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世話焼き悪女ベロニカの献身

作者: 蛹乃林檎


「エルマー、もう時間だけれど準備は出来たの⁈」


「う、うん、大体……でも手帳がなくて……」


「机の一番上の引き出し右奥よ。あなた昨日放り込んでたじゃない」


「え? あ、あった。ありがとう」


 見つけた手帳を見せてホッとしたように笑うエルマーに、もう! と怒気を込めてベロニカは溜め息を吐いた。

 頼りない婚約者殿はこのように、手を貸してやらねば出かける準備すらままならないのだ。


「肝心の推理手帳を忘れてどうするのよ。週に一度のミステリークラブなのに」


「そうだよね……ハハ」


 エルマーは今、新聞に掲載される推理小説の犯人を友人達と予想するのにはまっている。今日も親友の家に集まって各々の推理を披露しあう予定なのだった。


「じゃぁ、行ってくるね。明日のパーティーへ伺う支度は帰ってから」


「そっちは支度しておくから大丈夫よ。行ってらっしゃい、楽しんで」


 いそいそと出て行ったエルマーを見送り、ベロニカは一息吐く。毎度のことながら手のかかる、と。



 子爵位を持つベロニカの父は伯爵であるエルマーの父ととても仲が良い。

 その縁で幼い頃から顔を合わせていたエルマーは、昔から今のように手を貸さずにはいられない人だった。


 のんびりおっとりとした性格で優しいが、悪く言えば鈍臭く要領も悪い。

 対してベロニカは、物事は時間通りにきっちりとテキパキ片付けていきたいタイプなので正反対だ。


 最初は反りが合わないかと思えたが、ベロニカは案外と世話焼き気質だったようで、身だしなみから忘れ物チェックまでエルマーの世話を焼くことは嫌ではなかった。

 むしろ、ありがとうと恥ずかしそうに笑いかけられるのが嬉しいくらいだったので、この婚約も好意的に思っていた。


 しかし、いずれ夫になるからにはちょっとはしっかりして欲しい。そう思ってふと机を見ると、先ほどみつけた手帳がちょこんと置かれていた。


「……せっかくみつけたのになんで鞄に入れるの忘れちゃうのよ!」

 ベロニカは手帳を掴むと急いで屋敷を飛び出した。



「もう、本当だらしない!」


 馬車にしばらく揺られ、エルマーが向かった親友パトリックの自宅前にやって来る。

 呼び出そうと門に手をかけたところ、庭の奥にエルマーらしき人影を見つけた。


「いた! ちょっとエル——」

 声をかけようとしたベロニカはそこで口を噤んだ。

 建物に隠れるようにして、エルマーが誰かと話している。


 少し移動して生垣の隙間から確認すると、話しているのは可憐で可愛らしいと評判のパトリックの妹で、彼女と話すエルマーの顔は嬉しそうにニコニコとして頬が赤く染まっていた。


「……え?」


 エルマーは嬉しくて堪らないといった顔をして、パトリックの妹と向き合っている。


 そんな顔を向けられたことが自分はあっただろうか。


 普段見たことのない表情をするエルマーに、ベロニカは動揺して手帳を落としてしまった。


「あ……いけない」


 手帳に挟まっていたメモが地面に散らばる。

 風に拐われる前にと慌てて蹲み込むが指先が震えて上手く掴めない。


 落ち着きなさいと呟いてみるも酷く動揺した心は静まらず、何あれ、と問いかける自分に即座に自分で答えるのを繰り返し続けた。

 あれは紛れもなく恋する人間の顔だ、と。


「嘘……そんなこと……」

 口では否定してみたが、頭ではとっくに解を得ている。


 エルマーは親友の妹のことが好きなのだ。


 そうはっきり思った時、ようやく拾った一枚のメモに驚きの文言が書き込まれていた。



「——プロポーズ計画……⁈」



 極秘と注意書きされたそのメモには、プロポーズ計画と題して細々(こまごま)と色々な項目が書き込まれていた。


「何これ、プロポーズって……どういう——」


 そこでハッと思い至った。

 プロポーズの相手は、先ほどの彼女ではないか。


 もう一度庭に視線を移すとエルマー達は屋敷に戻ったのだろう、既にいなくなっていた。

 二人連れ立って消えたその様子に、ベロニカはそういうことかと全てを悟った。


 友人同士の集まりと称し毎週足繁くこの屋敷に通う理由、この計画メモ。

 エルマーは自身との婚約を破棄して、親友の妹と結婚したいと思っているのだと。

 

 ♢

 

「ベロニカ! 僕の手帳知らない⁈ 鞄に入ってなくて……」


「机に置きっぱなしだったわよ。あれだけ言ったのに忘れていくんだから」


「あ、良かった。落としたかと。もしかして、み……見た?」


 親友宅から予定より早く帰ってきたエルマーは、居間で伯爵夫人とともにお茶を頂いていたベロニカの下へ、戻るなり駆けてきた。酷く慌てている。


 無理もない、とベロニカは平静を装いお茶を啜った。

 想い人にプロポーズする計画を、現婚約者に見られてはマズイだろう。


「……見ないわよ。あなたの推理いつもハズレるじゃない。見ても参考にならないもの」


「そうだよね、良かった……ハハ」


 助かったという風に笑って着替えてくると部屋に戻ったエルマーを横目に、ベロニカは怒りを禁じ得なかった。


「何が良かった、よ……」


 私という婚約者がありながら他の女性にプロポーズしようなどと……という類の怒りかと思いきやそうではない。

 件のプロポーズ計画が、あまりに杜撰なうえにセンスがないことに憤りを感じてならなかったのだ。


「なんにも良くない、あんなの絶対失敗するわ!」


 思わず大きな声を出してしまって、息子にその血を分けたおっとりした夫人が目を丸くした。


「どうかしたかしら?」


「……いいえ、失礼しました。明日のパーティーが気になってしまいまして、つい」


 そう笑って誤魔化しつつ、ベロニカはテーブルの下で拳を握りしめた。

 明日のパーティーで実行されるであろう、あのプロポーズ計画。その内容はこうだ。



 オックスリー伯爵家のパーティーでは花火が打ち上げられる。ダンスホールの二階テラスから見る花火は絶景で人気スポットだ。

 そこへまず彼女を連れて行く。

 そして手作りの指輪(モチーフ蛇)を渡す。

 すると周囲の客達(友人達)が一人また一人と歌い踊り出し、二人を囲う。

 打ち上がる花火の下、鳴り響く友人達の喝采、愛の告白、大団円。



「いや、なりませんって! 手作りって何! 素人の下手くそ指輪もらって良家の子女が喜ぶかしら⁈ しかもデザイン! なぜ蛇! 周囲を仲間に囲まれて告白だって、感動する方もいらっしゃるかもしれませんけど、急に歌い踊りだした集団に囲まれたらあの可愛らしい方じゃ絶対怯えて告白受けるどころじゃなくなるわ! それに忘れてるのかもしれないけどあなた婚約者(私)同伴してるのよ? それを放ってこんなデートスポットに別の女性を堂々と連れて行って、大胆過ぎるプロポーズするだなんて酷い醜聞——」



 堪え切れず声に出してしまったベロニカはそこでハッとした。

 夫人がカップを取り落とし、怯えた目をしてこちらを見ていた。


「……やっぱりどうかしたのじゃ……?」


「し、失礼致しました。体調があまり良くないみたいで……今日はこちらで失礼させていただきます」


「そう……? 無理しないで、その、お大事にね。明日のパーティーでは、エルマーのことをお願いね。貴女の助言がないと、あの子周囲の話に乗り遅れてしまうから」


「……ええ、ご心配なく。いつだって、お支え致します」


 ベロニカはそう夫人に微笑み屋敷を辞去した。



 馬車に揺られながら、ベロニカはエルマーの計画のことを考える。

 計画自体のヤバさもさることながら、すっぽりと抜け落ちている自身との婚約解消はどうするつもりなのだろうかと気にかかって仕方ない。


 計画が失敗することも考えて、成功後のみ解消を申し入れるつもりなら中々狡猾だが、この杜撰さだ、そこまで考えていそうもない。

 それとも今日までに切り出しそびれてしまったのだろうか。

 当人同士も家同士も付き合いが長く、簡単に切れる縁でもないし後々の関係も考えればそうだろう。

 ならパーティー前に言うのだろうか。

 そしてその足で彼女の下へ? 

 こちらがすんなり承諾するとは考え難いと容易にわかるのにそれは——と、そこまで考えてベロニカはフッと笑った。


「なんでこんなこと、ふられる私が考えてあげなきゃいけないのかしら。嫌だわ、こんな時まで。ホントでしゃばりのお節介」


 でしゃばり、お節介。


 それはベロニカが他の令嬢方にクスクスと揶揄されるときに決まって言われる言葉だった。


 エルマーはそのおっとりした性格から、社交の場でも中々紳士方の会話に入っていけない。

 そこで見兼ねたベロニカが、エルマーの代わりに会話に切り込んでいくのが常となっていた。


 紳士同士の語らいの場に混ざり込み、会話に詰まったエルマーに隣で助言し時には代わりに話をする。

 その様子がでしゃばりでお節介と言われてしまうのだ。


「……わかってる。影から支えるのがあるべき淑女の姿よ。だけど放っとけないの。不安そうにしてるエルマーを見ると助けてあげなきゃって思うの。失敗して落ち込んで欲しくないなって、上手くいくようにって——」


 でも、とベロニカは黙り込んだ。


 そんなお節介をエルマーは望んでいなかったのかもしれない。

 普段の身だしなみや持ち物チェックも、口うるさい侍女のようで快く思っていなかったのかもしれない。

 いや、思っていなかったのだろう。だからこそ、あのような計画を立てるほど他の女性へ心を向けたのだ。


 ベロニカは彼女を思い出す。

 あまりよく知らないが、淑やかで可愛らしいと評判だったはずだ。

 あの時チラリと見た印象も、なんだかほんわかしていてエルマーの纏う雰囲気と良く合っていた。とてもお似合いな二人になるかもしれない。

 口煩く遊びのない自分のような人間よりも、ずっと。


 カタンと馬車が小さく揺れた。

 その拍子に、膝に置いた手の甲にパタパタと数粒の滴が落ちた。


「……あんな計画上手くいかないわよ」


 放っておいてもきっと上手くいかないし、知ってしまった今なら未然に阻止することも出来る。

 だがやはり世話焼き気質が過ぎるのだろうか。この期に及んでも、成功させてあげたいと思ってしまったのだった。


 ベロニカは手の甲で滴の元を拭うと笑顔を作った。


「いいわ。この酷い計画、私が手直ししてあげる」

 

 ♢

 

「いい? リンダール卿は競馬に夢中、ブリス卿とはこの前と同じ話で大丈夫。大分酔ってらしたから憶えてないわ。ホフスタッド卿は最近推理小説をお書きになるそうだから、きっと話が合うわよ」


「わかった。いつもありがとう。助かるよ」


 翌日、パーティー会場となるオックスリー伯爵家の前でいつも通り打ち合わせをすると、エルマーははにかむように微笑んだ。

 特別美形なわけでもないし、特別頭が切れるわけでもないこの人の、それでも素直で可愛いこの笑顔が好きだった。

 でもそれも見納めだ、とベロニカは微笑み返した。


「いいの。お節介出来るのも今日までだから」


「え?」


「なんでもないわ、行きましょう」


 ベロニカはそう言うとエルマーの腕に腕を絡め屋敷へと入った。



「やぁ、よく来てくれたね」

 玄関ホールへ入ると、主催者の伯爵が出迎えてくれた。

 ベロニカはおっとりと挨拶だけで終わらせたエルマーに代わってご機嫌を取る。


「こんばんはオックスリー伯爵。お招きくださってありがとうございます。夫人のお召し物が今日もとても素敵でいらっしゃいますわ。それにブローチも。もしやこちらは?」


「気づいてくれたかな? そうだよ、これも私の作品だ」


「まぁ、やはり! 以前の蛙の時も思いましたけれど、こちらも素晴らしい作品ですわ。このトカゲの鱗の繊細さ、表情のリアルさ。名のある細工師の品と見紛うばかりですもの」


「ハッハッハ! 嬉しいことを言ってくれる。これは特に自信作だが他にもあるんだ。どうかな、見て行くかな」


「まぁ、よろしいんですの?」


「あなた、いけませんわ。せっかくパーティーに来ていただいたのに、またあなたの相手ばかりさせてしまっては」


「ああ……そうだったな。では今度ぜひ我が自信作の鑑賞会にお招きしよう」


「光栄ですわ。ぜひエルマーと伺わせていただきます」


 ご機嫌を取り終えたベロニカは、にっこり微笑みダンスホールへと移動する。

 途中、年の近い令嬢方が例の如く、婚約者を押し退けて会話を奪うでしゃばりなお節介と囁くのを聞いたが、ベロニカは構わずエルマーを引っ張って行った。


「僕の代わりにありがとう。君の社交性の高さにいつも感心する」


「別に普通よ。それより……」

 ベロニカは、小さく意気込むと切り出した。


「あ、あのブローチ見たかしら? それは綺麗だったけど、トカゲとか蛇とかをモチーフにするなんて悪趣味と思うのよね」


「……えっ⁈ 蛇って、悪趣味?」


 エルマーがビクッと驚き一瞬ジャケットの内ポケットを気にしたので、ベロニカは、よし! と思う。


「私は平気だけど両家の子女は怖がったりして、一般的には好まないんじゃなくて? それに、オックスリー伯爵はプロ級の腕前ですけど、手習い程度の手作り品をプレゼントにするのもやめた方がいいわよね」


「……あ、そ、そっかな」


「そうよ、やめた方がいいわ。気持ちは伝わるかもしれないけど、蛇は……ねぇ」


 そっか、とエルマーの納得した様子を見て、ベロニカは上手くいったとニヤリとする。この酷い計画をこうして少しずつ修正しようというのだ。


「あ、ちょっと喉が乾いちゃったわ。ごめんなさい、外すわね」


 第一段階は修正出来たと見たベロニカは次の段階へと移るべくエルマーから離れた。

 次に向かうは同じ会場に来ているはずのエルマーの親友パトリックの下だ。


「いた!」

 会場の隅の方に見覚えのある人物が立っているのを見つけたベロニカは、そちらの方へ近づいた。


「こんばんはパトリック」


「こん……⁈ あ、あっれー、ベロニカ? 奇遇だなあ。エルマーも一緒かなー?」


 エルマーの親友とはベロニカも顔見知りである。


「いいのよ、パトリック。猿芝居はやめて。私、全部知っているから、今日の計画のこと」


「ええっ⁈ 知ってるの⁈ なんだよあいつ、上手く隠せよ。台無しじゃないか」


「そう台無しね。でも大丈夫。計画が上手くいくように私も協力するから、そのまま進めて」


「……え? 全部知ってるのに?」


「ええ、いいのよ。ただ、あの計画には重大な穴と欠陥が幾つもあるから、これからは私の言うとおりにして」


 疑問符を頭の上に幾つも浮かべながらも、パトリックはベロニカの話に耳を傾けた。


「まず、仲間で突然歌い踊りだして囲い込むのはやめなさい。周りに注目されるし、何より引くわ。成功するものもしなくなっちゃう」


「そう? まぁ、嫌なら」


「次に場所。あんなデートスポットで堂々と告白するなんてどうかしてる。他の方に迷惑だし、今はまだ人目を憚るべき関係なんだから、一階の玄関寄りのテラスで静かにやらせなさい。騒がれると困るから仲間も連れてこないのよ」


「何? 憚る関係って」


「それからね」

 ベロニカはそこでチラッとパトリックの影に隠れるようにして立っている女性を見た。

 柔らかな雰囲気を纏うその人は、あの庭で見た妹に違いない。


「あなたの妹を引っ叩かせて」


「なんで⁈ なんで可愛い妹を叩かせなきゃいけないの⁈」


 パトリックは慌てて妹を引き寄せて守るように抱きしめた。何も知らされずに連れてこられたのだろう妹は、キョトンとしている。


「こうしなきゃ円満に事が済まないからよ。訴えられたくないでしょ?」


「なんなのさっきから物騒なことばっかり⁈」


「とにかく、計画を遂行するにはこうするしかないの、いいわね。私はエルマーを一階テラスに誘導するから、あなた達二人はついてきて隠れてて」


 そう伝えたところで、エルマーが名を呼びながら近づいて来るのが見えた。


「じゃ、よろしく。後は私が花火の上がる前に彼から離れるから、そうしたら妹さんを投入して。その後私が再乱入して彼女を引っ叩くから罵倒して」


「さっきからずっと何言ってるの⁈ なんなんだよ投入とか乱入とか。俺の知ってる計画じゃないんだけど」


「穴を塞ぐとこうなるのよ、じゃ後でね!」


 言い残してベロニカはその場を後にしエルマーの下へと戻った。


「どこ行ってたのベロニカ、急にいなくなるから」


「ごめんなさい、ちょっと準備をね。でもこれで万全よ」


 そう、これで万全だ。

 プロポーズを成功させ、尚且つ自身との婚約を円満に解消させるための準備は整った。


「あ、ねえ、もうすぐ花火があがるんじゃないかしら?」


「ああ、そうだね。それなら二階の——」


「いいえ、一階よ。絶対一階。あまり人のいない迷惑にならない所。こっちよ」


 ベロニカはそう言ってエルマーの背を押し、一階玄関寄りのテラスへと強引に連れて行った。



 ベロニカは今日ここで、計画を遂行したエルマーが彼女に告白を受け入れてもらった直後に乱入し、二人に怒りに任せて暴力を振るう悪役になろうと考えていたのだった。


 こうすれば暴行の事実で婚約破棄の理由を作れるし、こちらからも不貞を突つけば痛み分けで結果円満に解消できると踏んだのだ。


 暴行犯の汚名は着るが実際叩いてスッキリするのだし、エルマーのプロポーズも庭での二人の関係を見るに上手くいくだろうから、これでいい。


 家族ぐるみの付き合いでなんとなく一緒にいて、なんとなく婚約した人に、ちゃんと好きだったと伝える最後のお節介はこれで十分だろう。



「……花火ももうすぐね」


 一階テラスに出てタイミングを計っていると、エルマーも周囲を見回しそわそわとしてきた。計画が狂ったと思っていることだろう。

 だが逆だ、整えたのだとベロニカは心の中で微笑んで、会場内へ視線をやった。


 テラスから程近いテーブルにパトリックと妹がいてこちらを窺っている。

 周りも程よく目撃者を作れる環境になり、こちらのタイミングでもういつでも計画を実行出来る。


 一瞬胸の奥に去来した思い出達に切ないものを感じながら、ベロニカは悪女になりきる覚悟を決めた。


「あら! あちらに友人のマリーをみつけたわ。ごめんなさいエルマー、ちょっと挨拶してくるから、後でね」


 ベロニカはそう言って妹を呼び込むべくホールへ足を向けた。


「ま、待って。もう花火が上がるから……」


 すると、エルマーが行こうとするベロニカの腕を掴んで引き留めた。


「すぐ戻るわ。挨拶するだけ」


「いや、でも」


「どうして引き留めるの、上がっちゃうわよ花火」


「うん、だから」


「丸ごと変えたら可哀想だから花火くらいは残してあげようと思ってるのに、なんで——」


 ベロニカが腕を掴むエルマーの手を振りほどこうとした時、背後からドンと大きな音がして最初の花火が夜空を彩った。


「ほら、始まっちゃっ——」

 音に反応して振り向いていたベロニカがエルマーに向き直ると、目の前に蛇っぽいものが巻き付いた歪な形の指輪が差し出されていた。



「……え?」



 想定外のことに思考が止まり黙って指輪をみつめていると、花火に照らされたエルマーが赤い顔をして口を開いた。


「ぼ……僕、プレゼントとか選ぶセンスも無くて……だけどベロニカがよく伯爵の手作りの装飾品を褒めちぎってたから、てっきりそういうのが好きなんだと思って、だからこれ……贈られても、う、嬉しくないのはさっき聞いたばかりでわかってるんだけど、でも、上手く言えないだろうから、その分はこれで伝わったらなって……」


 震える手で指輪ケースを差し出してしどろもどろに言葉を紡ぐエルマーに、ベロニカは予想外過ぎて理解が追いつかない。


「なに、何言って……その指輪は、だって……」


 狼狽えていると、エルマーがますます頬を紅潮させて続けた。


「ベロニカにちゃんとつ、伝えておきたいことが、あって。僕達はずっと家族の延長みたいな関係でなんとなく一緒にいることが多くて、僕は間抜けだから事あるごとにフォローしてもらってた。それは今も。申し訳ないなって思う、けど反面、君の優しさが嬉しくもあって。いつも支えてくれるベロニカにすごく感謝してる、ありがとう」


 そう言いながらベロニカをみつめるエルマーに、嘘や冗談といった様子はない。


「それから流れの中で婚約をって話になって。今までは仕方なく世話を焼いてくれてただけで、こんな僕だから婚約なんて嫌じゃないのかなって思ってたけど、ベロニカは受け入れて婚約してくれて、すごく嬉しかった。もちろんベロニカはなんとなくとか、断れなかったとか色々あるかもしれないけど、僕は本当に嬉しくて、だからちゃんと、言っておきたいなって」


 真剣な様子のエルマーの言葉の数々にベロニカは混乱しきりだ。


「嬉しいって……何言ってるの。昨日庭先でパトリックの妹と顔を真っ赤にしながら嬉しそうに話しているあなたを見たわ。あなたは彼女のことが好きなんじゃないの? だからこの計画——」


「昨日……庭? 今日のことずっと相談に乗ってもらっていたからお礼をしていた時のことかな。だとしたらそれは、絶対上手くいくってお墨付きももらえて嬉しかったから」


「この計画があの子のお墨付き? 待って、じゃあこれって……」


 明かされた事実の何に重点を置いて驚けばいいかベロニカが戸惑っていると、エルマーが掴んでいたベロニカの腕を離して手を握り直した。


「本当はもっと華やかに伝える予定だったんだけど……でも言いたいことは変わらないから! なんとなく一緒にいて、なんとなく婚約したけれど、僕のベロニカへの気持ちはなんとなくじゃない。ベロニカ、僕は君を心から愛しています。間抜けなところがあるから迷惑はかけると思うんだけど、これからも僕の側に変わ——」


 その時ちょうどタイミング悪く連続して打ち上がった花火の音に、エルマーの言葉は掻き消されてしまった。

 しかし照らし出される本人の真っ赤な顔は言い切ったという風で、口を真一文字に結び緊張から潤み気味の目で真剣にベロニカを見つめている。


 その顔に、大事な告白の場面すら一人ではままならないのかと、ベロニカは思わず笑ってしまった。


「……本当に手のかかる人ね。こんな大きな音のするところで大事な話なんてするもんじゃないわ。聞こえなかったら大変でしょ」


 こうするの、とベロニカは指輪ケースを差し出したままのエルマーの手に手を重ねて歩み寄ると、彼の耳元へ口を寄せた。


「……もちろんよ。これからも変わらず世話を焼いてあげるわ。だって私あなたのこと、放っておけないくらい愛してるんだもの」


 一際大きな花火が上がり、悪趣味で歪な指輪をキラキラと光らせた。

 ベロニカは次々と上がる花火の音を聞きながらエルマーに身体を預け思う。


 なんて酷いと思っていたけれど、手直ししなくても案外悪くない計画だったかもしれない。

 私ってやっぱりちょっとお節介なのかもしれないわ、と。

お読みくださってありがとうございました。


またどこかでお目に留めていただけることがあったら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ベロニカとエルマーが2人ともとてもかわいくてニヤニヤしてしまいました。 とても相性の良い2人なのではないかと思います。面白かったです。
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