第6話 イーメルの街
ラウスは街に入ると、なんとなく歩いていた。
辺境の街だと聞いていたが、それなりに栄えているように見える。
貿易商が頻繁に出入りしているからなのだろう。
ずっと王都で引きこもって仕事をしていたラウスにとって、こんなにゆっくりと街を歩くのは久しぶりだ。
全てが新鮮に感じてしまう。
しかし、完全に暗くなる前に今日の宿を決めなければならない。
「ここにするか」
しばらく歩いて、いい雰囲気の宿屋を見つけた。
ここは、飯も美味いと聞く。
流石に、毎日保存食では飽きてしまうので、美味しいものを食べたい気分だ。
そんなことを考えながら、ラウスは宿屋に入った。
「いらっしゃい」
中に入ると、女将さんの声が飛んでくる。
「一泊したいんだが、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。夕食と朝食付きで銀貨3枚ね」
食事まで付いて銀貨3枚はかなり良心的だ。
この国では銅貨、銀貨、金貨、白金貨、王金貨と価値が上がっていく。
銅貨10枚で銀貨1枚分だ。
「これで、頼む」
ラウスはポケットから銀貨3枚を取り出すと、カウンターの上に置いた。
「ちょうど頂きます。お部屋は3階になりますので、出かける時は声をかけてください」
「分かった。飯はどこで食えばいいんだ?」
ラウスが鍵を受け取りながら答える。
「一階に食堂が併設されてるので、そこで食べることができるわ」
「じゃあ、飯から頼むよ」
「あいよ」
一階に併設された食堂に入って、座ってメニューを眺める。
これが全て宿泊料金に入っているとは恐ろしい。
「鹿肉のステーキとパン、あとエールをくれ」
「かしこまりました」
ウェイトレスの少女が、注文を取ってその場を離れる。
そして、数分後に頼んだ料理が運ばれてくる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
ステーキをナイフで切って口へと運ぶ。
そして、それをエールと一緒に流し込む。
「ぬるいな」
出されたエールは常温の状態だった。
「冷えてた方が美味いのに」
ラウスはエールの入ったジョッキの上に手をかざす。
そして、氷魔法を展開させた。
すると、エールが入ったジョッキはキンキンに冷えた状態になった。
「美味い! やっぱり、エールは冷えてなくっちゃな」
この街にはエールを冷やすという文化が無いのかもしれない。
そんなことを考えていた時。
「お客さん、今何を?」
「え? エールを魔法で冷やしたんです。冷えてた方が美味しいですよ」
ウェイトレスの言葉にラウスは答えた。
「おい、兄ちゃん、俺のも冷やしてくれや」
隣のテーブルで飲んでた男に声をかけられる。
「いいですよ」
ラウスはその男のジョッキも氷魔法で冷却した。
「飲んでみてください」
「おお! こりゃ美味いな! エールは冷やした方がこんなに美味いのか!」
その男はジョッキに注がれたエールをごくごくと飲み干していた。
「ありがとな、にいちゃん。おかげでいい事が知れた」
「いえ、この美味しさを知ってもらってよかったです」
そこから、その場に居た客のグラスを全員分冷やすことになった。
しかし、みんなが喜んでくれたのをみてラウスも嬉しかった。
「魔法ってのは凄いんだな」
「誰だよ、魔術は時代錯誤なんて言ったやつ」
「科学の技術ではこんなに一瞬で冷やせませんからね」
その場は大いに盛り上がったのであった。
まだ、魔術は人を笑顔にすることができる。
それが一つ証明された。
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