お味噌汁に納豆を
生まれてこのかた、豆腐は絹派だった。
冷奴や味噌汁、お鍋も肉豆腐も絹。母が食卓に並べる白くつややかな感触に、なんら疑問を持ったことがなかった。
それなのに、彼と初めてスーパーに買い物に行った時、「冷奴が食べたい」と言った彼が手に取ったのは、ごつごつした木綿豆腐だった。
「冷奴なのに木綿?」
「豆腐といえば木綿でしょう」
「豆腐といえば絹でしょう」
彼はそれ以上何も言わずに、木綿豆腐の3連パックをレジかごに入れた。
その晩は、茄子とパプリカとベーコンのペペロンチーノと、野菜サラダに冷奴。作ったのはほとんど彼で、私は隣で材料や調味料を手渡すだけだ。冷奴は、シンプルに出汁醤油と鰹節で食べるのが良いらしい。
「やっぱり豆腐は木綿だよ。食べ応えあるし」
「・・・確かに。ダイエットにも良さそう」
もったりと重量感のある冷奴は、タンパク質の塊、という感じがした。
翌朝、残りの木綿豆腐を前に、わたしは朝ごはんを考える。絹は買ってないし、こいつを味噌汁に入れるか。他の具は、昨日の残りの茄子とベーコンにしよう。
「朝ごはん、適当に作るからちょっと待ってて」
「おー。ありがとう」
残り物で作った味噌汁と、納豆と生卵、白ごはんを食卓に並べる。
「いただきます」
「いただきます」
彼は無言で納豆を念入りに混ぜ、いきなりお味噌汁の中に入れた。
「・・・えっ!」
わたしは彼の行動に驚き、思わず声をあげる。
「え?」
彼はわたしの声に驚き、顔を上げてわたしを見る。
「味噌汁に納豆?」
「味噌汁に納豆。」
「え、おいしいの??」
「おいしいよ。ふつうに」
「え、ねばねばして味噌汁に合わなくない?」
「両方とも大豆だから合うでしょう」
「いやまぁ、原料はそうだけど」
「YouTubeで料理研究家が作ってるのを見たんだ。なんかうまそうだなーって思って作ってみてから、ハマってる」
彼が料理研究科のYouTubeを、いや、YouTubeを見ていることすら知らなかったわたしは、知らない人を見るような気持ちで、納豆と木綿豆腐入りの味噌汁をもぐもぐ食べる彼を見つめる。
せっかくなので、私も恐る恐る納豆を味噌汁に入れてみる。
味噌汁の中の納豆は、ねばねばからふわふわに変わり、まろやかになっておいしかった。
もう、彼はいないけれど、絹に取って代わった木綿豆腐と納豆入り味噌汁は、わたしの食卓の定番となっている。