山田一郎は悪の組織の大総統
昨日のやつが日間ランキングに乗ってて嬉しかったです。
読んでくれてありがとマン!
「はい! すみません! その件はすぐ担当のものに折り返させますので! いえ、決して御社を蔑ろにしている訳ではなく! はい、はい、それは勿論! はい、ありがとうございます! では、失礼します!」
ふぅ、という溜息を溢し、通話の切れた受話器をそっと置くサラリーマン。
電話越しですらペコペコと頭を下げ、キッチリカッチリした3点スーツは今日もヨレヨレになりつつある。
見た目も地味、仕事も地味、趣味は観葉植物の育成とこれまた地味。
そんな彼、山田一郎はーー
「山田さん、すみませんでした。私の尻拭いなんてさせてしまって……」
「はは、気にしないでよ中村さん。僕に出来ることなんてこのくらいなんだから。こういう地味な仕事は僕に任せて、エースである中村さんにはバリバリ稼いでもらわないと!」
「ふふ、ありがとうございます。あ、ところで今夜、同期で飲み会でも、と思ってるんですけど、空いてますか?」
「あー…、すみません、今日も少し外せない用がありまして。」
「…そうですか、じゃあ、また予定の合う日に。」
「ええ、その時はよろしくお願いします。」
ーー悪の組織の大総統だったりする。
☆☆☆☆☆
残業もなく、あっさりと定時に会社を後にする。今日も働いたなあ、なんて心の中で思いながら、一度背伸び。
ふと、会社の前にあるカフェに新作が出ていた事を思い出し、そちらに足を向けてみる。
ショーケースには美味しそうなケーキの数々、窓越しにそれを見て、まだ残っているなと一人笑顔になる。
そして、窓越しにこちらに手を振る女性を見て、その笑顔を痙攣らせた。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「あ、いえ、待ち合わせを。」
「かしこまりました、お席の方へどうぞ。」
いつもならウキウキとしていたのだろうが、今日はランダム発生のバッドイベント。小さく溜息を吐きながら、女性の待つ席へと座る。
「お疲れ様です。相変わらず、疲れたお顔をしていますね。」
「疲れたのは貴女を見つけたからですよ? 分かってて聞いてますよね?」
「あら、でしたら美人で同期の中村さんに癒して貰えばよろしかったじゃありませんか。今日も誘われてましたよね?」
「また盗聴ですか? そうなんですね? プライバシーは守って下さいよ…。」
「ふふふ、これでもジャアックの幹部ですので、お断りします大総統閣下。」
今度は皮肉も込めて、盛大な溜息を吐き、メニューを手に取る。これは諜報系の部下に教わった、口元を隠すテクニックでもある。
店員さんに新作のケーキとコーヒーを頼み、そのままメニューを眺めるフリをして、目の前の女性、クロノに今日の活動を確認する。
「それで、今日は何をしでかすつもりなんです? この間、仮面のヒーローに研究所を潰されて、暫く大人しくしている予定でしたよね?」
「ええ。ですが、このままでは悪の勢力が弱り、正義の勢力が拡大してしまいます。現に、ここ数日で幾つかの弱小組織が潰されていますので。」
「いいじゃないですか、そんなのに態々構わなくても。どうせやってるのは『魔法少女』とか『戦隊モノ』でしょう?」
「それはその通りです。しかし、そういった下積みを重ねたヒーローが、いつか大きな障害となるのも、また事実ですから。」
「仮面のヒーローのように?」
「ええ、あの忌々しき『ホワイトナイト』のように。」
注文の品を運んでくる店員さんの足音を聞き、少し沈黙する。ケーキをフォークにのせて、一口。甘さの中に、果実の爽やかさが感じられて、とても美味しい。
なのに今は、それを喜ぶだけの心の力が残っていなかった。
☆☆☆☆☆
以下回送。
そもそも、なんで僕みたいな普通の男が悪の組織の大総統なんてものをやっているかというと、それは全くの偶然であったりする。
ヒーローとの戦いの最中に失われた、前総統の全てが詰まった力の種、たまたまそれを拾ってしまった僕が、たまたまそれを巡る抗争に巻き込まれ、連れて行かれた悪の組織、ジャアック内でたまたま力の種が発芽。
適合率、まさかの99.999%。
そりゃあ僕だって断りたかった。でも、三百人を超える組織のメンバー全員に、土下座でお願いされてごらん?
逆にこれでキッパリ断れる人とか、ちょっと人情味なさすぎじゃない?
そんな訳で、元の生活に全く干渉しないと言う約束で、僕は大総統の地位を受け継ぎ、ジャアック大総統『ダークマスター』として、アンダーグラウンドな世界に足を踏み入れてしまったのだった。
以上、回送終わり。
☆☆☆☆☆
「はあ、分かりました。取り敢えず今日は戦います。けど、明日、明後日の連休は、絶対に何もしませんからね?」
「はい、それで結構です。では、本日はよろしくお願いします。」
「フハハハハ! 愚かなヒーロー共よ! さっきまでの威勢はどうしたぁ!!」
僕の登場で、十人を超えるヒーローが足を止め、目を見開いた後に警戒態勢をとる。
え? 普通のサラリーマンが戦えるのかって?
それはこれを見てからいって欲しい。
「くっ、なんて強力な衝撃波なんだ!」
「いえ、これはチャンスだわ、私達を警戒しているからこそ、強い攻撃をしてきたのよ!」
「そ、そうだな! よし、みんな! アルティメットフォーメーションを…」
「攻撃? 何を勘違いしている。」
ヒーロー達に向けて、先程と同じように、何の力も入れずに腕を振る。
耐え切れず、次々と吹き飛ばされていくヒーロー達。
「我はただ、煩い羽虫どもを払う為に手を振っているに過ぎん。攻撃とはこういうものだ!」
ほんの少しだけ力を使って、闇の塊を投げる。大爆発が起こり、ボロボロになったヒーロー達は、立ち上がることもできずに倒れ伏す。
「愚かしい、このダークマスターに逆らった事、後悔しながら、死ねぇ!!」
さっきの倍以上の強さの闇の塊を投げつける。もちろん殺す気なんて無いけど。
ならなんで攻撃を強くしたかと言えば、僕の鋭すぎる感覚が、奴の気配を捉えたからだ。
「させない! ホーリーシールド!!」
大きな光の盾がヒーロー達を守るように現れる。それを成した本人が、凛として戦場に立つ。
光輝くドレスのような鎧姿、顔は美麗な仮面で覆われているが、まあ、美人なんだろうって、なんとなくわかる。
聖剣と、聖なる盾を持つ仮面のヒーロー。
ーーそれが彼女、ホワイトナイトだ。
「やはり現れたか、ホワイトナイト。面白い、今日こそ貴様の命運を絶ってくれる!」
「それはこちらの台詞よダークマスター、今日の私は機嫌が悪いの、八つ当たりに付き合ってもらうわ!」
そこから交わされる、超常の戦い。僕はスペックで、彼女はヒーローの能力と技術で、互角の様相を見せる。
もっとも、僕は二割くらいしか力を使って無いんだけれど。
「ふっ、次で決着をつける。受けてみよ! ダークメサイア!!」
「光よ! 敵を討て! エクスキャリバー!!」
衝撃、爆発。その隙に、僕は離脱する。未熟なヒーロー達の心を折るのだけが目的だからね。倒しても、傷つけられても駄目なのだ。
僕は遠隔でホワイトナイトに声を掛ける。
「フハハハハ、今日はこの位にしておいてやろう! ヒーロー共よ、我と再び相見えぬように祈っておくがいい! クックック、フハハハハ、ハァーッハッハッハ!!」
三段笑いで本日の業務は終了。たったこれだけで、僕の一月分以上の給料が貰えるんだから、悪の組織とは相当儲かっているのだろうか?
それでも、サラリーマンを辞めるつもりはない。大総統なんて役者不足な仕事で溜まったストレスは、普通のサラリーマン生活で発散するのだ。
出先でペコペコ頭を下げたり、休憩室で愚痴を言い合ったり、美味しいケーキに舌鼓を打ったり。
でも実は、大総統をやるのも苦ではなくなってきている。サラリーマンで貯めたストレスはこっちで発散しているからね。
まあ結局、僕は流されるように生きている、極めて普通の一般人だという事なんだと思う。
それでも、敢えて番宣っぽく言うのなら。
ーー山田一郎は悪の組織の大総統である。
☆☆☆☆☆
「はあ、山田さん、いっつも誘いに乗ってくれないし、もしかして、あの人が恋人だったりするのかな…」
地味だけど優しい、笑顔の素敵な彼を想う。
悪い事なんてした事が無いような、善良な人。私が失敗する度に、毎回フォローしてくれて、いつの間にか好きになってしまっていた。
その彼が入ったカフェを何となく覗いてみると、綺麗な女の人と同じテーブルに居て、少なくないショックを受けた。
「あの人、絶対山田さんに気があるよね?」
表情から、山田さんは少し迷惑そうにしてたのは分かった。でも、女の人は柔らかく笑っていて。
「あれは、恋する人の顔だった。」
恋敵の出現。だからこそ、今日誘えなかったのは悔しい。連休前に少し羽目を外して、一緒にお酒を飲んで、あわよくば、なんて考えなかったと言ったら嘘になる。
そもそも、同期の飲み会なんて言ったけれど、私と同期なのは山田さんだけだって気付いているんだろうか?
はあっ、と溜息。そして更に溜息をつきたくなるような、そんな着信。
「もう一つの仕事」用の携帯電話からの連絡は、本当に空気を読んでくれない。
もし今、山田さんと一緒だったらどうしてくれるんだ! なんて、少し不機嫌になりながら電話をとる。
「どうしました? 今日はオフで良いって話でしたよね?」
『済まないが、緊急事態だ。』
「いっつもそう言いますよね? それで、何ですか?」
緊急事態以外にかけてくるなって言ってるんだから、それくらい分かってる。
それでも、私の負担、ちょっと大きすぎない?
『……もしかして、怒っていたりするのか?』
「いーえ、別に。今日も一人で帰ってますよ!」
『ああ。また同期の彼に振られたのか。』
「振られてませんー! 用事があっただけですぅー!」
そう。山田さんには用事が有るんだから、あの、女の人と、会うって言う、ね。
私の不穏な様子を察したのか、直ぐに話題を元に戻される。
『…まあ、そちらは頑張ってくれ。それより話の内容だが、ダークマスターが現れた。』
「どこですか? すぐに向かいます。」
私はその言葉に、気を引き締めて答える。ダークマスター、世界最大の組織ジャアックの大総統。
アイツを倒さない限り、私はこうやって何度も呼び出されるのだろう。
『先日、他のヒーローが制圧した、下位組織のアジト跡だ。現場には新人に毛が生えた程度のヒーローしかいない。絶望的状況だ。』
「分かりました、急行します。」
『ああ、人類の平和は君に掛かっていると言っても過言じゃない。頼んだぞ。ホワイトナイト。』
電話を切り、物陰で仮面を装着する。
物音一つせず私の姿は変わり、そこには一人のヒーローが現れる。
「待ってなさい、ダークマスター。今日の不機嫌を全部ぶつけてあげるんだから!」
仕事の事も、恋の事も、全部を上手くいかせて見せる。何たって私は、
ーー正義のヒーロー、ホワイトナイトなんだから。
悪の彼と正義の彼女、すれ違った行く道が一つに纏まるまでには、まだまだ時間が掛かりそうであった。