表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/39

第九話 狩りへの誘い(中編)

 馬を走らせること二時間。平原の一角に、オークと人間の集団がいる光景が見えた。

 オークの数は三十名。人間の数は百名。人間とオークの大半は武装していた。


 休憩用の大きな幕舎も見えた。ドッヂも見えた。

 ドッヂは豪勢な革鎧に身を包んでいた。


 ガリュウが到着すると、ドッヂが機嫌よく寄ってくる。

 ドッヂは、とても不思議そうな顔をしていた。


「ガリュウ殿、よくぞ参った。こちらで着替えられるのか? だとしたら、向こうのテントを使われよ。して、供の者は遅れているのかな?」


「ドッヂ様、ちょっと」と迎えに来たオークがドッヂをガリュウから離れた場所に連れてゆく。

 迎えに来たオークとドッヂが何やら、ごしょごしょと話す。


 いかに鈍いガリュウでも、まずい事態に気が付いた。

(有力者の狩りって、こんなに大がかりでやるんだ。知らなかったぞ、こんな場所にワンド一振りを持って借り物の馬で来るって、馬鹿みたいだ)


 だが、来てしまったものは仕方ない。無知のままで通すしかないと覚悟した。

 性格の悪いオークたちの何人かはガリュウを見て、にやにやした顔でひそひそと話している。


 ドッヂがやってくる。ドッヂの顔は笑いを(こら)えている顔だった。

「いや、すまん。本当に狩りの経験がないとは、思わなかった。だが、その恰好と装備を見れば、わかる。今日はゆっくりと見学してゆかれよ」


(正直な男だな。言葉は丁寧だが、馬鹿にした態度は顔に出ているよ)

 人間が四人で担ぐ、天井のある輿が近づいてきた。輿がドッヂの前に来る。


 輿の前面の御簾が開くと、ガラガラ侯の屋敷で見たオートマンが乗っていた。

「そう、ガリュウ殿を見縊(みくび)ってはいけません。ガリュウ殿がこうして一人で来られたのであれば、一人で獲物を仕留める自信があるやもしれませんよ」


(うわあ、ガラガラ侯も(ひど)いな)

 ドッヂは、わざとらしくガリュウに謝る。


「それは失礼した。まさか一人で戦われるとは思わなんだ。許されよ」

 否定してもよかったが、ここで「違います」と断るのは癪だった。


(もう、こうなれば言ってやれだ。狩りで死ぬ展開は、ないだろう)

 胸を張って言い放つ。


「追い込んでいただければ、一人で狩れる獲物を狩るつもりで来ました」

 ドッヂは意地も悪く訊く。


「それは、何ですか、小鹿ですか? 狸ですか? それとも、狐ですかな」

 むっと来たので虚勢を張って答える。


「沼ヒドラ以外なら何でも」

 ドッヂは意地の悪い顔のまま、意見する。


「これは、大きく出られたな。この草原の一㎞先は危険な湿原。何が出るか、わかりませんぞ」

ガラガラ侯のオートマンが微笑み湛えてドッヂを宥める。


「まあまま、ドッヂ殿。勢子(せこ)は私のオートマンと奴隷の人間がやります。ですから、それほど危険な生物は追い込まないつもりです。気を楽にして、狩りを楽しみましょう」


 ガラガラ侯に勧められてドッヂは意気込んで答える。

「そうですな。天気もよくない状況です。さっそく狩りを開始しましょう」


「角笛を」のガラガラ侯の合図で角笛が吹かれる。

 ドッヂは副隊長に指示を出す。


「各隊、鶴翼陣形」

 副官が銅鑼を鳴らす。


 二十名ずつが一部隊になる。人間の槍兵の部隊が五つ、オークの弓兵の部隊が一つできる。人間が左右に展開して後方にオークの弓兵が位置する。


 人とオークの動きを見てガリュウは感心した。

(統率が取れている。よく訓練された動きだ)


 ドッヂが自慢する顔で、ガリュウの横に馬を進める。

「どうかな、わが軍の動きは。狩りとは崇高な遊びの一面もある。だが、軍事訓練の一面もあるのだ」


「でも、人間を百名も動員するなんて、さぞお金が掛かったでしょうね」

 ドッヂは誇らしげに語る。


「我らは、食事と戦争には金は惜しまん。狩とは訓練。訓練とは戦争の準備だ」

 ガラガラ侯も上機嫌で尋ねる。


「勢子が獲物を見つけた。少々大物だが、こちらに追い込みますか」

 ガラガラ侯は魔法で勢子と連絡を取っていた。


 ドッヂがちらりとガリュウを見て悠然と告げる。

「獲物は何ですかな。蛇や鰐なら、ガリュウ殿にお譲りする」


 ガラガラ侯が平然と獲物を告げる。

「頭二つの沼ヒドラですな」


 沼ヒドラは年月を経るほど大きくなり、頭の数も増える。

 頭は二つなら大人になったばかりの個体。だが、それでも旅人には脅威だった。


 ドッヂは誇らしげに承諾する。

「頭二つか、四つくらいでないと物足りない。だが、せっかくガラガラ侯の勢子が見つけた獲物だ。沼ヒドラは俺が貰うとしようか」


「わかった。こちらに追い込むように命じよう」

 遠くで何かが断続的に弾ける音がした。魔法でこちらに追い込む音だった。


 ほどなくして、沼ヒドラが勢子に追われて姿を現した。沼ヒドラの全長は四m。ずんぐりした胴体に象のような太い二本の足を持っている。全身は緑色。大きな蛇のような顔と長い首を二つゆうしていた。


 沼ヒドラとの距離が二百mを切ったところで、ドッヂが威勢よく号令する。

「者ども掛かれ」


 銅鑼が鳴る。人間たち百名が進み、壁となる。

 その壁の後ろからオークの弓兵が弓を射かける。


 矢は次々と命中する。

 沼ヒドラが怒ったのか「シャー」と咆哮を上げる。


 ドッヂが怒鳴る。

「人間をもっと前に出せ」


 ドッヂの指示が飛ぶと、銅鑼が鳴る。

 人間たちが鶴翼の陣形を維持しながら前に進んで行く。


(いいのか? 人間をあまり前に出すと、オーク弓兵の矢に当たるぞ)

 ガリュウの予想通りに矢は人間たちに当たる。だが、ドッヂはまるで気にしない。


 沼ヒドラの歩みは止まらず、人間たちとぶつかった。

(人間の数は多い。でも、沼ヒドラは再生能力がある。単純に槍で突き殺すのは難しいぞ)


 人間たちは沼ヒドラを包囲して槍で刺す。

 沼ヒドラは屈強で、人間を次々と吹き飛ばしていく。


 沼ヒドラの口が開いた。沼ヒドラが紫色の毒液を吐いた。

 密集していたために、人間が二十人ばかり毒液を浴びて悶絶死する。


 ドッヂは気にせず、興奮した声を上げる。

「よし、いいぞ、ヒドラにだいぶダメージが入った。弓兵隊焙烙玉用意」


 炮烙玉とは油の入った壺である。

 弓兵の半分が炮烙玉を持ち前進する。ここで矢が止まった。


 炮烙玉の射程に沼ヒドラが入る。投擲紐で勢い付けた炮烙玉が飛んでいった。

 炮烙玉を浴びて油塗(まみ)れになったところで、三名のオーク弓兵が矢を番える。


 オーク弓兵の中にいたオークの魔法使いが、弓に魔法を掛けた。

 矢の先に魔力のこもった火が着く。


 オーク弓兵が火矢を放つ。矢は飛んで行き、油塗れの沼ヒドラに命中する。

 ぼっと火の手が上がると、沼ヒドラがのたうち倒れた。


 燃え盛る沼ヒドラを見ながら、ドッヂが勝利に酔った声を上げる。

「どうだ、俺の腕前は、損害なしで沼ヒドラを打ち取ったぞ」


(人間が二十人ばかり死んだ。人間は数に入れないのが、オーク流の狩りか。もったいない。僕たちの考え方とは大きく違うな)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ