第八話 狩りへの誘い(前編)
ガリュウはアルベリアンでの足止めが長引く事態を警戒して、ガバスに手紙を書いた。
手紙を出した郵便局の帰り、フロントで呼び止められる。
「ガリュウ様ですね。今日より、宿泊に掛かる一切の代金はガラガラ侯爵閣下が負担するとのお話がありました。請求は全てガラガラ侯爵閣下のお屋敷に回します。ごゆるりとご滞在ください」
(父は僕がアルベリアンから出られなくなったと知っても、すぐには態度を変えないだろう。さすがに、年単位とかにはならないだろうけど、いつまでいなければならないのやら)
悪魔貴族に持ち込まれた厄介事なら、悪魔貴族に知恵を借りるに限る。
翌日、相談しにデルニエ侯の屋敷を訪ねる。執事が出てきて詫びる。
「あいにく、主人は出かけております。お帰りは一週間後の予定です」
(これで、一週間はアルベリアンを出られないな)
デルニエ侯の屋敷から宿屋に戻ると、ドッヂが待っていた。
ドッヂとは喧嘩別れの状態だったが、機嫌は直っていた。
「ガリュウ殿、先日の約束通り狩りに誘いに来た。一緒に狩りに行こう」
(狩りに行くは社交辞令だと思っていたけど、本気だったのか。でも、まともな狩りなんて、した経験がないぞ)
ガリュウは正直に答えた。
「狩りですか。実はあの場では恥ずかしくて言い出せなかったのですが、狩りは人間狩りくらいしか、やった経験がないのです」
ドッヂが渋い顔をする。
「人間など、狩りの獲物ではないぞ。人間なぞ狩っても、楽しくも何ともない」
「でしたら、狩りの経験はないのです。とてもではないですが、ドッヂ殿と一緒に行っても足手纏いになるだけです」
ドッヂは目を細めて疑った。
「ガリュウ殿、失礼を承知で物申す。族長の息子ともあろうものが、その年まで狩りをした経験がないとは嘘であろう。そんなに我の誘いを断りたいのか。であるなら、捨てては置けぬぞ」
(全てを自分基準で考える人って、厄介だな。本当に狩りなんて、した経験がないんだって。とはいっても、正直に告げても信じてもらえないだろうな)
困ったが、今回だけは通用する黄金の言い訳がある。
「断りたい、だなんて滅相もない。ただ、私はガラガラ侯からアルベリアンを出るなと命じられているのです。狩りに出るとなれば、ガラガラ侯の申つけを破る事態になる」
面倒事はこれで終わったと安堵した。
いかにドッヂといえど、ガラガラ侯の命令を破れとは無理強いしないと予想した。
ドッヂの顔が明るくなる。
「何だ、そんな些事か。心配するな。狩りにはガラガラ侯も来る。むろん、ガリュウ殿も誘っていいと了承を得ている」
ガリュウは自分の考えが早計だったと知った。
(これは違うな。狩りに誘ってやれ、と言い出した人物がガラガラ侯だな。何か、怪しいぞ、この狩り。だが、ここまで誘われて断って、血の気の多いドッヂが決闘だなんて言い出したら、厄介だな)
行きたくはないが、行かねばならなくなった。
「わかりました。初めての狩りではありますが、参加させていただきます」
ドッヂは機嫌をよくし、笑顔になった。
「そうか、それはよい。狩りに行って親睦も深まれば、ガリュウ殿の考えも変わろう」
(本音はそっちか。接待をして考えを変えさせる。それで、マインド・コントローラーの奴隷貿易協定への態度を変えさせるつもりか。わかりやすい男といえば、わかりやすい性格だな)
「では、四日後に供の者を迎えにやらせる。期待して待っていてくれ」
「わかりました。楽しみにして待ちます」
ドッヂは足取りも軽く帰って行った。
狩りの日になる。空は曇っていた。
ガリュウの気分は沈んでいた。
(いっそ、雨が降って狩りが中止になればよかったのに)
初めての狩りなので、どんな格好で行けばいいのか皆目わからなかった。
とりあえず、動ききやすく、汚れてもいい、厚手の服にワンドを用意する。
あとは水筒に水など入れて、宿屋で迎えを待っていた。
革鎧に身を包み、戦支度の恰好をしたオークがやってきた。
オークはガリュウの恰好を見ると、顔を顰める。
「ガリュウ殿、もう出立のお時間です。すぐにお支度をしてください」
迎えのオークが何を言いたいのかわからなかった。
「支度って、もう、できていますけど」
オークが露骨に驚いた顔で訊く。
「まさか、その恰好で狩りに行かれるおつもりですか?」
いささか、むっとした。されど、何がいけないのかわからなかった。
「何か問題がありますか?」
オークは歯切れも悪く確認する
「狩りに、行かれるの、ですよね?」
「そうですよ。ドッヂ殿と一緒に、狩りに行きますよ。そういう約束でしたから」
オークが非常に渋い顔して辺りを見回し確認する。
「ガリュウ殿がよいのであれば、問題ありません。して、お供の者はどこですかな」
「いません。私が一人で行きます」
「えっ」とオークがまたも驚く。
ここでまた驚くとは失礼なオークだと、腹が立つ。
「狩りに行く人数は私一人です」
オークが疑問を通り越して、哀れみの顔を浮かべる。
「わかりました。では、ご案内します。その、馬には乗れますか?」
「馬鹿にしないでください。馬くらい乗れますよ」
外には軍馬が用意されていたが、一頭しかいなかった。
オークが申し訳なさそうに訊く。
「その、ガリュウ殿の馬は、どちらに」
「いませんよ。アルベリアンに徒歩で来ましたら」
オークは弱った顔をする。
「狩りに行くのに馬を準備しておられなかったのですか?」
逆に聞き返す。
「狩りに馬が必要だったのですか? 必要なら、厩舎で借りてきますよ」
「おう」とオークは小さく呻いて、ほとほと弱った顔をする。
「では、ガリュウ殿、厩舎で馬を借りて、出立しましょう」
(何か感じ悪いオークだな)