切り出した。

「さて、そろそろ切り上げようか」

 彼女の方も思いつく限りの質問は投げかけてしまったようで、ノートと鉛筆を革製のバッグに詰めて私に笑みを返した。

「はい! 今日はありがとうございました。持ってきた本の方は、どこに返せばいいのでしょうか?」

「それは司書さん……。あそこにいる事務の人だね。あの人に渡せばいいよ」

「わかりました! 私が返してきますね」

「じゃあ、よろしく」

 積まれた本を持ち上げてカウンターに持っていく彼女の姿を眺めながら、私は少し満足を感じた。こうも熱心な生徒を指導するのは、中々充実感がある。昔からなりたかった教師の醍醐味とは、こういうものじゃなかろうか。

 学校での授業も今だ手探りの状態ではあるが、生徒たちの真剣な表情を見ながら講義を行うのは楽しい。しかしこのようにマンツーマンで一人の生徒にじっくり付き合うのも悪くない。どちらにせよ私は今、教師としての仕事に満足している。仕事が決まらなかった時代には味わえなかった充実感が、ようやくその実感を得たような気がしていた。

 ……まあ、私の知的好奇心を満たすまでは行かなかった訳なのではあるが。

 そんな感慨を抱きながら悦に入っていた私の所に、丁度本を返却したエスカが戻ってきた。

「先生、その……」

 なにやらモジモジしている。最後に質問でもあったのだろうかと純粋な気持ちで聞き返した。

「どうしたの? なにか最後に聞きたいことでもある?」

「いえ、そういうわけではないんですが。その……」

 意を決したようにキリっと顔をあげて、私の目を見た。

「い、今から、私のお世話になっている教会に来ませんか? その、こういう機会でもないと日本人の方に来ていただくこともないかなと思って……」

 当然、二つ返事で快諾した。邪心はない。

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