第四話 決闘
アルベリアンには大小の決闘場がある。今回、使われる場所は小決闘場だった。
小決闘場は直径二十mの円形の石舞台を囲む、二階建ての闘技場様式の建物だった。
二階は悪魔貴族用の貴賓席で、一階が関係者席である。
ガリュウは決闘場に入場して石舞台を前にする。
決闘場は闘技場とは違い、関係者しか入れない。だが、街の有力者はたいていどこかの悪魔貴族と繋がりがある。なので、見たければ、どちらかの悪魔貴族に話を付けて関係者として入れた。
現に決闘にはデルニエ侯とフェニックス侯しか決闘に携わっていない。だが、貴賓席には六名の悪魔貴族がいた。
関係者席もダーク・エルフの他に、アンデッド、オーク、人間、ゴブリン、リザードマン、フェアリー、ケンタウロス、トロル、オーガ、オートマン、バードマン等、利害が関係してない種族たちが入っている。
数が少ないマインド・コントローラーは観客にいない。セコンドにもいない。
(これは決闘というより、完全に見世物だな。嫌だな、こんなところで戦うの)
ダーク・エルフの集団が入場してくる。集団の先頭はラウラだった。
ラウラが堂々たる態度で石舞台の前に進む。対戦相手はガリュウに金貨を投げて寄越したラウラとみてよさそうだった。
ダーク・エルフが住む魔の森からアルベリアンまでは、徒歩で七日も掛かる。
なので、ガリュウが出立した日とほぼ時を同じくして、ラウラもフェニック侯に相談しに来ていたと見て良かった。
(こちらが、デルニエ侯を動かすと読んで、フェニックス侯を動かしていたか。外交戦でも後手に回らずか)
ラウラの実力はわからない。だが、ラウラは以前に遭った時に、九人の部下を引き連れていた。また、種族の名誉が懸かった決闘に出てくるので、弱い相手ではない。
ラウラの武器を確認する。ラウラの武器は魔法が掛かった短剣だった。
(開始線からの距離は二十m。対戦相手までの距離が短いから、弓は捨てたか。ダーク・エルフは魔法を使える。だから、距離を取っての戦いにも不便なしと判断したんだな)
ガリュウの武器は旅をする時に持ってきたワンドのみ。剣を借りたければデルニエ侯は魔法の掛かった武器を貸してくれる。だが、ガリュウは剣を使った経験がないので、借りる気はなかった。
マインド・コントローラーは魔法が得意な種族である。だが、それは、ダーク・エルフも同じ。 ダーク・エルフは魔法に長けた種族であり、魔法への抵抗も強い。
(果たして僕の魔法が、どこまで通用するか、だな)
ラウラの表情には余裕があった。
ダーク・エルフ特有の、他の種族を見下した傲慢な顔だった。
(格下扱いだな。侮ってくれる態度は正直、嬉しい。そこに隙が生まれるかもしれない)
オークの審判が厳粛な顔で告げる。
「これより、決闘を開始します。ルールは何でもあり。死亡、戦闘不能、降伏のみで決着。両者戦闘不能の場合は引き分けとし、後日に再戦とします。それでは両名、石舞台へ上がってください」
ラウラは自信に満ちた顔で石舞台に上がった。ガリュウも石舞台に上がる。
ガリュウは、できるだけ距離を開けた位置取りをした。
(非常に気が重いが、全力でやろう。生きてここから生還しなければならない)
「開始」の合図で、ラウラは短剣を抜く。ラウラが一気に走り込む。
恐怖の魔法を詠唱する。同時に浮遊して上空に逃げた。
恐怖の魔法は発動した。
だが、ラウラは顔をわずかに歪めただけだった。
(恐怖の魔法一発で片がつくほど甘い相手ではないか)
十mの高さまで逃げたので、短剣の攻撃範囲から外れた。
ラウラは短剣が届かないと知るや、攻撃手段を魔法に切り替える。
ラウラが魔力の光球を完成させる。
バレーボール大の光の玉が、ガリュウの腹に命中する。
痛みを感じる。だが、耐えられないほどの痛さではない。
精神崩壊の魔法をラウラに掛けた。だが、これもラウラは顔を歪めるだけだった。
ガリュウの魔法は効いてはいた。とはいっても、一撃ではラウラは倒せない。
(これは長引くかもしれない)
ガリュウは単発で終わる魔法ではなく、持続性のある魔法を放つ。
悪夢王の死を全力で唱える。悪夢王の死は対象の精神に毎秒ダメージを与える。
悪夢王の死で精神力を失えば昏倒する。
気を失えば、悪夢の世界に落ちやがて死に至る。
ラウラの表情が大きく歪んだ。
(さすがに、僕の全力の魔法は効くか)
ラウラは苦しい表情のまま、魔力の光球を投げてくる。
ガリュウはラウラの放つ魔力の光球の威力に、血を吐きそうになった。
(向こうも本気になったか。思いの他、ダメージがある)
ガリュウは治癒呪文を唱えて回復に回った。
ラウラが魔法で攻撃し、ガリュウが癒す展開が続く。
魔法は無限には唱えられない。魔法は精神力を消費する。
勝負はどっちの精神力が先に尽きるか、になった。
ガリュウは、悪夢王の死が、早くにラウラの精神力を削る状況を祈った。
三分に及び、魔法を撃ち合った。ラウラからの魔法攻撃が止んだ。
ラウラはそのまま左右にふらふらと揺れると、ばたりと倒れた。
演技の可能性もあるので、すぐに下に降りない。
油断したところで、ぶすりとやられる可能性もあった。何せ、勝負は何でもありだ。
審判がラウラの状態を確認する。
「勝者ガリュウ」
勝利が確定してから、ゆっくりと石舞台に降りてゆく。
ラウラは非常に苦しそうな顔で眠っていた。額に汗が浮かんでいた。
(僕もマインド・コントローラーの名誉を背負っていた。でも、ラウラも種族の名誉を背負って必死だったんだな)
ラウラに近づき、悪夢王の死を解除する。
二階の貴賓席から、デルニエ侯が飛び降りてきた。デルニエ侯はご満悦だった。
「実に見事だ。終わってみれば余裕の勝利だな」
デルニエ侯の指摘はある意味、正しかった。ガリュウは魔法で精神力を使った。だが、まだ半分ていど残っていた。もう一度、悪夢王の死を唱えて、回復に専念する余裕があった。
とはいえ、今回はラウラの未熟さと、傲慢さに助けられた勝負でもあった。
ラウラにはガリュウを地上に引き下ろす手段があった。
弓を持っていた。
悪夢王の死を解除できる魔法があった。
もし、そうなら、結果は違ったものになっただろう。
ガリュウは正直に申告する。
「いえ、今回は運がよかっただけです。幸運は何度も続きません。決闘はこれっきりにしてほしいものです」
特に「これっきりにしてほしい」を強調しておく。
デルニエ侯は勝利に気分をよくしていた。
「謙遜するな。マンインド・コントローラーには今後はもっと期待するとしよう」
審判がお盆に袋を載せて持ってきた。
「これはダーク・エルフからの賠償金です。金貨にして二百枚あります」
袋を受け取ると、観客席にいたダーク・エルフが怖い顔をしてガリュウを見ていた。
ダーク・エルフたちとガリュウの目が合う。
ダーク・エルフは険しい表情をして、ラウラを連れて帰っていった。
(僕も早く帰ろう。ダーク・エルフは暗殺が得意だと聞く。このまま王都にいたら、不審死するかもしれない)
ガリュウはデルニエ侯と別れると、宿屋に移動した。
デルニエ侯に宛てにお礼状を書いて屋敷に行った。
お礼状に金貨百枚を添えて寄進すると、逃げるようにアルベリアンからコースト村に帰った。