第三十六話 どの砦を攻めるか
村に帰ってきたのでガバスに報告に行く。
「父上、ただいま、マンドラゴラ兵の納入を終えて帰ってきました」
ガバスは尊厳に満ちた表情で告げる。
「よくぞ戻った、倅よ。事態が大きく動き出した。人間が五万の兵力を持って、城塞都市マモンティの攻略に動き出した」
(ついに人間が大規模攻勢に出たか。ここも安全ではないかもしれない)
「それほどまでの大軍を繰り出すとなると、人間も本気ですね」
ガバスが真剣な顔で教えてくれた。
「そこでだ、悪魔王陛下より、人間によるマモンティ攻略を妨害するよう、檄が飛んだ。デルニエ侯からの命令書も届いた」
「我が部族には何と命令が下りたのです」
「リザードマンと共にセイカの砦を攻める。ダーク・エルフと共にカルバの砦を攻める。ないしは、両方に肩入れをして、両方に力を貸せとの下知だ」
「砦攻めですか? して我らはどちらに加勢するつもりですか?」
ガバスは真剣な顔のまま意見を問うた。
「逆に訊きたい。ガリュウは、どちらに味方したい?」
(リザードマンよりは、ダーク・エルフを助けたほうがいいかな)
「マンドラゴラ兵を多く買ってもらっているので、ダーク・エルフに味方してカルバの砦を攻めるのが、よいと思います」
ガバスはガリュウの答えに鷹揚に頷く。
「そうか、ならば、お前に十名のマインド・コントローラーとマンドラゴラ兵三百を与える。これでカルバの砦攻略の援軍に行け」
ガバスの決定は無謀に思えた。
「お待ちを。それでは少ないです。マンドラゴラ兵だけでも、もっと造らねば」
ガバスは難しい顔をして、ガリュウの提案を拒否した。
「そうはいかぬ。儂はセイカの砦のリザードマンに加勢しに行く。そのうえで、ここに守備部隊を残さねばならぬ。だから、そう多くは兵を割けぬ」
納得できない決定であり、ガバスらしからぬ決断だと思った。
「お待ちください。父上。部隊を二つにわける決断は反対です。我らは、ただでさえ少ない。一丸となって敵と戦うべきです」
ガバスは頑とした態度で命じた。
「くどい。これは決定だ。リザードマンもダーク・エルフも、見捨ててはおけん」
(見捨ててはおけんなんて、嘘だな。でも、父は何を考えている? この戦は我らの完全勝利で終わるとでも思っているのだろうか? だとしたら、考えが甘過ぎる)
されど、決定と明言されては、従うしかなかった。
ガリュウ率いる三百十名の部隊は、ダーク・エルフに合流する。
ダーク・エルフの司令官は壮年のダーク・エルフの男性で、エドガルドと名乗った。
エドガルドはダーク・エルフにしては珍しく髭を生やしていた。
幕舎に入った他のダーク・エルフたち部隊長の目は冷たい。
理由はわかる。率いてきた兵があまりにも少ないからだ。
ラウラがガリュウを険しい視線で見つめて意見する。
「随分と少ないのね。そんなに少ないなら、ここではなく、セイカの砦の援軍に行ったら?」
エドガルドがむすっとした顔で窘める。
「よさないか、ラウラ。あのマンイド・コントローラーが腰を上げただけでもありがたいと思え」
ラウラは嫌悪感も露わに言い捨てる。
「そうかしら? ただ単に勝利陣営に入りたいだけかと思ったわ」
ラウラの言葉をエドガルドは怒らなかった。
(ラウラの言葉はダーク・エルフの正直な感想だな)
ダーク・エルフの部隊長たちが揃ったところで、軍議が開始される。
ダーク・エルフの兵力は金で雇ったオーク傭兵三千名。人間の傭兵が千名。それに、ダーク・エルフが五百名。あとはフェアリーたち魔の森の住人が百名だった。ここに、マンドラゴラ兵三百体が加わるので、兵力は四千九百名。
ガリュウは少し疑問に思った。
(ダーク・エルフには、ちょくちょくマンドラゴラ兵を売っている。連れてきていないところを見ると、森の防備に置いてきたか?)
人間側の兵力は報告では五千人。だが、人間たちは高さ十五m、厚さ三十㎝の木の塀に囲われた砦を持っていた
(数は互角だ。だが、向こうには急ごしらえとはいえ、砦がある。塀の中がよく見えないが、防衛施設もきっとあるぞ)
エドガルドが真剣な顔で説明する。
「我々の作戦はこうだ。まず、人間の傭兵とオーク傭兵団を盾にして、魔法が届く五十mまで近づく。あとは我らダーク・エルフ部隊が魔法で門を破壊する。魔術部隊はレオナルドが指揮しろ」
レオナルドと呼ばれたダーク・エルフは、暗そうな感じの青年だった。
レオナルドが頷くと、エドガルドの説明が続く。
「門が開いたら、人間の傭兵とオーク傭兵団を突撃させろ」
ダーク・エルフの部隊長六人が頷く。
エドガルドが険しい顔で話を進める。
「乱戦になったら、オスワルドの暗殺部隊が潜入。敵の指揮官を殺して、敵の指揮系統を破壊する。指揮系統を乱れた敵を、あとは各個撃破だ」
オスワルドは中年でダーク・エルフにしては少しふっくらしていた。
ダーク・エルフたちは、すでに作戦を熟知しているのか、質問は出なかった。
(不確実な計画なのに、誰も指摘しないのか。これは、マインド・コントローラーだから計画の全容を隠されているのかな? それとも、暗殺部隊に絶対の自信があるのか?)
気になったので、ガリュウは訊く。
「暗殺は成功するでしょうか?」
エドガルドが軽い調子で肯定した。
「する。それで、他に質問は?」
(何だろう? この自信は、どこから来るんだ? でも、ここまで信用しているのなら、外部の僕が何を進言しても駄目だろう)
ガリュウの隊に何も役割がないので尋ねる。
「我々は何をすれば?」
「ガリュウ殿には後詰めを頼む。本陣で控えていてくれ」
ダーク・エルフの部隊長たちは、蔑んだ微笑みを向けてくる。
(また、後詰めか。最前線に出されるより、いいか)
会議は解散となる。時間があるので陣中を見て歩く。
勇猛団のガッツ隊長と遭った。
「ガッツ隊長。勇猛団もこの戦に参加していたんですか?」
ガッツは軽く驚いた。
「おお、ガリュウ閣下が援軍として入られたのですか?」
「マンドラゴラ兵が三百と十名の援軍ですがね」
ガッツ隊長は兵の少なさを馬鹿にしなかった。
「ないよりは、いいでしょう」
ガリュウは声を潜めて訊いた。
「して、ガッツ隊長に正直に訊きたい。この戦、どうですかな?」
ガッツは渋い顔で打ち明けた。
「今回の戦にも攻城兵器がない。魔法で門を壊すそうですが。どうも俺は魔法による門の破壊は気に入らない」
「攻城兵器を造るように進言しますか?」
ガッツは苦い顔で首を横に振った。
「もう、時間がない。それに、攻城兵器が必要な状況だと説明は既にしました。ですが、却下されました」
「どうしてです? カタパルトがあれば、あんな塀は簡単に破れるでしょう」
ガッツは困った顔で教えてくれた。
「カタパルトを作るにも、破城槌を造るにも、木が必要でしょう」
「まさか、木を伐るのが嫌で、攻城兵器を造らなかったんですか?」
「ダーク・エルフにとって魔の森の木は神聖なんです。神聖な木を攻城兵器なんぞ作るのに伐れるか、って話です」
ありそうな話ではある。だが、マインド・コントローラーのガリュウには信じがたい発想だった。
「戦争中ですよ。そんな信条だなんて、言っていられないでしょう」
ガッツがほとほと弱った顔で心情を語る。
「俺もガリュウ閣下と、同じ意見です。でも、雇い主が駄目だというなら、駄目なんですよ。雇われの辛い立場です」
(大丈夫かな、明日の戦い?)




