第六話 奴隷貿易協定(前編)
その日、コースト村に立て続けにお客があった。一組目は人間に似た、真鍮でできた種族のオートマン。もう一組は豚の顔に人間の体を持つ種族のオークだった。
オートマンは礼装用のコートに丸帽子。オークもまた礼装用の毛皮鎧を着ていた。
どちらの使者も村長であるガバスの家に入っていった。
(オートマンにオークの使者か。マインド・コントローラーのような小さな種族に、完全礼装の服を着たお客が何の用だろう?)
お客が来て帰った翌日に、ガリュウはガバスに呼ばれた。
ガバスは気楽な感じで尋ねる。
「倅よ。悪魔貴族のガラガラ侯を知っているか?」
「オートマンの庇護者の悪魔貴族です」
「では、悪魔貴族のドークス侯はどうだ」
「存じています。オークたちの庇護者です」
ガバスは穏やかな顔つきで説明する。
「わかっているならよろしい。オートマンがガラガラ侯を通じて、オークがドークス侯を通じて、奴隷の貿易協定を申し入れてきた」
(オークは人間の奴隷を多く使うからわかる。オートマンの庇護者のガラガラ侯は、暗殺任務が得意と聞く。だから、敵の組織に潜入できる忠実な人間が必要なのだろうか?)
「それで、貿易協定の中身はどんなものなのですか?」
ガバスが軽い調子で教えてくれた。
「簡単に言えば、マンイド・コントローラーがオークから奴隷を買い入れる。買い入れた奴隷に精神支配を施して、従順にする。従順な奴隷をオートマンとオークに売ってくれ、との内容だ」
従順な奴隷を手に入れるのは難しい。だが、精神を支配してしまえば、奴隷は奴隷である状況に疑問を抱かない。
ガバスが真剣な顔で意見を訊く。
「倅よ。この奴隷貿易をどう思う?」
悪魔貴族が間に入っているので、断るのには少々勇気が要る。とはいっても、無理をしていい顔をすれば、後々に泣きを見るのが明らかだった。
「断るべきです。精神支配は簡単ではない。精神支配用の魔道具も容易に作れない。とてもではないが、オートマンやオークが望む量の奴隷を従順に調教できるとは思えない」
「無理にやるとどうなると思う」
「奴隷が壊れます。また、質も落ちます。村で我らの生活を支えている存在は奴隷です。ここが崩れると、我らの生活もおぼつかない」
ガバスは膝を軽く叩くと、満足気な顔をする。
「わかっているなら、よろしい。現段階での貿易協定では我らに旨味はない。私も断ろうと思う」
(何だ、父上もわかっているのか。なら、なぜ、僕を試すような真似をしたんだ?)
ガバスは真面目な顔で命じた。
「そこでだ、断りの使者を出す。ドークス侯が滞在している城塞都市マモンティには、爺に行ってもらう。お前は、アルベリアンにいるガラガラ侯の元に行ってくれ」
汚名返上のチャンスが来た。だが、ガラガラ侯とは会った経験もない。
ガラガラ侯の情報も、オートマンの庇護者で暗殺が得意な悪魔貴族、としか知らない
(ガラガラ侯をよく知らないのが不安だ。だが、完全な情報とは、手に入らないものだ。それに、下手な先入観を持ったほうが失敗する交渉もある)
キーポイントなので確認する。
「今回は断るだけなのですね?」
ガバスは目を少しだけ細め、はっきりとした口調で命じる。
「断るだけの簡単な仕事だ。お前にだって、これくらいできる。また、やってもらわねば困る」
「わかりました。使者の役目を見事に果たして見せましょう」
七日を掛けて、アルベリアンに入る。
ガラガラ侯の屋敷は、デルニエ侯と同じ旧市街にある。ただ、屋敷は九万㎡とデルニエ候の屋敷の三倍の広さがある。庭はほとんどない。屋敷は高い煙突が付いた三角屋根を持つ四角い建物だった。地元では工場御殿と呼ばれている。
屋敷の玄関を潜ると、二千㎡のロビーと受付がある。面会に来る種族は悪魔族とオートマンを除いて、このロビーで一時的に待たされる。
ガリュウも受付で女性タイプのオートマンに用件を伝えた。
すると、ロビーで待つように指示された。
ロビーには椅子やテーブルの他に飲み物が入ったサーバーがあり客は自由に飲める。
ロビーには二十人の客がいたが、ガリュウ以外は皆、オークだった。
(オークのお客が多いな。奴隷貿易協定絡みだろうか?)
オークの客の中には、身長が百八十㎝ある立派な体格のオークがいた。オークの年齢は二十歳くらい、血色がよく、立派な白い牙を生やしていた。
周りのオークも立派なオークに気を使い、へつらっている。明らかに供回りと思われるオークも八名いるので、立派なオークはそれなりに地位があると思われた。
オークがガリュウを見つけて笑顔で寄ってくる。
「其方はもしかして、マインド・コントローラーの族長の息子ガリュウ殿か?」
オークに知り合いはいない。
「そうですが、どこかでお会いしましたか?」
オークは機嫌よく自己紹介をする
「俺の名はドッヂ・ヤシャル。オーク族が族長、ボンジ・ヤシャルの三男だ。決闘を見せてもらったぞ。あの、ダーク・エルフの小娘相手に立派な戦いであった」
(決闘で僕を知ったか。父上の予言だと、碌な展開にならないとの話があった。だが、杞憂だろう)
ガリュウは頭を下げた。
「お褒めにあずかり、恐縮です」
ドッヂはにこにこ顔で話を進める。
「お主がここにいるのなら、族長ガバス殿の返事をガラガラ侯爵閣下に持ってきたのだな。お互い益になる話があって、嬉しい限りだな」
ばつが悪い。だが、嘘を吐いてもばれるので、正直に打ち明ける。
「協定の話ですが、部族内で話し合って断ろうとなりました。私が断りの使者に選ばれました」
ドッヂの顔がさっと不機嫌なものに変わる。
「何だと? 断る、だと? 断れば仲介に入っているガラガラ侯爵閣下とドークス侯爵閣下の顔を潰すぞ」
ガリュウはきっぱりと告げる。
「まことに申しわけないのですが、できないものはできません」
ドッヂは目に力を入れて頼んだ。
「マインド・コントローラーが入らないと、奴隷貿易協定は無意味になる。この俺が頼んでも、駄目か?」
ドッヂの顔にダーク・エルフのような傲慢さをガリュウは見た。
見れば、すべてのオークが険しい視線をガリュウに向けていた。
(ここは曖昧にしちゃ駄目だ。後々の災いを呼び込む)
「これは族長たる父の決定なのです。僕が族長の決定を変える訳にはいきません」
ドッヂはむっとした顔で忠告する。
「そうか、残念だ。だが、そんな後ろ向きな態度では、種族の繁栄はないぞ」
「僕たちは、僕たちなりの方法で繁栄していきます」
ドッヂの顔が怒りに歪む。
「何だ? 俺が間違っていると指摘するのか?」
「指摘だなんて、おこがましい」
努めて冷静に発言したがつもりだった。だが、それがドッヂの気に障ったようだった。
ドッヂが怒りに目を吊り上げて、まだ何か言おうとした。
だが、運よく執事タイプのオートマンが寄ってくる。
「ドッヂ・ヤシャル様。主がお呼びです。二番の応接室にどうぞ」
ドッヂもさすがに面会に来た立場は忘れていなかった。ドッヂは怒りを堪えた顔をする。
「話はここまでのようだな。まあいい、今度、狩りにでも行こうか。腹を割って話せば、其方もこの協定を飲み、我が一族と親睦を深める大切さがわかるであろう」
「そうですか。では、また機会がありましたら、狩りに行きましょう」
ドッヂは供回りのものに貢ぎ物を持たせて応接室に向かった。
(ふう、オークの族長の息子との揉めごとも起こしたくないからな。勢力が小さいって辛いな)
ドッヂが消えた。だが、十名のオークはロビーに残った。